二十節/4
事件は一週間で大体収束し、残りは王国議会の決定を待つだけらしい。
そこまでの話を聞き、レイフォードは一つ疑問を呈した。
「どうしてユフィはその話を憶えているの?」
アリステラ王国の実情を知っているものであれば、誰だって思うことだ。
ユフィリアは特権階級ではない。
レイフォードのように、桁外れの源素を保持しているわけでもない。
だというのに、彼女は何故憶えているのだろうか。
「……それは、ね」
言い淀んだユフィリアは、唐突に胸元の平紐を解く。
突然目の前で服を脱ぎ始めたことに動揺し、レイフォードは見ないように手で目を覆う。
親しい友人だとしても、そこの一線を超えるのはいけない。
「……何やってるの、レイ?」
「……ユフィが急に服を脱ぎ始めたから、見ちゃ駄目だろうと……」
「脱いでないよ! そう言われたら、私が変態みたいじゃん!」
彼女はレイフォードの発言に抗議し、強引に手を外す。
「ただこれを見てほしいだけだから!
変な意味はないから!」
ユフィリアは、掴んだ手首を自身の首元に寄せる。
目を閉じたままだったレイフォードは、その言葉を信用しゆっくり開けた。
「……これは、聖印?」
「さっきの話の中で、私も祝福保持者だって言ったでしょ」
レイフォードやテオドールにもあるような幾何学模様。
彼女のものは、どこか月を思わせる形をしていた。
「『再構』、創り直す力……だったよね。
もしかして、この力があるから記憶を操作されても思い出せるっていうこと?」
彼女は頷く。
『再構』は、既に対象が破壊・消失している場合、関連する物質を代償に再び創ることが出来る力だ。
そのお陰でレイフォードは今も生きることが出来ている。
「今回のことも本来は操作を受けないといけないんだけど……この力があれば思い出せちゃうから、やるだけ無駄って言われちゃった」
服装を正しながら、話すユフィリア。
レイフォードとは別方向に議会は頭を悩ませただろう。
「でも、驚いたな。
祝福は、数十万人に一人持っているくらいの確率なのに、周りに二人もいるなんて」
「二度あることは三度あるって言うし、もう一人くらい周りにいるかもね」
「流石にないよ」
だよね、と互いに見合って笑い合う。
笑いがある程度引くと、ユフィリアは急に顔を背けた。
その行動を不思議に思っていると、彼女は頬をばちりと叩く。
「良し!
……今日、何の日か分かるよね?」
ユフィリアの問いの意味を察して、頷いた。
今日は遊戯の月二十四日。
あの月下で契った、約束の日である。
彼女は肩が上がるほど大きく深呼吸をする。
これから話す内容の重要さ、その緊張感が伝わってくる。
「……二年前、君と出会ったとき。
私は運命に出会った──ううん、違うな。
『一目惚れ』しちゃったんだって思ったの」
それは、他の誰でもないユフィリアの心の内。
君と出会って、君に恋して、君を愛する一人の少女の話。
「ずっと、ずっと好きだった。
ずっと、ずっと愛していた」
二年の間、忘れることの無かったこの想い。
徐々に強くなっていった愛情。
君が死ぬことがなくなって、生きることができるようになったとしても。
もう、抑え続けることは出来ない。
「──私、レイが好き」
だから、私とずっと一緒に居て。
最期のときまで、ずっと。
レイフォードの右手を握って、ユフィリアは伝える。
一生変わらない、君への想いを。
金剛石と天青石。
蒼空をそのまま映したような瞳を見つめる。
例えるならば、ユフィリアが黎明で、レイフォードは白日だ。
ずっと夜の世界にいたユフィリアは、レイフォードという白日を見つけることで時間が進み、夜明けを迎えた。
彼が居なければ、ユフィリアは夜から抜け出すことが出来ない。
月も星もない夜の中、一人ぼっちで居続けていたはずだ。
だから、レイフォードはユフィリアにとって、蒼穹に浮かぶ月であるのだ。
太陽ほど輝いているわけではない。
月のように淡く、静かに照らしている。
空に溶けてしまうほど儚く、けれど確かにそこに存在している。
夜が目指す先、夜明けに導く光。
それこそが、レイフォードだ。
どうか、私の想いを受け止めて。
私の望みを叶えて。
君と共に生きるという希望を、幸福を。
永遠に享受させて。
そんなユフィリアの願い。
それは、確かに聞き届けられた。
「──僕も、好き」
彼はユフィリアの手を取り、両手を絡み合わせた。
今を生きるために、未来を生きるために。
約束するのだ。
絶対に破ることのない、約束を。
「……ずっと一緒に居る、一緒に生きる。君と最期まで」
鐘の音が鳴る。
二人を祝う、福音であるかのように。
部屋の外では、何人もが扉に壁に張り付いていた。
「……聞いた?」
「ああ、勿論」
静かに雄叫びを上げる者。
天に拳を突き上げる者。
涙を流す者。
三者三様どころか、十者十様。
皆がレイフォードとユフィリアの関係の進展を祝福していた。
「……ああ、これで二年の苦労が報われるものです」
「長かった、ここまで長かった……」
「あんなに両想いだったのに、結構掛かりましたね……」
彼らは、レイフォードの部屋に向かったユフィリアを心配して付いてきた、アーデルヴァイト家の使用人たちだ。
一人目が到着した段階で、ユフィリアが抱き着いていたのでそっと壁になり始め、二人目、三人目、そして十人目もそれに習ってまた壁となった。
そして、先程ユフィリアの告白により、彼らの二年間が報われたのであった。
「俺、シルヴェスタ様とクラウディア様に報告してきます……!」
「顔凄いゆるゆるだから、直してから行きなさい」
「了解です!」
若い男の使用人が、音を立てないように走り出していく。
他の使用人も、二人にばれないうちに退散し始めた。
ああ本当に良かった、と心を踊らせながら。
そして、報告を受けたシルヴェスタとクラウディアは、大いに喜んだという。
尚、ディルムッドは早すぎる娘の旅立ちに三日三晩目を泣き腫らした。
妻であるカシムに慰めてもらっても、その心の傷は埋まらないようである。




