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四節/3

「いつ見ても壮観だなあ、キミのアレは!」

「全節詠唱でしか発動できず、そう連発できないのが難点だがな」

「こんなの連発されたら色々終わるよ。

 良かった、キミの敵じゃなくて」



 本当に笑うしかない。

 ここまで絶望が伝わってくる地獄を見て、イヴは口角が引き攣り上がっていた。


 燃え盛る魔物は数秒しないうちに全て灰燼と化し、消滅していく。

 冷えた身体に暖かさが染みる。

 夜風が滲みた身体を温める、良い暖房だ。

 まあ、そう感じるだけで実際の温度は無いのだが。


 だが、そうそうゆっくりしていられない。

 シルヴェスタが灼き払ったのは地上の魔物だけで、飛行型は手付かずだった。


 騎士団員が撃ち落とし続けているから、町への侵入はない。

 落ちた魔物があの炎に巻き込まれているのは、些か可哀想に思える。

 そのまま死んでくれると楽で嬉しいが。


 そんなことを思いながら、イヴは横のシルヴェスタに話し掛けた。



「ワタシが護衛してるから、安心して殺戮してくれよ!」

「……安心と殺戮が並ぶとは些か可笑しいな。

 まあ、元よりそのつもりだ。背中は任せたぞ」

「はいはい」



 速度、回避行動、環境。

 全てを加味してシルヴェスタは高速攻撃術式を放つ。


 詠唱は最小限に最速に、頭部らしき位置を狙って。

 隼より速く飛ぶ魔物を撃ち落とす。


 目に見えて数は少なくなっていた。

 倒し終わるのが先か、周辺の領へ出した救援要請から援軍が来るのが先か。 


 どちらにしても、魔物が外から町に侵入することはできない。

 炎の地獄を越えることも、弾幕を越えることもできないからだ。


 越えられたとしても、町には結界がある。

 一瞬でも止められたならば、撃ち落とせる。


 だから、クロッサスの町が魔物に脅かされることはない。

 ──ないはずなのだ。


 シルヴェスタの頭の片隅には疑問が残り続けていた。

 どうして魔物の大量発生が起こったのか。

 どうして何も予兆がなかったのか。

 

 何か大きな見落としをしているようで気持ちが悪い。

 ただの予兆のない大量発生だった、と終わらせられない。


 そして、一つ。

 ありえるわけのない答えが頭を過ぎった。



「イヴ」

「どうしたの?」

「──人為的に魔物を生み出すことは、可能だと思うか?」



 イヴは目を見開く。

 そんなこと今まで一度たりとも聞いたことがない。

 魔物は人類の敵対者であり、世界を終末へ導くもの。

 それを生み出すなど、利点がないからだ。


 いや、違う。

 利点がないのではない。

 イヴたちにとって、アリステラ王国の住民にとって利点がなかったというだけだ。



「……できるかもしれない。

 というか、それしか考えられなくなった。

 確認した限り、魔物が大量発生する環境も揃っていない。

 そもそも、魔物が発生できる条件を満たしていなかった。

 外から来た可能性はあるけれど、それにしたって数が多過ぎる。

 ……そして、新種」


 

 魔物を人為的に生み出すことができる。

 それならば全ての辻褄が合う。

 予兆がなかったことも、全て新種だったことにも説明が付くのだ。


 何かの実験か、それとも他の目的があるのか。

 今の情報では判断が付かない。

 だが、そんな些細な情報でも想像できる事態。

 考えうる限り最悪の事態。



「ここは俺が守る、イヴは広場を!」

「了解!」



 助走し、外壁から飛び降りる。

 その瞬間に自身の祝福の力を発動させた。


 移り変わる世界、足裏が感じる硬い感触。

 イヴが駆け付けた先にあったのは、恐怖に包まれる民衆と凍り付いたように動けずにいる騎士団員。

 そして──人が魔物へと変質していく光景だった。



「……どうなってんの、これ……!」



 それは元々、恰幅の良い男だった。

 じゃらじゃらと貴金属を身に着け、いかにも胡散臭い雰囲気を醸し出していた。

 

 少女を人質に取り怒鳴り続けていたその男は、背後から何者かに襲われた。

 黒の外套(ローブ)を身に着けたそれは、男の首筋に短剣を突き立てる。

 それもただの短剣ではなく、真っ黒な液体に浸されたものだ。

 

 金切り声を上げ、男は発狂する。

 怒りと苦痛に苛まれているのだろう。

 だが、その慟哭も直ぐに止んだ。


 健康的な肌は光を映さない黒へ変色し、胴体からはいくつもの手のような器官が服を突き破って多足歩行となる。

 みるみる肥大化した身体の表皮は腫瘍が膨れ上がり、そこから得体のしれない液体が溢れていた。



「……あ……ああ、助け……」



 最後に残っていた顔が腫瘍で埋め尽くされる。

 助けを求めた声は遮られた。


 男は完全に魔物へと成り変わる。

 そこに人であった痕跡は一つもない。

 それは、完全にただの魔物であったのだ。


 大きな身体を石畳へ打ち付ける。

 その度に液体が撒き散らされた。

 どう見ても毒、またはそれに準じるものだ。



「住民の皆さんはワタシの後ろへ、騎士団員は護衛を!」



 魔物が行動を起こす前に前に飛び出し、剣を抜く。

 イヴは耳にしたことがあった。

 魔物の血液である《黒血(こっけつ)》を取り込んだ生物はやがて魔物になる、と。


 そうならないためにも、戦場では傷口や粘膜に血が入らないよう細心の注意を払い、もし入ってしまったならば直ぐに処理を施す。

 それが普通だった。


 だから、本当に魔物になってしまう光景を見たことがない。

 もしかしたら、本当は迷信なのかもしれないと思っていたこともある。

 こんな醜悪な姿になるとは思ってもいなかったのだ。


 しかし、取り込んで直ぐに魔物になるわけではないのだろう。

 経験からも、それは正しいことが分かっている。


 ならば、あの男は何故即座に魔物になったのだろうか。

 理由は恐らく、町中にいるであろう意図的に魔物を生み出した者。

 

 どうして魔物を生み出すのではなく、人を魔物に変えたのか。

 分からないことがまた増えてしまった。

 

 だが、今は考えている時間などない。

 一刻も早くこの魔物を殺し、その侵入者を捕らえなければいけない。


 イヴは剣を構え、走り出す。

 銀閃が黒を、闇を切り裂く。


 まだ、終わらない。

 光のない夜空の下、狂気の坩堝は存在し続けている。

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