十節/6
あるところにひとりの精霊がいました。
精霊は美しいものに目がなく、世界中から集めていました。
特に、生命の輝きを放つものを好んでいました。
しかし、ある悩みがあったのです。
「ああ、どうしてきみは消えてしまうのだろう」
精霊が愛するものは、どうしても消えてしまいます。
花も、動物も、人も。
ほろりほろりと朽ち果てて、風に吹かれて散っていく。
それは当然でした。
生命あるものは、決して永遠には生きられないのです。
どれだけ愛を与えても、壊れたものは元には戻らない。
朽ちていくのを止められない。
精霊は、永遠の美を手に入れることができなかったのです。
ある日、精霊は友の精霊に相談しました。
「わたしは、ずっと美しいままのものが欲しいというのに、彼らはそれに応えてくれない。
全く哀しいことだ」
「それが、定命のものの運命なのさ」
「しかし、わたしは永遠が欲しいのだよ」
精霊は空へと手を伸ばしました。
「この蒼い空も、わたしが立っている地も。
彼方に広がる海も永遠だというのに、どうしてそこに生きるものは永遠でないのだね」
不条理でないだろうか。
そう付け足して、精霊は伸ばした手を握り締めます。
「君は神の意思に逆らうとでも言うのかい?」
「いいや、逆らうつもりはないよ。
わたしは神を敬愛しているさ。
神は美しいからね」
精霊の、創造主たる神への忠誠心は本物でした。
この世界の法則を、決まりを受け入れているのです。
それでも、精霊は嘆かずにはいられませんでした。
どれだけ美しいものを見つけたって、いずれは消えてしまうのですから。
「どこかに永遠に美しい生命はないのだろうか」
ぽろりと呟いた精霊の言葉に、友ははっと何かを思い付いたのです。
「ならば、人の世に紛れてみてはどうかな?
彼らは時に、突飛な考えで我らを驚かせる」
「人の世に?
……いや、でもいいかもしれない。
短命のものの視点からしか得られない景色もあるだろう」
そうして、精霊は人の世に紛れることにしました。
ある時は元気な子どもとして、ある時は優しい青年として、ある時は厳格な翁として、長い時を過ごしました。
松の花が再び咲くような月日が過ぎ、精霊はまた新たな姿となりました。
しかし、何度も何度も繰り返しても。
精霊は永遠の美を、生命を見つけることができませんでした。
もうこれで終わりにしよう。
精霊は、その年を最後の一年とすることにしました。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、そして冬の終わりが近付いて来ます。
雪が解け、花々が顔を出し、動物たちが目覚め、人々が賑やかになる春。
一年で最も生命が輝く春は、明日へと迫っていたのです。
「明日の夜までに見つけられなければ、わたしはこれから先、『永遠の生命』を見つけることなどできないのだろう」
精霊は夜空に手を伸ばします。
天には爛々と星月が煌めいていました。
まるで、精霊を励ますように。
月が沈み、太陽が顔を出し、朝がやって来ます。
精霊が、人として生きる最後の日でした。
今日も今日とて町を歩みます。
降り積もる雪も、凍える風も、曇天の空も。
もうどこにもありません。
青々とした緑と、暖かな風と、晴天が人々を包み込んでいました。
笑い声が聞こえます、話し声が聞こえます、生命の声が聞こえます。
精霊は不思議と笑顔になりました。
見つからなくて哀しいはずなのに、彼らの声を聞いていると笑顔になってしまうのです。
本日は春を迎える日、春を喜ぶ日。
あちらこちらで祭りが催され、どこも賑やかでありました。
精霊はふと、ある店の前で立ち止まります。
売られていたのは作り物の花、造花でした。
ただの造花でなく、針金や宝石を用いて作られたものでしたが、とても精巧な出来でした。
「やあ、お嬢さん。これ一つくださいな」
「あらあら、本当?
あなたが初めてのお客さんなの。とても嬉しいわ!」
店番の少女は代金を受け取り、精霊に商品を選ばせます。
「全て渾身の出来よ!
