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二十節/2

 結界の中、ユフィリアはレイフォードを再構することに成功する。

 帰ってきた彼は、不可分なくユフィリアの知る『レイフォード』であった。


 しかし、これからどうすれば良いのだろう。

 この結界の解き方は知らず、外部からの救助も望めない。

 唯一知っているであろう男は、大の字のまま動かなかった。


 気絶しているのだろうか。

 ならば、叩き起こしてやる。


 レイフォードを床に寝かせ、ユフィリアは男の肩を叩く。



「起きてください! 結界、解いてもらっていいですか?!」

「……ああ、君か。そのうち解けるから、気にするな」



 朦朧とする意識。

 聞こえた声に応じて、男は返答する。


 術具に込められた源素が尽きれば、この結界は解ける。

 継続可能時間は、約十五分。

 残り三分といったところだろうか。


 

「……少年はどうなった?」

「一度消えました。けれど、私が創り直しました。

 ……私はよく分かりませんが、貴方のご息女のようにはならないはずです」

「……そうか、そうか……」



 あの少年は、運命を変えたようだ。

 エヴァリシアのように消える運命ではなく、生きながらえる運命へ。

 それは、この少女が居たからこそ成せたものなのだろう。



「……君が、エヴァと共に居てくれたらな。

 そうすれば、違う未来もあっただろうに」

「……いいえ。

 私はレイと居たからこそ、彼を救うことが出来ました。

 彼が居なければ、今の私は存在しません」



 惚気る少女に、男は高笑いをする。

 酷く掠れた声ではあるが、笑わずには居られなかったのだ。



「お似合いだな、君たちは。君たちの行く末が、希望と幸福に満ちた世界であることを願っているよ」

「……ありがとうございます」



 それを最期に、男の意識は闇に堕ちていく。

 ノストフィッツに掛けた、精神支配の術式が解けるのだろう。


 ノストフィッツは、家族と自らの命を代償に、彼はこの国に最上位の呪いを掛けようとしていた。

 なまじ優秀であるために、その計画は気付かれることはなく、最終段階まで進められていた。


 しかし、その計画には欠陥があったのだ。

 呪いの性質を間違えるという、あまりにも重大な欠陥が。

 

 彼が使用しようとした呪いは、捧げた生贄の質・数により効果が強化されるものであった。

 国自体に掛けるのならば、数千、数万人は必要になる。

 

 そこで、彼は勘違いをした。

 呪いの文献が『外』のものかつ、かなり古いものであったため、正確な翻訳が出来なかったことにより、『ある程度の数を確保すれば良い』と思い込んでしまったのだ。


 更に、いけなかったのは身代わりとなる形代を用意しなかったこと。

 この呪いは、生贄の死への恐怖等を術者に一度集め、その悪感情を変換して、本来の対象に移し替えるというものだった。

 

 つまり、呪いが発動しても形代に移し替えさなければ、そのまま術者に掛かるという結果になってしまう。

 そうして、彼が十数年を掛けて行った計画は、水の泡となってしまったのである。


 男が精神──肉体を乗っ取ったのは、その時であった。

 呪いを移せずに、自らの身体に溜め込んで死亡したノストフィッツ。

 その死体を利用したのだ。


 元々別に計画を立ててはいたが、些か時間が掛かりすぎる。

 彼の計画でも十分成功させられるのなら、こちらに乗り換えても良い。

 どうせ時が経てば、元の計画は自動で始まる。

 ここで一回賭けに出ても、何ら問題は無かった。


 生前ノストフィッツ家の血に仕込んでおいた術式を起動し、死体を動かす。

 特徴的な臭いは、予備としてあった精霊石で作成した即式の術具を使用することで誤魔化した。


 ノストフィッツは、新年会の日に計画を実行していた。

 しかも、行きの馬車の中で呪いを発動させるという、大胆な工程を挟んで。


 目指すべき未来の方向は似通っていたこともあり、大体は彼の計画通りに動いた。


 ユフィリアという少女と接触し、二種類の結界を発動させる。

 その後、少女に黒血を付着させた短剣を刺し、変性した魔物を解き放って人々を虐殺させる。


 呪いが上手く発動していれば、平民は兎も角、貴族連中はかなり弱体化しているはずであったため、魔物一匹でも十分壊滅させられる予定だった。

 その死体に更に黒血を入れ、魔物を増殖させる。

 そうすることで、国全体に人工的な魔物の大氾濫を起こすつもりだったのだ。


 源素を貯蔵する形式の術具は、精霊や源素の無い空間でも問題なく作動する。

 それを知っていたからこそ、ノストフィッツはあの術具を制作したのだろう。

 危険物持ち込み検査の時は、亜空間収納術式で隠していたので、イスカルノート公爵家の警備員に見つかることはなかった。


 武器も無く、精霊術も使えない中、生み出された魔物が討伐できるわけがない。

 だからこそ、この計画は成功する。


 喩え、国民全員を殺せなくとも、東部の貴族を殺せばこの国は崩壊する。

 軍事戦力は東部に偏っているのだから。


 特に、イスカルノート公爵とアーデルヴァイト伯爵。

 十六年前の討伐戦で功績を遺した二人は、必ずここで殺しておく必要があった。


 そうして起こした騒動。

 しかし、それはうまく行かなかった。


 想定外が重なってしまったのだ。

 ユフィリアという少女と、レイフォードという少年。

 とるに足らない幼い子どもたちに、足元を掬われてしまったのだ。


 だが、満足と言えば満足ではあった。

 復讐は果たされずとも、納得の行く結果で終われたのだから。


 だから、眠りに就こう。

 自分は少々長く生き過ぎた。

 永遠を否定したというのに、永遠かと思えるほど生きてしまった。

 

 ああ、すまないエヴァ。

 こんな、不甲斐ない父で。

 格好悪い父で。

 本当にすまなかった。


 薄れゆく意識の中、見守っていた少女がぼそりと呟く。



「……もう少しよく音を聞いてみてください。

 そうすれば、会えるかもしれませんよ」



 ──お父さん! ねえ、お父さんってば!



 暗闇から、愛おしい娘の声が聞こえた気がした。

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