十節/4
露店街は二つの列が向かい合い、間を人が通るような形で作られている。
列の端から端は約五十米。
その中でも雑貨店ならば、いくつかに絞られる。
「ローザ、あそことあそこ辺りはどう?」
「……違う」
どれも違う、と少女は言う。
もしや、もう既に移動してしまったのだろうか。
その可能性を念頭に置きながらも、テオドールは飛び続ける。
ふと、視界の端に目が止まった。
灰青の髪、翡翠の瞳。
不安そうに、何かを探すように周囲を見渡す男女。
「ローザ、あの二人!」
背の少女は、途端に喜ぶ。
お父さんとお母さんだ、と。
ただ、ローザを下ろすにしても場所がない。
拓けた場所に下ろしてそこから歩いてもらうにしても、また人混みに呑まれれば意味がない。
どうするべきか。
一度落ち着くために、テオドールは屋根に降り立つ。
ローザもそのことについては理解しているようだった。
「動いてくれるといいんだけど……」
しかし、この人混みの中だ。
迂闊に動くことはできない。
一番人の多い昼時であるのが難点だった。
ここに居てもどうにもならない。
そう考え、二人は一度レイフォードとセレナの元に戻る。
だが、その心は晴れやかだった。
頭上から影が落ちる。
二人が帰ってきた合図であった。
「お帰り、どうだった?」
「見つけた。けど、俺達二人じゃ辿り着けそうにない」
ローザを背から下ろしたテオドールに、首飾りを投げ渡す。
成果はあった。
見つからない、という最悪の事態にはなっていなかったようだ。
「ならば、行きましょうか。
テオ、先頭は任せました」
四人で、件の二人が居た場所に向かう。
逸れないように、今度はしっかり握り続けて。
「お父さん、お母さん!」
人混みを抜けた先、立ち往生する男女二人に向けて、ローザが飛び出した。
彼女の声が聞こえた瞬間、二人の表情はぱっと明るくなる。
「……良かった、本当に。
怪我はない?」
「大丈夫!
あのね、あそこの人たちが助けてくれたの!」
母親に抱き締められるローザ。
彼女がレイフォードたちを指し示すと、両親は彼らの存在に感謝を述べた。
「ありがとうございます。わたしたちでは見つけられず……」
「本当にありがとうございます!」
ほぼ直角というほどに、美しいお辞儀をする。
年上に頭を下げられる経験などなく、セレナは普段見れない慌てようだった。
「顔を上げてください、私は二人の手伝いをしただけです」
セレナは、レイフォードとテオドールの肩に手を添える。
二人がいなければ、ローザを見つけることはできなかったと加えながら。
「きみたちが……ありがとう。こんなに小さいのに偉いな」
「ほんの少しのお礼なのだけれど……」
視線を合わせ、ローザの両親は再び感謝を述べる。
お礼として手渡されたのは、とある劇場の入場券だった。
「わたしたち、劇団をやっているの。
今度の劇、見に来てくれないかしら」
券には『劇団パンタシア』と書かれている。
演目は『永遠の生命』。
この国では有名な童話であった。
「来月シューネで演るのですが、都合が合うのでしたら是非よろしくお願いします」
「これはこれは……ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいしかお礼ができずすみません」
大人が大人で話している間、子どもは子どもで話していた。
「今日はありがとう!
テオくん、レイフォードちゃん!」
「ちゃん……まあいいや。もう逸れないようにね。
……テオは笑わない」
「……ごめん。
ローザ、ちゃんと手繋いでおくんだよ」
輝くような笑顔で少女は頷く。
セレナと彼女の両親も話し終えたようだった。
またね、と手を振ってローザたち三人は人混みの中に消えていく。
きちんと両手を両親と握り合い、今度は手を離すことがないように。
「さて、問題も解決したことですし、本来の目的に戻りましょうか」
「そうだね、近いところから回っていこう」
レイフォードたちは本来の目的である、ユフィリアへの贈り物を選びに行く。
最終的にレイフォードが選んだのは、白い糸で花の刺繍が入った蒼空色の平紐だった。
後日、ユフィリアから届いた手紙には『劇団の入場券を貰ったの。見に行くが楽しみ!』という一文が書かれていた。
レイフォードの手紙にもほぼ同一の文が書かれている。
再び会う日は近かった。




