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十節/7

 そうして、緞帳が降りる。

 夢中で見続けていたレイフォードは、舞台が隠されたことでやっと現実に引き戻された。

 技量の高い演者というのは、観客を演劇の世界に引き摺り込むことができるらしい。


 思わず溜息を吐いた。

 演技も、演出も、全てが素晴らしいものだったのだ。

 臨場感に溢れ、美しさに呼吸が止まってしまうほどだった。


 拍手喝采の中、役者や裏方が次々と壇に上がる。

 各々手を振ったり、お辞儀をしたりする。

 その一挙手一投足でも歓声が上がるものなのだから、流石国内最大の劇団である。


 その中に、見覚えのある顔がいた。

 ローザの両親だ。

 上演中は夢中になっていたため、レイフォードは分からなかったが、彼らも演者として参加していたようだ。


 やがて、舞台挨拶(カーテンコール)も終わり、観客は席を立ち始めた。

 係員の誘導に従い、劇場の外に出る。

 昼頃から始まったため、日は既に傾いていた。

 

 まだ夢見心地という雰囲気で、興奮収まらぬ口調のままユフィリアが話し掛ける。



「凄い面白かったね! あんなに綺麗な劇、初めて見た」

「うん、僕も夢中になっちゃった。テオはどうだった?」



 レイフォードは左にいるテオドールに感想を求める。


 しかし、彼はある一か所を見つめるばかりで、レイフォードの質問に答えない。


 不審に思ったレイフォードとユフィリアがテオドールの視線の先を辿ると、そこには銀髪の少女が像の台座に隠れながらじっとこちらを見つめていた。



「……ローザちゃん、だね」

「……どうしたんだろう」



 レイフォードたちがローザの存在に気付いたことを察したようで、彼女は駆け寄ってくる。



「また会えたね! テオくん、レイフォードちゃん!」



 『レイフォードちゃん』という言葉が聞こえた瞬間、ユフィリアが物凄い速度でレイフォードに詰め寄る。

 そして、ローザに聞こえないような距離で耳打ちした。



「どういうこと?」

「……女の子、だと思ってるみたいで」

「訂正しないの?」

「面倒くさいなあ……って、ごめんなさい」



 実際、誤解を解くときは結構な時間が掛かる。

 男だと言っても、信じてもらえないときだってあるのだ。

 勘違いされていても問題がないのならば、訂正しなくても良い。

 そう胡座をかいていた。



「ねえ。レイフォードちゃん、どうしたの?」

「何でもないよ。ちょっと叱られてるだけだから」



 不思議だ、という顔をして問うローザをテオドールは窘める。

 彼の背後ではレイフォードがユフィリアに額を指で弾かれて(デコピンされて)いた。



「今日会いに来たのは……これ、渡したくて」



 少女が肩に掛けた鞄から取り出したのは、針金と精霊石でできた手作りの指輪だった。



「助けてくれた時、お父さんとお母さんはお礼渡したけど、わたしは渡してなかったから……。

 でも、一個しか作れなくて」



 ローザの手にできた傷をテオドールは見逃さなかった。

 一生懸命作ったことが伝わってきたのだ。



「それ、テオが付けて。テオが一番頑張ってたから」

「……レイくん、いいの? 二つの意味で」

「いいのいいの。セレナは?」

「ええ、レイフォード様に同意します。テオがお付けください」



 後ろからユフィリアの圧を受けながらも、レイフォードはテオドールが受け取ることの許可を出す。

 レイフォードもセレナも許可を出せば、断る理由などなかった。



「ローザ、それ俺が貰っていいかな」

「……うん、もちろん!」



 小さな精霊石を嵌め込まれた銀の指輪を、テオドールは受け取る。

 大きさがぴったり合う指、左手の薬指(・・・・・)に付けた。




挿絵(By みてみん)




「……綺麗だね。ありがとう」

「どう、いたしまして」



 少し頬の紅潮したローザは、吃りながらもテオドールのお礼に応える。

 そして別れもおざなりに、逃げるように来た方向へと走り去ってしまった。


 手を振りながら、惚けてローザの走り去った方向を見つめるテオドール。

 薬指には、指輪が嵌まったままだった。






 劇場からの帰り道、レイフォードたち三人とユフィリアたち二人は別れるところに差し掛かろうとしていた。

 すっかり空は暗くなり、星々が輝き始めていた。



「……劇の最後みたいだね」



 ユフィリアが呟いたように、空はあの劇の中で見た星空と同じくらい美しい。

 今日の空は満月で、いつにもなく夜道が明るかった。

 手を伸ばしたら届きそうなほど大きな月。


 だが、それが絶対に届かないことをレイフォードは知っている。



「……変なこと、聞くんだけど」



 レイフォードは、ユフィリアにしか聞こえないように一つ問いを投げ掛ける。



「そう、だなあ……」



 月を見上げながら、ユフィリアは答えを探す。

 どうして、レイフォードがそんなことを訊くのか検討は付かないが、大切なことであるのだろうとは何となく解った。

 その上で、心からの答えを出す。



「そっか……ユフィらしいね」



 レイフォードはユフィリアに微笑む。

 そこにはどこか諦めたような、哀しむような、そうな感情が滲んでいた。


 それは、ほんの一瞬だった。

 気のせいだったのだろうか。


 そこからは、他愛もない会話をする。

 最近寒くなってきたとか、この前食べた夕食が美味しかったとか、次会えるのはいつになるのか、とか。

 話しているうちに、別れの時は来てしまった。


 手を振り合って、三人と二人は別れる。

 街頭に照らされた道は、あの日と違ってまだ騒がしい。

 別の町であるのだから、比較にはならないかもしれないが。


 クロッサスに帰る頃には、完全な夜になっているだろう。

 そんなことを考えながら馬車に乗り込む。

 秋の風は少し冷たかった。





 

 喩え、君が忘れたくないと、憶えていたいとしても。

 哀しむ未来があるならば──何を犠牲にしても、君が笑っていられる世界にしてみせる。


 少年は、月にそう誓ったのであった。






 閉幕:二章【翼無き鳥希う夜空】 ────生きる(vivere)ことは( est )戦うことだ(militare)────

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