五節/2
半年前のことだ。
ユフィリアがテオドールと話している時間を見計らい、レイフォードは部屋を出る。
彼らが納得しそうな言い訳をして、向かう先は応接間。
そこには、シルヴェスタとディルムッドが居る。
「こんにちは、オズワルド。
父上とディルムッド様に話したいことがあるんだ。
入らせてもらってもいいかな?」
「こんにちは、レイフォード様。
申し訳ありませんが、それはできません。
『何者であっても通してはならない』と承っておりますので」
ただ、そう簡単には入れない。
当事者と言えど、レイフォードと二人の間には越えられない壁がある。
この国において、貴族の当主は特権がある。
『騒動時の記憶操作を受けない』
『過去の騒動の記録を閲覧できる』
今のレイフォードには、この二つの権限が必要だった。
何としてでも、二人と話を付けなければいけない。
どんな手を、使ってでも。
「……なら、二人に伝えてほしいことがあるんだ」
──『カルム、エヴァリシア、ロナ』。
「……どういう意味でしょうか?」
「知らなくていいことだよ。二人には伝わるから」
怪訝な顔をするオズワルド。
それでも彼は、自分の役目を果たそうとシルヴェスタとディルムッドに伝えに行く。
これを知っているレイフォードを放って置けるほど、彼らは危機感がないわけがない。
十中八九、彼らはレイフォードを迎え入れてくれる。
「……レイフォード様、どうぞ」
「ありがとう、オズワルド」
ほら、この通り。
レイフォードは張られた防音術式を越えて、入室する。
そこには恐ろしいほどに眉間に皺を寄せたシルヴェスタが、レイフォードを睨んでいた。
「お前……どこでそれを知った?」
「先日技術局に出向いたとき、局長さんが教えてくれました」
「……姿が見えないと思ったら……脅したの間違いだろうが」
「なんのことでしょう?
僕は至って当然の質問をして、局長さんが親切にも教えてくださっただけですよ」
嘘である。
一か月前、過剰症の治療のために王都の技術局に出向いたときのことだ。
あそこには、最新の『精霊術刻印道具』──『術具』が沢山ある。
レイフォードの源素量で触れれば壊れてしまうほど繊細なものが、沢山。
何度も入ったことがあるから、どれが重要なものかは理解していた。
そして、それを使って交渉したということだ。
「そもそもの話です。
一番の当事者である僕に隠し事があるのは、少々不義理ではありませんか?」
薄々、勘付いていたことだ。
彼らがレイフォードの症状と病名を教えたことがあるのは、クラウディアを除けば《特権階級》のみ。
貴族、神官、国家精霊術師、国家医師、騎士。
騒動が起きても、記憶を改変されない者。
そして、アリステラ王国の存続に必要不可欠な者。
表向きのアリステラ王国史には、『体内源素過剰症』なんて病気は存在しない。
一般人に知られると不都合が出るからだ。
何せ、発病の原因は祝福の儀。
そこで、祝福を得ること。
カルム、エヴァリシア、ロナ──千四百年のアリステラ王国史から消された者たちの名。
レイフォードと同じく、祝福を得て。
そして、誰の記憶にも遺らず死んだ者たち。
「……お前は、何を望んでいる?」
シルヴェスタがレイフォードに問う。
「……簡単な、ことですよ」
──僕の存在を、誰の記憶にも遺さないように消してください。




