七節/2
「……姉上、どうしたの?」
「……レイ?」
なのに、間が悪い。
一番見られたくない人に、見られてしまった。
「……泣いてるの? どこか怪我でもした……?」
「何でもない。何でもないから、放っておいて」
「嫌だ、見せてよ」
「……何でもないって言ってるでしょ!」
誤魔化さないといけない。
焦る気持ちのまま、リーゼロッテは掴まれた手を乱暴に振り払ってしまう。
その拍子にレイフォードは体勢を崩し、転んでしまった。
「……あ」
リーゼロッテは謝ろうとした。
『ごめん』。
たった、それだけの言葉が何故か出て来ない。
歯がかちかちと音を鳴らして、喉がきゅっとしまって。
声が出さないのだ。
「……姉、上?」
純朴な瞳が、見上げてくる。
リーゼロッテの罪を突きつけるように。
「……いや、いや! 違うの……!」
目を瞑って、頭を抱えた。
レイフォードは悪くない。
悪いのは、全部自分だ。
解っているのに、どうして自分は彼を恨んでしまうのだろう。
彼に、責められているような気分になるのだろう。
『どうして救けてくれないの?』と。
何も、考えられなくなった。
外界の情報を遮断して、一人の世界に閉じ篭って。
そうしないと自分は、大切な弟を恨んでしまいそうだった。
冬風が吹く。雪が舞う。
それらはとても冷たくて、リーゼロッテを凍らせてしまいそうだった。
ああ、でも。
このまま凍ってしまえば、そのほうが良いのかな。
自分の首を絞めて、呼吸を止めて。
そうすれば、凍ってしまえる──。
「駄目だよ、それは。
自分を傷付けるのはやっちゃいけないよ、姉上」
手が、解かれた。
温かい。
冷えた手が、彼の手に握られている。
「……姉上が何に悩んでいるのかとか、僕は知らないけれど」
あの日と変わらない色が、リーゼロッテを覗き込む。
「そんな顔、姉上には似合わないよ。
だから、笑って?」
暖かな春の日差しのように微笑む少年。
あの日、リーゼロッテが差し出した指を握った時のような笑顔。
「……ごめん……ごめんね」
気付けば、リーゼロッテはレイフォードを抱き締めていた。
相も変わらず華奢な身体が折れないよう、優しく包み込むように。
頬を伝う涙は、止まることを知らなかった。
「……だから、泣かないでって言ってるじゃん。
姉上は、照る太陽なんでしょ?
父上と母上が、『太陽のように明るく人を照らして、笑顔にさせる子でありますように』って付けた名前だって聞いたよ。
だったら姉上も笑顔で居なきゃ、ね?」
情けない。
三歳も下の弟に慰められるなんて。
しかし、その言葉がリーゼロッテの氷を溶かしていく。
太陽の光が雪を溶かし、春を告げるように。
なんて、暖かいんだろう。
「……ああ、えっと……そうだ!
あの雪達磨、凄いね。みんな分ある。」
気まずくなったのから、レイフォードは別の話を切り出した。
彼が示す先は、リーゼロッテが丹精込めて作った雪達磨。
家族と、使用人。
合計二十個を超える大作だ。
「……ええ、そうでしょ。凄いでしょ!
もっと褒めなさい!」
「なんか、急に褒めたくなくなってきた……」
「生意気な弟ね! 褒めなさいよ!」
頬を叩いて、気合を入れ直して、いつもの調子を取り戻す。
そうだ、自分は『リーゼロッテ』。
リーゼロッテ・アーデルヴァイト。
レイフォードの姉で、皆を笑顔にする『太陽』で──貴方を護る騎士を目指す者。
「……ねえ、レイ。私、貴方のことが大好きよ」
「……何、急に」
「何でもない!」
お揃いの日光を宿した髪が、風に揺られていた。
雪は溶け、やがて春が来る。
でも、どうか。
どうか、あの雪達磨だけは、溶けないでいてほしいと願うのだ。




