十節/2
機能回復を初めて三ヶ月。
懸命に努力した結果、レイフォードは杖の補助があれば歩行ができるようになっていた。
まず巡るのは市場だ。
秋も深まってきた豊穣の月。
実りの秋とも云われるこの月は、果物や山の幸などが豊富であった。
「果物なら林檎、梨、柿、栗。葡萄もあるね」
「ただの食材ではあちらにもあるでしょうし、珍しい物のほうが良いと思います」
物珍しいもの。
周りを見渡して普段見ないものを探してみる。
しかし、レイフォードの目に映るのはどれも珍しく、どれが皆にとって珍しいのか分からなかった。
「食品は難しいかもしれませんね。
装飾品や雑貨の方向にしましょうか」
繋いだセレナの手を、離さないようにしっかり掴む。
反対側の杖を付いている方にはテオが控え、二人に挟まれるような形だ。
前に来た時は馬車であったため、こんなに混むものだとは思っていなかった。
すれ違う人の多さに〝眼〟が眩みながらも、レイフォードは進んでいく。
「セレナさん、少し休んだ方がいいかも」
レイフォードの不調に即座に気付いたテオドールが、セレナに進言する。
それは、セレナも承知していたことだった。
「休んでいただきたいのは山々なのですが、ここは些か人が多過ぎます。
下手に立ち止まると波に飲まれて逸れる可能性があるため、もう少し密度が下がるまで歩く必要があるのですが……レイフォード様、いけますか」
「……勿論、心配いらないよ」
それが虚勢であることは直ぐに分かった。
二人にとっても、レイフォードにとっても。
彼が吐くには、下手過ぎる嘘だった。
長く広い大通り。
人混みで前に余り進まない。
流れ込む大量の情報に脳が悲鳴を上げている。
少しずつ削られていく意識の中、誰かの泣き声が聞こえた気がした。
「──あそこ、か」
ある路地裏の壁の下側、そこに座り込む幼い少女。
丁度レイフォードやテオドールと同じくらいの。
レイフォードは手を離し、少女に歩み寄る。
するりと抜けた手に、油断していたセレナは直ぐに反応できなかった。
彼女が手を掴み直そうと伸ばす前に、レイフォードは人混みの中に消えていってしまう。
「レイフォード様……?!」
自身の失態へ悪態を付きながらも、人の流れを掻き分けて小さな少年を探す。
もっと早く気付いたあの過保護鳥がレイフォードをとっ捕まえていることを願って、セレナは走り出した。
一歩、二歩、三歩。
踏み出す度に視界が揺れる。
指先の感覚も、足先の感覚も、無くなっていく。
それでも、あの少女は助けなければいけない。
泣いている子に手を伸ばさないなんてできない。
そうして、もう一度杖を付いた瞬間だった。
第三の足ともいえるそれに入る力もなく、身体が崩れ落ちて地面が急接近する。
あともう少しなのに。
「全く、無茶するんだから」
激突寸前で抱き留められる。
聞き慣れた声の主は、肩を貸すように腕を回した。
「……ごめん」
「謝るのは後で良い。叱るのもそこまで待ってあげる」
だから、やりたいことをやって。
言外にテオドールは伝える。
君の行く道に着いて行ってあげるから、と。
四歩、五歩、六歩。
人が押し寄せる中を掻き分けて行く。
七歩、八歩、九歩。
少女との距離が縮まっていく。
十歩、十一歩、そして十二歩。
「どう、したの?」
少年は、少女に手を差し伸べる。




