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四節/2

 レイフォードが衛兵の一人に抱えられ、診療所に運ばれていった直後。

 イヴは、シルヴェスタを問い質した。



「どうしてあの子はあんな場所にいたんだ?

 まだ小さくて幼い、戦えるはずのない子が」

「……俺も分からない。

 気付いた時にはもう姿を消していた」



 いつものシルヴェスタとは違う弱々しい態度に内心驚きながらも、イヴは溜息を吐いた。



「ワタシが間に合わなかったらあの子、死んでたよ」

「……ああ、重々承知している。

 ありがとう、レイを助けてくれて」

「……調子狂うなあ、もう」



 それもそのはず。

 シルヴェスタは、レイフォードの失踪から気が気ではなかったのだから。






 数時間前、伝令兵が他の村から預かった言葉は耳を疑うものだった。


 『魔物の群勢が攻めて来る』


 予兆も何もなしに魔物が大量発生することは今までなかった。

 今日の昼に騎士団が見回りに行った時も、特に変わりはなかったという報告を受けている。


 だから、胸騒ぎがした。

 本来ならばありえないはずなのだ、そんなことは。


 自分の目で確かめずにはいられなかった。

 契約精霊を通した精霊術。

 その中でも、遠距離の探知術式を発動させる。


 自身を起点として放つ源素の波。

 それに何かが触れた。

 一つではなく数百、数千。

 人ではない、動物でもない。

 確かにそれは、魔物だった。



 ────今直ぐ騎士団は、東大門付近に集合しろと伝えてくれ!



 外壁と結界があるとはいえ、何もしないままであれば魔物は容易に侵入する。

 外壁も結界も、侵入を遅らせるためにあるものであって、完全に防ぐものではないのだ。



 ────クラウディアたちを頼んだ。

 町の方へ向かってくれ。



 使用人に指示を出し、家族を町に向かわせようとする。

 町外れにある屋敷では、警備が不安だったからだ。



 ────シルヴェスタ様!

 レイフォード様が、レイフォード様が居られません!



 そして、衝撃の事実が発覚した。

『レイフォードの姿が見えない』と。

 歩くことさえ難しい身体で、いったいどこに消えたのか。

 予想が付かなかった。



 ────……手が空いている者で捜索してくれ!

 避難が最優先だ!

 


 使用人たちは皆懸命に探したが、レイフォードは見つからなかった。


 最悪の可能性が頭を過る。

 息が吸えないほど心臓が脈打つ。


 だが、皆を不安にさせては行けないと必死に耐えた。



 ────……分かった。

 もしかしたら、先に町に向かっているかもしれない。

 そちらも、よろしく頼む。



 使用人たちは頷き、町へと向かっていった。


 そうして、戦場に立ったシルヴェスタは、正気を削られていた。

 領主になり七年経ち、初めて起こった大規模な魔物の発生。

 それなのに大切な息子がいない。

 どれほど探しても見つからない。

 

 だが、自分で探そうにも騎士団の指揮をしなければ、領主としての役目を果たせない。

 そうして、数時間苦肉の思いで戦いを続けていたのだ。


 そして、イヴに連れられてきたレイフォード。

 全身血塗れで、特に肩の出血が酷い。

 まだ五歳の子どもが負っていい傷ではなかった。


 しかし、最悪の事態一歩手前ではあったが、レイフォードは生きて帰ってきた。

 喜ばしいことだった。


 どうして精霊領域にいたのか、どうしてあんな怪我を負っているのか。

 まだ分からないことばかりだが、ただレイフォードが生きているだけで嬉しかったのだ。



 




 イヴは、やけに素直なシルヴェスタに頬を緩ませ、そして引き締めた。

 戦いはまだ終わっていない。イヴは自身とシルヴェスタの情報を擦り合わせる。



「今の戦況は?」

「芳しくないな。

 厄介にも、飛行型の魔物しか居ない。

 外壁上から迎撃しているが、数が多過ぎる。

 出てくるものも全て新種(・・・・)だ。

 今はまだ対応が間に合っているが、増援が来るならば戦線は崩壊する。

 ……いるのだろう、歩行型?」

「勿論いっぱい」


 

