十節/3
とある路地裏。
座り込む少年と、仁王立ちする女性。
「レイフォード様」
「……はい」
──あれほど町中では手を離さないでくださいねと言っていたのに、何故離したのですか。
仮に誰かが困っているとしても、自身を鑑みない勇気は蛮勇と言うのです。
周りに相談できる人がいるのですから、相談してください。
等々、レイフォードは正論によるお叱りを受けていた。
「ですが、私も至らぬ点は多くありました。
今回は大事にならなかったことと、その行動理由により不問としましょう」
溜息混じりに微笑んだ──ように見えるセレナは、レイフォードの体調を確認する。
「お怪我はありませんか?
それと〝眼〟の調子はいかがですか?」
「どこにもないよ。
こっちも落ち着いて来たから、大丈夫」
情報過多により熱を上げていた脳は、小休憩によって通常へと回帰していた。
再び加熱する可能性は大きいが、こまめに休息を取ることで、先の様にはならないだろう。
「……取り敢えず信用いたしましょう。
人通りの少ない道を選び、的に休息を取りつつ露店街に向かいます。
お二人もよろしいですね?」
セレナがそう声を掛けたのは、背後に居た二人だ。
片方はテオドール。
もう片方は先程泣いていた少女、ローザ。
どうやら迷子らしい。
ローザは、共に来ていた両親と市場で逸れてしまった。
原因は珍しい商品に気を取られて、繋いでいた両親の手を離してしまったからだった。
レイフォードは降り注ぐ視線に堪えつつ、少女に|初めて会った振りをした《・・・・・・・・・・・》
彼女は憶えていないのだろう。
あの夜空の下の攻防を。
レイフォードとテオドールが立ち向かったことを。
それは、忘れていなければいけないことである。
忘れていた方が幸せなことである。
それでも、憶えられていないというのは、些か堪えるものがあった。
ローザと直接話したわけではないから、ぼろはまだ出ていない。
現に、彼女はテオドールと仲良く談笑していた。
取っ付きにくい印象のあるレイフォードよりも、テオドールの方が打ち解けるには適任だったのだ。
ローザ曰く、両親は雑貨店に行くと話していたらしい。
行き先も被っていることだから、親探しも並行してやることになった。
前後二人ずつ別れ、大通りから外れた小道を歩く。
入り組んでいるが、人はあまりいない。
潤滑に進んで行くと、ぱっと拓けた場所に出た。
装飾品や雑貨店の露天街だ。
「どうですか、ローザ様?」
「……分からない」
少女の背丈では見渡せないから、とセレナはローザを肩車し持ち上げた。
幾許か高くなった視界の中少女は両親を探すが、見当たらないようだ。
ローザの言葉からすると、別れてからあまり時間は経っていない。
セレナのような慣れているものでなければ、人の波を掻き分けるのは難しい。
逆走するのであれば尚更だ。
市場の人混みの一部は、辿っていくとここに着く。
この町出身でないローザの両親は、ほぼ確実にこの辺りにいるはずだった。
「もっと別の場所も探しましょう」
「……それなら、提案があるんだけど」
テオドールが手を挙げる。
彼がが提案したのは、『空』から探すことだった。
テオドールは、今はある術具を使って《人族》と大差ない容姿となっている。
当然、二対の翼もない。
彼が主張したのは『術具を外し本来の姿になった上で、隠蔽術式を掛けてローザと共に上空から彼女の両親を探す』ということだ。
「隠蔽術式はセレナさんに掛けてもらうことになるけど、これが一番早く見つかると思う」
「……そうですね、レイフォード様はいかが思いますか?」
レイフォードは逡巡する。
セレナの隠蔽術式は目を見張るものがある。
並の者では気付くことはできない。
また、上空から探す、というのも理に適っている。
唯一の懸念点は『ローザの安全と精神の保護が不安定であること』だった。
「ローザちゃん。
貴方さえ良ければテオ……あの子と一緒に空から探せるんだけど、どうかな?」
「わたし、は……」
不安そうに服の裾を掴む。
それはそうだ、ローザにとっては空を飛ぶということは未知の恐怖である。
神秘に馴染みのない者が選ぶのは難しい。
レイフォードが別の方法を提案しようとした、その時だった。
「やる、わたしやる!」
翡翠色の瞳を目一杯見開いて、少女は啖呵を切る。
レイフォードは、再度ローザに確認した。
「危ないかもしれないし、怖いかもしれないよ」
「それでもやる!
テオくん、手伝ってくれるんでしょ?」
勿論、と背後の少年は拳を差し出す。
勇気があるなら、それを挫くのは無用だろう。
「任せたよ、テオ」
「任された」
テオドールは、下げていた首飾りをレイフォードに手渡す。
瞬間、腕が翼になり、腰から二対目の翼が生える。
瞳は猛禽類の様な鋭さを宿し、手足も鋭利な爪が目立つ。
テオドールはローザを背負い、翼を伸ばした。
殆ど同じ体躯であるというのに、彼は体制を崩すことはない。
「セレナさん、お願いします」
「承知いたしました。頑張ってください」
セレナにしては長い詠唱だ。
余程念入りに掛けているのだろう。
最後の一節、そして《鍵句》を詠み終われば、レイフォードのような特殊な〝眼〟を持っている者でなければ見えないほどに存在が希薄になった。
ふわりと風が巻き起こる。
足は地を離れ、身体が宙に浮く。
夜空の翼は、正反対な青い空へと羽撃いていった。




