七節/3
突如轟いた爆発音。
援軍が到着したことで魔物の掃討も一段落付き、余裕が出てきた頃だった。
並々ならぬ不安を感じたシルヴェスタは、指揮を控えていた騎士団長に任せて現場に駆け付けることにしたのだ。
数刻前にイヴと共に予想付けた下手人、今回の騒動の元凶たる人物が引き起こしたのであれば、自分が行くのが一番手っ取り早い。
そう思ったからだった。
探知術式を発動し、町一体を探る。
大半の生命反応は中心の広場にあり、それ以外は少し離れた大通りに四つほどあるだけだ。
その逸れたちの存在する場所は、爆発音の発生方向と同じ。
恐らく、そこにいるのだろう。
空を蹴るように飛ぶ。
精霊術の複数同時発動はできない。
飛行術式を発動させるには、探知術式を一度切らなければならなかった。
間に合ってくれ、と願いながらシルヴェスタは大通りへと降り立つ。
そこは酷い有様だった。
堅牢な石煉瓦の建物や街道は抉れ、瓦礫が至る所に飛び散っている。
再び探知術式を発動させれば、ある瓦礫の裏に二人いると知覚した。
この反応は、生存者だ。
駆け寄り覗き込むと、見知った二人が壁に寄り掛かっていた。
「イヴ!」
「……やっと来た? 遅いよ、シルヴェスタ」
意識が朦朧としているらしく、舌足らずな声でイヴは憎まれ口を叩く。
その腕の中には、意識を失ったレイフォードを抱えていた。
「一歩も動けなくてさあ……このまま寝るのも不味いから待ってたんだよ。
あっちの二人も回収よろしく」
数十米離れたところに、あと二人倒れているのが見えた。
どちらも子どものようだ。
「ああ、了解した」
浮遊術式でその二人を手繰り寄せ、四人まとめて診療所へ転移する。
ぱっと移り変わる景色。
板張りの床と数人の歩き回る音。
そこは、確かに診療所だった。
「領主様?! どうして……」
「怪我人だ。
緊急だったので、私が連れてきた。処置を頼む」
診療所の女性職員は慌てたように問う。
目の前にいきなり人が現れたのだから当然だ。
しかも、この町で最も偉い領主が。
女性職員は怪我人を見るなり血相を変えて、狼狽えながらも返事をした。
「承りました! 皆さん、二人見つかりましたよ!」
忙しなく動き回っていた他の職員が集まってくる。
どうやら二人、レイフォードと外から来た少年を探していたようだった。
怪我を負っていた二人は治療のため、ここに運ばれていたはずだ。
どうしてあの場所にいたか検討付かないが、何らかの方法で抜け出していたのだろう。
既に許容範囲を超えてしまっている診療所では現在、外に簡易的な病床を用意していた。
四人はそこに寝かされ、治療を受ける。
中でも酷い怪我だったのは、レイフォードだ。
手足を貫かれ、元々負っていた傷が開いている。
命すら危ぶまれるほどだった。
「……やっぱり、駄目。干渉できない」
レイフォードの治療に当たっていた職員が嘆くように言葉にする。
シルヴェスタの〝眼〟が映す職員の源素量は、レイフォードと天と地ほど差があった。
決して少ないわけではない。
レイフォードが桁外れに多いだけなのだ。
一度目に運ばれてきた時もそうだったのだろう。
精霊術による治療から、原始的な治療に移り変わった。
傷口を消毒し、包帯を巻き、出血を抑える。
一先ずは大丈夫だろう。
見切りを付けて、シルヴェスタはイヴに近寄った。
「俺は前線に戻る。
だが、その前に一つ訊いておきたい」
──あの爆発は何だったんだ?