 二人は外壁上を見渡す。

 騎士団の半数以上が精霊術で魔物を撃ち落としているが、数が減っているようには見えない。

 森の奥から溢れるように飛んでくる。

 怪我をする者も決して少ないわけではなく、着実に戦力は削られていた。


 新種の魔物は、今までの戦術が効かない。

 一体討伐する時間は既存の種よりも多くなってしまうし、不確定要素の入り交じる戦闘は不測の事態を引き起こす。

 また、魔物の血は生物に対する害がある。

 その除去にも人の割かなければいけないのだから、戦闘に回せる人材は限られていた。



「そうそう、歩行型は厄介な奴がいたよ。

 かなり人型に近い、透明化能力持ち」



 先程殺害した魔物の情報を共有する。

 あれは慣れた者でなければ蹂躙されるだけだ。

 等級にするならば二級はくだらない。

 あれが量産されているならば、今回の戦場の犠牲者は計り知れなかった。


 

「そうか……やはり、先手を打つしかない」

「……ちなみに、何をするつもり?」



 シルヴェスタは歩き出す。

 魔物の群勢、それを真正面から迎えられる場所に向けて。



「決まっているだろう?」



 ──俺が全て灼き払う。


 イヴの口から乾いた笑いが漏れた。

 あの討伐戦で、大量の魔物を消し飛ばした奴がそう言っているのだ。

 本気でやるつもりだ、この男は。


 シルヴェスタは伝令兵を呼び、作戦を伝える。

 伝令兵は目を見開き念を入れて確認したが、シルヴェスタは自身の思考を変えることはなかった。


 作戦の概要は以下の通りだ。




 一、騎士団員は継続して飛行型を撃ち落とし続ける。

 殺しきれなかったものは下で待機している他団員が仕留める。


 二、前線の団員は撤退し、後方の黒血の除去・浄化作業。


 三、歩行型が姿を現したならば、シルヴェスタが全て灼き払う。




 一、二は問題ない。

 おかしいのは三だ。

 正気の沙汰ではない。

 一人で群勢を薙ぎ払うなんて、普通は到底できやしないのだ。


 だが、シルヴェスタはそれを可能にする。

 圧倒的な源素量、精霊術師階級一級を持つ実力。

 そして、十四年前の討伐戦で発動させた大規模術式。

 根拠は十分だった。



「……本当にやるの?」

「当然だ、これが一番早いからな」



 地を鳴らし、町へ向かう数千の魔物。

 黒に染まった体表により、黒い波が押し寄せてくるようにも見える。


 シルヴェスタは、肩に乗った小竜の顎を撫でる。

 十四年振りの大規模術式だ。

 精霊の負担も洒落にならない。


 多くの信頼と僅かな心配。

 小竜はそれを感じ取った。


 伊達に二十年も相棒をやっていない。

 大丈夫だ、そう答えるように小さく鳴く。


 大きく深呼吸し、長杖の先を領域に向けた。


 言葉は力を持つ。

 意味を、感情を込めるほどその力は増幅する。

 思い出せ、自身の役目を。

 果たすべき使命を。


 シルヴェスタの相棒、契約精霊である竜は飛び立ち、その姿を巨大化させる。

 大きな翼で空を駆け、眼下の森を見渡した。


 そして一層大きく翼を揺らした。

 まるで、『お前はできるのか』と問い掛けているように。



「──ああ、できるとも」


 

 愛する人を守るため、愛する世界を守るために戦い続けることは遠くの昔に誓っていたのだから。


 相棒と視線を交わし、杖をより一層強く握る。

 そして、群勢の先頭が領域から飛び出した瞬間、シルヴェスタは詠唱を開始した。



「〝精霊よ(リライズ)(イア )願うは(リノア )幾千の(ナルサウザ )(ロンド)

