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十二節〈亡き想い人に似た者よ〉/1

 天井には輝く飾電灯(シャンデリア)

 至るところに並べられた食卓(テーブル)には、数え切れない種類の料理。

 着飾った人々か跋扈し、話し声は鳴り止まない。


 そんな中、レイフォードは杖を片手に壁に寄りかかっていた。



「……来なければよかったなあ」



 自分がこの華やかな雰囲気から浮いていることをひしひしと認識しながら、激しく後悔していたのだった。



 



 クロッサスから馬車に揺られて数時間。

 夜の帳が下り始めた頃、レイフォードたちはとある場所に到着した。

 イスカルノート公爵領最大都市ティムネフスの中央に鎮座する領主館だ。


 城と見紛うばかりに巨大な建築は、公爵の権力の大きさを表している。

 それほど力が無ければ、東部貴族が一同に介した新年会など開催できるわけがない。


 使用人達に導かれるまま、大広間へと歩いていく。

 大量の花瓶や絵画、彫刻。

 端から端まで、光を反射するほどに磨かれた内装。

 アーデルヴァイト家とは比べるまでもない豪華さは、王城にも届き得る。

 何度か訪れたときに見たとはいえ、未だに慣れることはない。


 昨年、レイフォードは体調の関係上──仮病と言ってもよいほどだが──参加していなかった。

 しかし、今年は公爵閣下直々に招待を受けたことから、参加しないという選択肢はなかったのだ。


 イスカルノート公爵閣下、キャロライン・エルトナム・イスカルノート。

 過剰症の治療でティムネフスを訪れた際、レイフォードは彼女にいたく気に入られてしまった。


 キャロラインは、才能のある若人を好む。

 それにしても、レイフォードへの入れ込み具合は常軌を逸しているほどであったが。


 彼女の尽力で、症状の研究は良く進んだ。

 そのことで恩のあるレイフォードは、彼女の頼みを断れない。

 『顔を見たい』と願われれば、『喜んで』と答えるしかないのである。


 人の出入りが一段落し、定刻になった。

 薔薇のように紅い礼服(ドレス)を身に纏った、背の高い白髪の女性が前に立つ。

 キャロラインだ。



「一同、よく集まってくれた。

 本日は、新しき年を祝う宴会である。

 思う存分飲み、思う存分喰らい、思う存分語らおう!

 さあ、杯を上げよ!」



 良く通る声が会場に響く。

 皆が、彼女の言う通りに(グラス)を上げた。

 


「乾杯!」



 一口で中身を全て飲み干す。

 味がしない、ただの液体だ。

 

 勿論、本来ならば『味がしない』なんてあり得ない。

 キャロラインが出すものなら、更に。

 透き通った黄金色、林檎の果汁飲料(ジュース)だろうか。

 かなりの高級品なのだろう。


 味を感じないのは、(ひとえ)にレイフォードの味覚がおかしいだけ。

 襤褸(ぼろ)切れのような身体は、味覚に割ける気力などないらしい。


 これを知っているのは、テオドールくらいだ。

 レイフォードとしては最期まで隠し通すつもりだったのだが、ひょんなことからばれてしまった。

 あの時のテオドールの怒りようは、今でも背筋が凍る。

 

 通りすがった使用人に空の(グラス)を手渡せば、後は順番を待つだけだ。


 キャロラインへの挨拶は、爵位の高い順に行う。

 侯爵から伯爵、伯爵から子爵、子爵から男爵といった順だ。

 東部の侯爵家は三つであるから、少なくとも四番目以降となる。


 アーデルヴァイト家以外の伯爵家は五つ。

 同格の貴族との機会(タイミング)調整は、空気を読む他ない。

 シルヴェスタならば我先にと行くだろうが、そう上手くことが運んでくれるだろうか。



「おお、アーデルヴァイト卿。

 久しいですな、ご機嫌麗しゅうございますか?」

「勿論ですとも、フィンステット卿」



 恰幅の良い中年男性がシルヴェスタに話し掛ける。

 彼は東部の中でも北に領地を持つ、フィンステット伯爵だ。

 手練の商人のような男で、人当たりの良い笑顔を浮かべながらも隙は無い。



「ご子息、ご息女も一年で随分と大きくなられましたな。

 そちらは……次男様ですかな」

「ええ、レイフォードと言います。

 病弱でして……今年は調子が良いそうなので、連れてきました」



 シルヴェスタの紹介に合わせ、礼をする。

 こんなに形式張ったことをするのも久し振りだ。



「おやおや……はは、うちの孫にも見習わせたいものです。

 年の割に落ち着きがないのでね」



 彼の目が、品定めをするようになる。

 そこまで露骨ではなく、普通の六歳児ならば気付かれないだろうが、レイフォードにとっては全身を舐め回されているのと同じである。

 貴族社会とは全てこんなものなのだろうか、と背中に冷や汗をかいた。

 平民から集まる視線とは、また別方向に不愉快なものでったのだ。



「……ところで、北部産の武具や防具の件なのですが──」



 視線がレイフォードから外れ、二人は商談をし始める。

 鉱床数と生産力で発展する北部、そこに近く財力もあるフィンステット家はアーデルヴァイト家と所謂『専属契約』を結んでいる。

 詳しく言うと、フィンステット家が出資者(スポンサー)を務める商会となのだが。

 その商売の相談事なのだろう。


 レイフォードは彼らから離れ、小さくゆっくり息を吐く。

 腹の探り合いは苦手だ。


 ちらりと横目で、アニスフィアとクラウディアの方を見る。

 二人はフィンステット伯爵夫人やその息子たちと話していた。

 一瞥しただけでも、歯に衣を着せた物言いをしているのだろうと予想付く。

 下手に加わるのは止めておこう。

 


「……大丈夫?」

「大丈夫だよ、姉上」



 背後から、リーゼロッテが袖を引いた。

 レイフォードを気に掛けているようだ。


 返事の通り、身体はまだ問題なく動いている。

 〝眼〟も殆ど視えなくなっているから、大勢を見てもあまり頭痛はしない。

 こればかりは、今の身体に感謝できた。


 リーゼロッテを露払いとしながら、レイフォードは話の終結を待つ。

 周囲の視線が集まっていることには、気付かない振りをし続けた。

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