イヴが起こしたとは思えず、残りの三人はまだ子どもで大掛かりな術式が使えるとは思えない。
ならば侵入者かと思ったが、生命反応も人影すらも見当たらない。
この町から逃げるにしても速すぎる。
転移術式を使えばその通りでないかもしれないが、侵入者が使えれば、今回の被害はこれで済まないはずだ。
よって、転移術式は使えないと見ていい。
「……分かってるでしょ、自爆だよ。文字通り、ね」
「……成るほどな、詳しい話は後で聞く。今日は休め」
踵を返し、シルヴェスタは診療所を出ていく。
魔物の大群は勢いが衰えたものの、未だに終わりは見えない。
まるで、あの討伐戦のようだ。
ある日の騒乱を思い出しながら、外壁上へ戻る。
地上の敵は斬り伏せ、上空の敵は撃ち落とし、町に侵入させないように騎士たちは健闘していた。
「どうしたんだよ、シル。浮かない顔して」
援軍として来た、隣領レンティフルーレの領主たるディルムッドがシルヴェスタに問い掛けた。
「そんな顔してるか……?」
「してるしてる。
いかにも納得してませんって感じの、な。
どっちかって言ったら雰囲気だけど」
頬に触れ、抓ってみる。
自覚はなかったが、傍から見ればそんな雰囲気を出していたらしい。
仏頂面と揶揄されるシルヴェスタだが、周りからは感情は分かりやすいと言われることが多い。
顔に出ないだけで表情豊かなのだ、と。
一定以上仲良くなれば分かると皆言うが、シルヴェスタは自分のことながら、全く分からなかった。
「で、どうしたんだよ」
「……何か目的を達成するために命を懸けて、失うことは『良いこと』だと思うか?」
真っ直ぐな、淡い桑色の菫青石を見つめた。
自身と違って、揺らぐことのないその目が心底羨ましい。
シルヴェスタの問いにディルムッドは唸る。
「『良いこと』ではないんじゃないか?
だけど、そうするしかない時だってある。
戦場では尚更な」
二人の思い描くものは同じだった。
十四年前の討伐戦。
世界の果て、瘴気より生まれる厄災と従える魔物たちとの戦争。
死者は少ないながらも、出てしまっていた。
身を挺して、彼らは世界を守ったのだ。
それは美談と呼べるのだろう。
忠誠と勇気を称えられ、後世に語り継がれる英雄譚。
だが、命を失ってまで守ることは。
誰かが死んでしまうことは、『良し』とされて良いのだろうか。
「納得できねえって顔するなら最初から聞くなよ、クソ真面目」
「うわ……っと、ディルムッド!」
大きな溜息を吐いて、ディルムッドはシルヴェスタの背を思い切り叩いた。
もやしとも喩えられる身体は容易く傾き、体制を崩す。
擦りながら睨み付けると、あっけらかんと両手を広げ、やれやれと身振りしていた。
「大体、お前は優しすぎるんだよ。
俺達の守るべきものは何だ?」
「この国とそこに生きる民……」
「それさえ守ればいいんだ。
ありとあらゆるものを犠牲にしても。
だから、それ以外は気にすんな」
ディルムッドは拳を突き出す。
──ここは、永遠の理想郷。
ただ唯一、神秘の遺る地。
貴族の使命はアリステラを永久にすること。
民と土地を守り、受け継いでいくこと。
絡まっていた糸が解されていく。
思考が明確になっていく。
「……ああ、そうだな」
何も間違っていない。
間違ってはいないのだ。
シルヴェスタは拳を突き返した。
「迷いも晴れたところで、御国を守りに行きますか」
「全く、困らせてくれる。魔物というものは」
使命は我らが国を守ること。
攻め来る魔物を討ち取り、塵も残さず滅すること。
そこには哀はなく愛があり、苦悩はなく幸福がある。
哀を持たず、苦悩を失くせ。
愛を持って、幸福を目指せ。
愛するものを守るならば、死を恐れるな。
命に代えても守ってみせろ。
恐怖を消そう。苦悩をなくそう。死を忘れよう。
それらは不要なものである。
心に愛と勇気を宿し、剣を取れ。
幸福を得る為ならば、我らは何でも贄とするだろう。
夜明けを告げる太陽は、もう直ぐそこにあった。




