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八節/2

 こんな、やり場の無い感情をどうしようか。

 (ごみ)でしかないこれを、どこに捨てようか。

 

 救いたいと出来るはずない理想論ばかりで、何後からもないと嘆くばかりで。

 歩くことも前を向くことも出来ない自分は、どうしてしまおうか。


 ここで、消えてしまえばいいと願っても、叶えることは赦されない。

 アニスフィアには、未来があるのだ。


 ──レイフォードと違って。



「……俺の未来を、あの子にあげられたら……」



 ああ、どうして自分が生きているのだろう。

 どうしてあの子が死んで、自分が生きていかなければいけないのだろう。

 自分より、あの子の方が絶対に世界にとって重要で、外せない歯車だというのに。

 どうしてあの子を外してしまうのだろう。

 いらない自分を外した方が、良いに決まっているのに。


 

「……駄目だな、俺」



 そうやって、考えることしか出来ないから駄目なのだ。 

 自嘲気味に笑って、どかりと机に備えられた椅子に座る。


 並べられた本も、資料の数々も、今やただの紙束にしか過ぎない。

 全部ぜんぶ、意味なんてなかったのだから。

 


「……あ、返しに行かないと」



 そういえば、ずっとここに置いてあるばかりで書庫に返していなかったと思い返した。

 様々な分野に手を出して調べていたから、一年と半年掛けてやっと気になるもの全て読み終えたのだ。

 成果は特になかったが。


 ふと気になって、とある一冊を手に取った。

 それは、著者の空想を書き連ねたことに近いものだ。

 筋は通っているが机上の空論に過ぎず、実現など到底出来そうになかった。



「死んだ生物と全く同じ肉体を用意して魂を移す……か」



 神秘学的にいえば、不可能ではない。

 情報的に同じ物体で、どちらも完全に同一であれば、《世界基盤》の修正力も働かないはずだ。

 ただ、物体を用意する段階で一切精霊術等を使わず、更に魂を移し替えるという難題が解決できればの話だが。

 

 精霊術は、世界基盤を源素と精霊の力を使って書き換えることで現象を起こすものだ。

 世界基盤は、世界全ての法則が記された神秘的記録体で、人が物質的に干渉することは出来ない。

 源素を通したときのみ、干渉することが出来る。


 しかし、書き換えたとしても永遠にそのままというわけにはいかない。

 『結果』は残っても、その『過程』は修正されてしまう。


 例えば、精霊術で炎を起こしたとする。

 それで物を燃やせば、物は燃え続ける。

 しかし、炎は消える。

 『燃やした』という結果は残るが、『炎で燃やす』という過程はなくなってしまうのだ。

 『そこに炎がある』と書き換えた箇所が『何もない』に直されてしまう。

 

 ここで大事なのは、引き起こす現象が世界に与える影響が大きければ大きいほど、使用する源素の量は増え、書き換えることが難しくなってしまうことだ。

 時間遡行などは、その最たる例だろう。

 『そこに無かった』ものが『そこにある』のであれば、世界全体に影響してしまうのだから。

 

 『同一存在の複製』。

 神秘学で、よく議題に上がるものだ。


 基本、物は世界でただ一つしかない。

 同じように見えても、完全に同一であるということはない。

 必ず、細かな違いがあるものだ。


 もし、本当に全て同一な物が複数用意できるなら、それは奇跡だ。

 人の手では起こせない現象。

 正しく神の御業。

 だからこそ、この理論を実現させることは出来ない。

 我々は『人』であり、『神』ではないのだから。


 ああ、でも。

 もし、そんな奇跡が起こせたならば。

 あの子は、レイフォードはこの先の未来を生きることができる。


 肉体が複製できるなら、反対の存在である魂も複製できる。

 彼の壊れた肉体と魂を新たに造れば、彼は生き続ける。


 ──本当にそれが、『レイフォード』であるのかは分からないが。


 アニスフィアは溜息を吐いた。

 そんな空想に耽っている暇があれば、少しでも有益なことをするのが良いに決まっているというのに。

 自分の悪癖に反吐が出る。

 

 本を片付けようと、並べられた物を取り出した。

 瞬間、何かがはらりと落ちる。



「何だ、これ……?」



 手にとって見ると、それは紙であった。

 よくある、ただの紙。

 何も考えずにひっくり返すと、裏面に文字が書かれていた。


 辿々しい字だ。

 手に合わない大きな筆で書いたことが読み取れる。

 洋墨(インク)は滲んでいるし、線は歪んでいる。

 だが──


 『頑張れ、兄上。』


 ──込められた想いは、何よりも明らかで真っ直ぐだった。


 頬に涙が伝う。

 情けない、悔しい。

 何も出来ない自分が、支えたかった弟に支えられている事実が。



「……ごめんな、レイ」



 こんな兄でも、あの子は『頑張れ』と言ってくれる。

 褒めて、励まして、支えてくれる。


 どうして、今まで気付かなかったのだろう。

 あの子は、こんなにも輝いていたというのに。



「……これじゃあ、名前負けだな」



 アニスフィアは立ち上がる。

 窓に歩き近付くと、空は夜の帳が降りていた。


 両開きの窓を開ける。

 ふわりと吹く夜風は、思考を冷やしてくれた。



「あと、もう少し。

 出来るとこまで……ちゃんとやらなきゃ顔向けできないな」



 今日は快晴だった。

 だからこそ、星がよく見える。

 夜空に煌めく満天の星々。

 目が眩むほど、それらは光を放っている。


 手を伸ばした。

 届かないことは知っている。

 けれど、伸ばさずにはいられない。


 自分は輝く(アニス)(フィア)なのだ。

 『誰もが目指す星のようになれ』と、愛しき人々に願われたのだ。

 

 喩え届かなくたって、手を伸ばし続けよう。

 空を見上げよう。

 何も出来ず下を向いて蹲っているより、我武者羅に星を目指す方が良いに決まっているのだから。

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