 太陽の(ロッテ )如き(シミロ )光と(レイ )(フラン)

 輝く(フィア )それは(ゼナム )敵を(イニミナ )貫き(ペネトラン)灼き(バレン)地へ(テッド )伏せさせる(ポーネエット)

 暗き(デネべ )夜を(セレナ )切り裂き(セカートクリーマ)我らを(イアティス )照らす(リーゼ )灯火となる(シャロン)。〟」



 言葉に載せられた源素。

 竜はそれを利用し、空中に何千もの陣を描く。

 淡く発光する陣は、魔物に向けられていた。



「〝黒き(アートラム )怪物(モンダス)瘴気(ユバ )纏いし(ウェザ )(ウォント )(メンデュケイト)

 世界を(ウォント )滅ぼす(パドレッド )終末装置の(フィニスデイヴィス )末端(アンデルング)

 我に(イア )仇なす(ウルシス )もの共(レスティス)。〟」



 地を書ける魔物たち。

 自身に向けられているであろう矛先を無視して、それら一直線に町へ走る。


 魔物は、人類を脅威として見ることはない。

 彼らにとって、人類とは食料だ。

 源素という栄養を蓄え、生み出し、勝手に繁殖してくれる便利なもの。

 一捻りで命を奪えてしまう弱者。


 歯が疼く、爪が疼く。

 奴らの肉を裂き、心臓を喰らい、腹を満たす。

 それ以上に幸せなことはない。


 だが、往々にして強者とは弱者に足を掬われるものだ。

 侮り、驕り、罠に嵌められて。

 そこでようやく理解する。

 『人類』がこの世で一番強い、と。


 単体ならば取るも足らない弱者。

 しかし、群れた途端に強くなる。

 そして、飛び抜けた強さを誇る『英雄』と呼ばれる化け物が狩り尽くす。


 一筋の希望さえあれば、奴らは諦めない。

 藻掻き、苦しみ、いつか魔物の心臓を抉る。

 『人』とは、そんな存在なのだ。


 

「〝心に(コア )意志を(ウィル)手に(マナス )使命を(ミシオ)

 悠久の(アリス )守護者(ヴァイト)東の(イカルス )番人(スペクラー)境界の護り手(アーデルヴァイト)

 その(クアッド )名に(ノーム )おいて(インス)我は(イア )敵を(イニミナ )討つ(インペタム)

 貫け(ペネトランエット)穿て(ジェムエット)

 灼け(バレンエット)燃やせ(ヴァンエット)

 奴らの(ゼナムティス )頭を(キャプト)泥で(ラタム)汚せ(ポルエラエット)。”」



 魔物たちの最大の不幸は、その事実を知らなかったことだろう。

 なんたって、彼らは死ぬ瞬間までそれを理解することができないのだから。



最後に(フィニス )勝利するのは(ビクトリア )我ら(イアティス )人類(ヒューマティス )のみである(ソラム)! ”」



 ──〝幾千の(ナルサウザ・)光り輝く(レイフィア・)熾剣(フランロンド)〟。



 ある魔物が空を見上げた。

 日が沈み、月も星もないはずなのにやけに明るかったからだ。


 魔物の八つの瞳のうち、二つが空を見る。

 どうして明るいのか、その原因を探そうと。


 目に映ったのは、白く燃える太陽の剣が天から降り注ぐ光景だった。

 炎の雨、もしくは剣の雨だろうか。


 それらは止められることなく魔物を貫き、灼き、地に伏せさせる。

 声を出すことも、逃げ出すことも許さない。

 許されているのはただ死ぬことだけだ

 そうとでも言うように、業火の炎は灼き尽くしていく。


 これが厄災討伐戦、最前線にて恐れられたシルヴェスタ・エルトナム・アーデルヴァイト。

 そして、その代名詞たる《白焔(びゃくえん)》の所以だった。

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