二節〈刻は無情にも希望を斬り捨てる〉/1
少年が目覚めると、そこは暖かく明るい空間だった。
自分以外誰もいない部屋。
この場所に見覚えはなかったが、何故か安心できた。
掛け布団を取り払って寝台から立ち上がる。
記憶の中よりも視線が低い。
三歳ほど離れているのだから、当たり前ではあるのだが。
どこを見ても、どれだけ探しても血の一滴すらない。
死体なんて見当たらない。
あれは、ただの記憶だったのだ。
確かにあった現実だった。
しかし、今はもう虚構でしかない。
この世界に起きた事件ではないのだから。
少年は部屋を出ようと扉へと歩み寄る。
何だか少し、身体が重い。
だが、些細な問題だ。
半ば引き摺るようになりながらも、気にせず歩を進めていく。
小さな手が取手に掛かり、内開きの扉を手前に引いた。
ただ、それだけだったはずだ。
やけに軽く開いた扉に、不意を衝かれた少年は体勢を崩す。
「ごめん、大丈夫?!」
正面から安否を求める鈴のような声が聞こえた。
聞き慣れた声の主は少年の目の前に膝を付き、座り込んだ少年の顔を覗き込む。
夜明けの空を映した菫青石が視界を埋め尽くした。
緋に沈んだ菫青、白銀と共にある宝石。
花のように踏み躙られて、飛び散って。
血の臭いがする、血の味がする。
手が真っ赤に染まっている。
瞠目したのが、自分でも分かった。
手の震えが収まらない。
それが何故かは分からない。
いや、違う。全て分かっている。
だから、こんなにも自分は怯えているのだ。
それは■の犯した罪、償うべき罪。
守るために殺した、守れなかったから殺した。
あの日撃ち抜いた脳髄と、あの日貫いた心臓。
響く悲鳴と怒号。
ずっと、生命を奪った感触が手に残り続けている。
生命が潰える瞬間の声が耳に残っている。
緋、緋、緋。
全てが緋く染まる。
皆みんな緋くなる。
見たくない。
もう目を背けてしまいたい。
でも、できない。
逃げてはいけないから、忘れてはいけないから。
息が吸えない、脳に酸素が回らない。
世界が暗くなっていく。
また正気を失ったように頭を抱えて浅い呼吸をする少年の肩を、少女は揺さぶった。
何度も彼の名前を呼ぶ。
それを錨として深海から持ち上げるように、何度も何度も。
──レイ!
何十回も繰り返して、声はやっと少年へ届いたのだった。
「ユ、フィ……?」
掠れた声で、少年レイフォードは少女ユフィリアの名を呼んだ。
白と蒼の瞳が虚ろにユフィリアを見上げている。
まるで、ユフィリアではない誰かを見ているように。
事態を飲み込めないまま狼狽えるレイフォードに手を差し伸べて、彼を寝具へと座らせた。
ここは来客用の部屋。
レンティフルーレ領シューネにある、ユフィリアたちが住む屋敷の一部。
そう説明され、レイフォードは徐々に記憶が蘇り始めた。
そして、ユフィリアは問うのだ。
「……憶えてないの? どうして、ここにいるか」




