十五節/2
「──皆、帰らぬ人となりました」
誰もが息を飲んだ。
彼は、殺したのだ。
本来のノストフィッツ子爵と、その家族全てを。
「この外道が……!
過去の亡霊め、今更何を成すというのだ!」
「……亡霊、ですか?
あなたがそれを仰るのですね」
激怒するキャロライン。
それとは正反対に、男は温度のない言葉を紡ぐ。
至って冷静に、ただ事実を述べるように。
「わたしからすれば、あなたたちの方が亡霊ですよ。
過去の幻想に囚われ、叶いもしない『永遠』とやらのために、ありとあらゆるものを犠牲にする。
殺めた数で言えば、そちらの方が上なのでは?」
キャロラインは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……復讐か?
そんなことをしても、彼女は帰ってこないだろう!」
「ええ、そうでございましょう。
あの子は優しい子でした。
何も恨まず、何も妬まず、ただ自分の運命を受け入れました。
しかし、何もしないというのは、腹の虫が収まりません。
これは、わたし自身の復讐なのです。
わたしからエヴァリシアを奪い、抹消したこの国への!」
『エヴァリシア』。
その名を知っているものは、この中でもそう多くはない。
知っているのは、各貴族家の当主のみ。
彼女は四百年前に生きた、齢六歳の幼子。
そして、『体内源素過剰症』によりこの世を去った二人目の少女であった。
「あなたたちには分からないでしょう。
この哀しさを、この苦しみを。
奪って、消すばかりのあなたたちには!」
「……それは」
キャロラインの脳裏に過ぎったのは、とある想い人。
そして、彼とよく似た少年。
キャロラインは、喪う苦しみを知っている。
だが、奪う者でもある。
喪うことよりも奪うことが多い彼女には、彼の言葉を否定し切ることはできなかった。
「ああ、そうだ!
あなたたちはそういう人だ!」
男は嘲笑する。
自らを陥れた者たちが、反論することなく押し黙っている。
それを笑わないでどうするというのだ。
「『永遠の理想郷』なんてくだらない!
どこが永遠だ、どこが理想だ!
犠牲の上に成り立つ、反理想郷ではないか!」
永い時間溜め込めた本音を吐露するように、男は語り続ける。
「永遠など、狂気の沙汰だ。
そんなものはあり得るはずがない。
あってはいけない。
希望も、幸福も終わりがあるからこそ、存在するものなのだ」
男は大きく息を吐き、また大きく息を吸い込んだ。
己の意志を叫ぶために。
「今、わたしはここに宣言しよう!
この虚構に塗れた反理想郷を壊し、真実の世界に造り変えると!」
彼は手に持っていた短剣を足元へ放り投げる。
それを合図に、機を狙っていた貴族たちが一斉に襲いかかる。
しかし、彼は袖からもう一つの術具を取り出し、またもや床に叩き付けた。
構築される黒の檻。
外部から内部は一切見えない、不可視の結界だ。
ユフィリアと男、その他の貴族たちは完全に分断されてしまったのである。




