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九節/2

 オズワルドの背に隠れるようにして、テオドールはシルヴェスタの前に立つ。

 テオドールにとってシルヴェスタという男はレイフォードの父である他なく、石像のように感情の変わらない怖い大人だと思っていた。



「少年、君を呼び出したことについてだが……」

「テオドール、です」



 少年、と呼び掛けられたことに対して食い気味に補足する。

 それは無意識に出た声であった。

 テオドールは、はっとして口を覆う。


 レイフォードに名を貰ったのだろうと当たりをつけたシルヴェスタは、特に異論も無く受け流した。

 この少年が心を許せる相手がいるのは、良いことだからだ。



「なるほど、承知した。

 テオドール、君を呼び出した理由は君がこれからどうしたいか、今のうちに聞いておきたかったからだ」

「どう、したいか……」



 肯定するようにシルヴェスタは頷く。



「何でもいいんだ。

 君の希望に合わせて、私は議会に権利を主張する。

 どこまで認められるかは分からないがな」

「……何でも、やりたいこと」



 そう言われても、テオドールは何も思い浮かばない。

 彼が知る景色は真っ暗な地下と森、この屋敷。

 強いて言えば地獄のような馬車くらいだった。


 冷たい場所は怖い。

 暗い場所は怖い。

 知らない場所は怖い。

 だから、暖かくて明るくて、知っている所にいたかった。



「ここにいたい、はだめ……?」



 シルヴェスタは仏頂面のまま、驚いたように目だけを見開いた。



「それは、何故?」

「……あたたかくて、明るくて、安心できるから」



 対面に座る男の呼吸音が、テオドールには良く聞こえた。



「本当にそれだけか?」



 心の内を見透かすような二色の瞳が、テオドールを貫く。

 レイフォードと同じ色であるというのに、それが宿す印象はまるっきり違かった。


 暖かくて明るくて、知っているからここは安心できる。

 だから、ここにいたい。

 それは心の底から願っていることであるのは間違いなかった。


 だが、本当は。

 底を突き抜けた奈落に、まだ願いがあった。



「……一緒にいたい。レイくんと、ずっと。守りたいから」



 テオドールはあの瞬間から、自身の夜を照らした太陽に焦がされていた。

 それしか見えない盲目になってしまうほどに。


 彼という光を永遠に眺めていたい。

 その光を享受していたい。

 永遠とするために守りたい。

 それが一番の願いだった。


 シルヴェスタは、オズワルドと目を合わせる。

 二人の想いは同じだった。


 『たった数日でここまで言わせるほど、依存するものか?』と。


 不安と苦悩を外面に出さないようにしながら、二人は頭を抱えた。


 テオドールという存在の希少性と異常性を考慮すると、生半可な処分は与えられない。

 それでも彼が自由を望むならば、精一杯の努力をしようとしていた。


 しかし、実際はどうだ。

 彼は自由どころか、ここに留まっていたいと言うではないか。


 その願いの達成難易度は、ほぼ零に等しい。

 監視下に置きつつ、将来的には研究だってできるのだから。

 宮廷的にも、シルヴェスタたちにも、願ったり叶ったりであった。



「……そうか、そうかあ。

 いや、いい。いいだろう。

 私は君の願いを叶えるために尽力する」



 その言葉に少年は花が咲いたような笑顔となる。



「ありがとう!」



 大人二人はそこまで純粋に喜べなかったのだが。


 踵を返し、恐らくレイフォードの元に行こうとするテオドールを止める。



「喜ぶのはいいが、少し待ってくれ」



 シルヴェスタは立ち上がり、テオドールに近付く。

 目的は彼の首に嵌められたものだった。


 シルヴェスタの〝眼〟には、それに何かしらの術式が施されているように視えていた。

 精霊術とは違う術式体系だが、『隷属』や『支配』に類似するもののように感じられる。


 テオドールが意識を失っているうちに確かめたところ、その予想は的中していた。

 紛れもなく首輪には術式が掛けられており、その内容は人道に反した物だった。


 しかし、そこで即座に術式を消去することはできなかった。

 消去だけなら容易であるが、そこから発生する現象に予想が付かなかったためである。


 シルヴェスタは、三日掛けてオズワルドに外の術式体系について調べさせた。

 そして消去に危険性がないことが判明したため、消去に踏み切ったのである。

 

 金属特有の熱を帯びたそれに触れる。

 幼い子どもに似合わない、無骨で悪趣味な物だった。



「〝精霊よ(リライズ)(イア )願うは(リノア )解放の(シーゴット )(キルク)

 縛るは(ベノク )首の輪(メフセット)刻むは(カディナ )支配の《ロメオ 》(ノート)。〟」



 刻まれた術式は、外の世界の術式体系である《魔術》の一つ。

 干渉への抵抗は殆ど感じない。

 防衛術式すら掛けられていないようだった。



「〝解く(ソルヴ )式を(フォーミュラ )錠を(シンシーノ)織る(セテス )式を(フォーミュラ )鍵に(キルク)