なんたってこの私が丹精込めて作ったものなんですから」
「これを全て? 凄いな、君は。
今まで見たことがないよ」
少女は精霊の言葉に飛び跳ねるように喜びます。
しかし、哀しそうに目を伏せました。
「……どれだけ頑張って作った品だとしても、売れなければ意味がないわ。
今日これを売り切らなければ、私はこれを作れなくなってしまうの」
「……それは何故だい?」
精霊は疑問に思いました。
どうしてこれだけ美しいものを作れるというのに、それを作らなくなってしまうのだろうと。
「お父さんやお母さんを、手伝わなければいけないの! 『そんな金にも成らないものを作るくらいなら、お店を手伝いなさい』って言われちゃった」
精霊は悩みます。
少女が作り出す花々は美しく、この技術が失われるのは不本意でした。
しかし、全てを買い取れるだけのお金は持っていません。
ぐるぐる悩み続け、とある解決策が浮かび上がりました。
「──わたしに、きみの花を売る手伝いをさせてくれないか?」
周りには沢山の人々がいるのです。
彼らが一人一つでも買ってくれれば、目標を達成するのは容易でした。
精霊は長く人の世に紛れていた経験を活かし、造花を宣伝しました。
商人をやっていたこともある精霊にとって、売り出すことは朝飯前だったのです。
一本、また一本と花は売れていきます。
少女の前で孤独な花畑と化していた花々は、本物の花のように生き生きとしながら買い取られていきました。
そして、最後の一本が買い取られ、あんなにあった花々は余りなく売り切れてしまったのです。
「あなた、凄いのね!
今までこんなに売れたことなんて、他のお店でもないわ!」
「きみの技術が素敵だったからだよ。
陽の目を見なかっただけで、素晴らしいものだったんだ。
わたしは覆いを退けて、光を当てただけさ」
「それでもあなたのお陰なのは変わらないわ!」
夕暮れが差し込み、茜色に染まる道で少女は精霊に訊きました。
「素敵なあなた、どうか名前を教えてくださる?」
────ローザ、わたしの名は花。
「……ええ、いい名前ね。ぴったりだわ。
私は美を織るもの。
どう、私もぴったりでしょう?」
少女はそう言って、にこりと微笑みました。
夜の帳も降り始めた世界で、少女の笑顔は太陽のようだったのです。
「……最後に一つきみに訊きたいことがある」
「何でもどうぞ」
──永遠の生命とは、あるのだろうか。
ローザはついぞ見つからなかったそれについて、ユフィセテスに問い掛けました。
悩む素振りを見せず、ユフィセテスははっきりと答えを出します。
「そんなものは無いわ。
生命ある限り、永遠なんてあり得ないんだもの」
落ち込むローザ。
でも、とユフィセテスは言葉を繋ぎます。
「生命は永遠に続くわ。
途切れることなく受け継がれて、世界が終わるときまで生き続けるの」
右手を空に掲げ、ユフィセテスは叫びました。
「永遠の生命はない! けれど、生命は永遠なの!」
星と空が見守り、地と海が育てた生命。
生は死に、死は生に。
途切れることなく廻り続ける円環。
「わたしは永遠になんて成れない。
皆も永遠に成れない。
だって、生きているんだもの。
でも、過去から未来まで一つに結んだ人類は永遠よ」
────ねえ、ローザ。あなたが欲しい答えだったかしら。
「ああ、そうだ。そうなんだ。
それこそがわたしの追い求めた『美』、『永遠の生命』」
百年の旅路、最後にやっと答えが見つかりました。
「ありがとう、ユフィセテス」
「礼には及ばないわ」
宵闇の中、二人は別れていきます。
ローザが人でいられる最後の日。
その日に、『永遠の生命』を得ることができたのです。
それから幾つもの年月が流れました。
何度も春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎました。
それでも、人は生き続けます。
『永遠の生命』は生き続けます。
誰も彼も忘れてしまったとしても、精霊は今も美しいものを見守っているのです。