 閉ざされた(クラウザイッツ )檻を(カーヴェ )開けよ(オープエット)。〟」



 ──〝籠の(コルビウム・)鳥を(アビス・)解き放つ(シーゴット・)(キルク)〟。


 首輪から放たれた術式が錠前を象り、描かれていた陣が鍵を象る。

 二つが合わさり、鍵が回された。


 解けていく魔術、罅割れ砕ける首輪。

 そして、増大するテオドールの源素。

 解き放たれた源素が物質界に干渉し、衝撃波と風を巻き起こす。



「おかしいとは思っていたが、これほどとはな……!」



 突如発生した衝撃波と風に目を白黒させていたテオドールは、シルヴェスタを見上げた。

 その視線は、何が起こったのかを問い掛けている。



「今は気にしなくていいさ。

 さあ、レイのところに行ってきなさい」

「……いい? 行ってくる」



 よく理解しないまま、翼を背に持つ少年は駆け出して行く。

 オズワルドもその後ろに着いていき、迷わないよう送りに行く。


 シルヴェスタが床に落ちた首輪の欠片を拾い上げると、それはかなり消耗していることが伺えた。



「へえ、凄い。ここまで溜め込めるものなんだね」

「盗聴と覗きは犯罪だぞ、イヴ。

 いつも普通に入って来いと言っているだろうが、この戯け」

「そう言って許してくれちゃうあたり、ツンデレなんだから」

「今ここで衛兵に突き出してやろうか」



 突如現れた女性。

 祝福により空間を跳躍できるイヴは、正に神出鬼没である。

 このように悪用もできることから、神秘に関しては厳しく取り締められているのだが、見つからない限りはどうということはなかった。

 

 何度も繰り返したやり取りをして、二人は本題に移り変わる。



「件の子、どうなった?」

「見ていた通りだ。ここに残りたいらしい」

「ほお、やっぱあの子のおかげ? かな」



 イヴはどかりと長椅子(ソファ)に座って脚を組む。



「祝福保持者で、翼人族の王族で、呪い子で?

 しかも先祖返りなんて、厄ネタいっぱいだあ!」

「ふざけるなよ、こっちはただでさえ騒動の後処理で忙しいんだ。

 それにあの子の処遇まで含めたら過労死する」

「それでも面倒見るんだよねえ君は、優しい」



 戯けたように言うイヴに向けて拳が飛びそうになるのを、シルヴェスタは必死に我慢する。


 テオドールは様々な要素を内包していた。


 一つ目は、祝福保持者であること。

 顔の左半分にある幾何学模様がその証明だ。

 能力の詳細は不明だが、レイフォードの証言と組み合わせると、術式の《削除》が有力だろうか。

 この国では祝福保持者は優遇(・・)される。

 彼の処遇を思い通りにするには都合が良い。


 問題はそれ以外の三つだった。

 

 二つ目は、とある翼人族の王族であること。

 銀翼を持つ者たち。

 銀を崇拝し、銀に狂う空の末裔。

 テオドールは間違いなく、その王族の血筋であった。

 

 一つ間違えれば面倒なことになるが、彼がここに来た経緯を考慮すると、王族に対してはさして問題はない。

 と、シルヴェスタは思いたかった。


 テオドールは親族に売られ、奴隷として帝国に売りに出される途中でこの地に踏み込んだ。

 売ったからには彼に興味なんて無いだろうが、奴隷商人自体は例の濃縮黒血の犠牲となり、死亡していたため真偽は確かめ得ない。


 三つ目は、《呪い子》であること。

 これは、テオドールが奴隷になったことの原因でもある。


 翼人族は銀を好み、黒を嫌う。

 銀は穢れに反応し黒ずむことから、彼らは黒を穢れと同一視していた。

 銀色を神聖視し、黒を蔑視する社会。

 そこにテオドールは生まれた。

 稀に誕生する、黒を宿す呪い子として。


 最後は、《先祖返り》であること。

 《空の精霊》の末裔である翼人族だからこそ、起きうる現象だ。

 

 血が薄まった現在の翼人族は、ただ背から翼が生えているだけだ。

 テオドールのように腕が翼となっていたり、腰からもう一対生えていたり、脚が鳥のようになっているわけではない。

 鳥に類似しているのはテオドールの一族であり、他の一族であれば竜や蝙蝠などもあり得る。

 それでも、ここまで鳥に近いのは先祖返り特有の容姿だった。


 先祖返りは、精霊の血を大きく発現している。

 魂は濁りのない透明で、肉体は受肉した精霊と大差ない。

 多くの神秘を身体に宿しているのだ。


 周りとは違う異形。

 呪い子であることも相まって、テオドールは迫害されていた。

 そうして、ここへ逃げ延びてきた。


 それは、まるで──



「建国記と同じだね」

「だからこそ、俺たちは彼を救わなくてはならない。

 アリステラの信念に従って、だ」



 アリステラ王国、その前身たる都市国家テラは迫害された人々が集まってできた国だった。

 先導者リセリス、後にリセリス教の教祖となる女傑が作り上げた(テラ)の信念は、ただ一つ。

 『この地を友の理想郷とすること』だ。


 友、つまり同じ志を持つ者。

 世界から嫌われた者たち。

 ここは、そんな人々が自由に生きていられる世界でなければいけなかった。



「俺は全身全霊を掛けて、テオドールの望みを叶えよう」



 愛する世界を守るために。


 

「高尚なことで」



 目の前に座る元救世者は、皮肉も合わせて微笑んだ。






「レイくん、レイくん!」



 半ば飛び込むようにテオドールは、レイフォードの自室に駆け込んだ。



「あのね、一緒に居ていいって、シルヴェスタさんがね……」



 興奮のまま、矢継ぎ早に話す。


 しかし、返事が返ってない。

 不審に思って翌々レイフォードを見ると、彼は眠ってしまっていた。


 頬を突き、狸寝入りでないことを確認する。

 眠っている顔も美しいと思ってしまうのは、テオドールがレイフォードに心酔しているからか。

 それとも他に無自覚な理由があるからか。


 日光色の髪をふわりと撫でる。



「きれいだね、きれいだね」



 自分だけのお日様、自分だけの『神様』。

 ずっとずっと、照らし続けて。輝き続けて。


 陰ることのない日輪、落ちることのない天陽。

 君が悠久であることを希う。

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