十四節/2
優に千人を超えるであろう観衆。
彼らは皆、闘技場におけるとある一点に視線を集めていた。
「では──これより、第一〇三〇回国内高等学校決闘選手権本戦開催式を行います」
司会による合図の後、会場は轟くような歓声に包まれる。
「凄い熱気だね」
「こんなに盛り上がるんだ……!」
入場口でテオドールと別れた二人は、本部と真反対にある観客席に座っていた。
偶然空いていたに過ぎないが、運が良かったのだろう。
観客席は今、見物客で鮨詰めであった。
国内高等学校決闘選手権とは、その名の通り国内の高等学校生徒の中から最も強い者を決める大会である。
東西南北、そして中央の五校にて予選を行い、それぞれ三名──会場校のみ追加で一名──を選抜する。
勝ち抜き式で、合計十五試合。
なお、今年度優勝者には、前年度の優勝者が在学中の場合、余興として前年度優勝者への挑戦権が与えられる。
精霊術の使用は許可されているが、神秘科はどちらかといえば研究者であるため、出場選手の大半は騎士科だ。
仮に出場するとしても、相当慣れた者でなければ、大抵詠唱終了前に潰されてしまうのである。
そのため、稀に神秘科の出場者が勝利すると、相手の生徒は『研究者に負けた雑魚』という烙印が押されてしまうらしい。
「第一試合は北と西の……どっちも騎士科だ」
「試合自体の時間はそこまでかからないって聞くけど、どうだろう」
「中央以外の訓練は見たことないからなあ……想像つかないや」
国内の高等学校五校は、それぞれ特色がある。
中央は、国の中心ということもあり、どの学問も満遍なく高水準で学ぶことができる。
東は戦闘、西は商業、南北はそれぞれ極端な気候における生態系や文化だ。
最も多く優勝者を輩出したのは、もちろん東校である。
しかし、東校で学ぶのは『魔物への対処』が主であるため、対人戦闘を重視する中央校の生徒には分が悪いこともあり、僅差で中央校が次席に甘んじている。
残りの三校はほぼ横並びだ。
「『修羅の東部』だなんだって言われるけど、強い人はどこでも強いよね」
「東部は一般人含めた平均が高いだけだから。騎士団の数は国内五地域どこも変わらないし。別に東部が特別ってわけじゃ……いや、うん。そうでもないかもしれないけどさ」
「……言いたいことはわかるよ」
レイフォードの言葉が尻すぼみになった原因。
それは、特設席に座る一人の少女であった。
側頭部に纏められた、金色に輝く白髪。
勝ち気に釣り上がった藤色の瞳。
年齢にしては成熟した体格と風格の彼女は、鋭い眼差しで舞台を見つめている。
「『殿堂入りしたので出禁になりました』……なんて、びっくりだよ。姉上」
「リーゼお義姉様は、本当にお強いから……」
その少女の名は、リーゼロッテ・アーデルヴァイト。
レイフォードの実の姉にして、僅か十四歳で二大会連続優勝を果たした傑物だ。
リーゼロッテは、東部高等学校の騎士科に入学してから数週間で、東部校騎士科内序列の上位層にまで上り詰めた。
それは、彼女が師である元騎士団長の教えを受け、愚直なまでの鍛錬を行った結果であるのだが、周囲には突如現れた怪物としか思われなかったのだ。
なにせ、まだ幼い少女が、並み居る上級生を決闘で殴り倒し、拳に血を滲ませながらも勝利し続けたのだから。
そんな彼女でも、一年次の決闘選手権での優勝は逃してしまっている。
当たり前と言えばそうなのだが、当時の優勝者であった人物は相当に強かったらしい。
そして、リーゼロッテはその経験をばねに、二年次、三年次と優勝し、今年度からは殿堂入りとして、解説席に座ることとなった。
ユフィリアは苦笑いする。
「アニスお義兄様も大変だよね。こんなに賑やかな妹と弟を持って」
「前半部分は同意、後半は聞き捨てならないな。僕には姉上ほど怪物じみた能力はな──」
──その時、レイフォードの全身に悪寒が走る。
まるで蛇に睨まれているように、毛という毛が逆立っていた。
ふと、解説席を見ると、自分によく似た顔の少女がこちらを見つめている。
あとで覚えていろ。
計九回の口の開閉は、レイフォードの『死』を伝えていた。
「あ、終わった」
「迂闊なこと言うから……」
呆れるユフィリアに反論できず、ただ項垂れる。
『あとで』っていつだよ。
というか、なんでわかったんだろう。
野生の勘ってやつ?
血の繋がった姉弟だとしても、彼女の脳内を察することはできなかった。
やがて、試合開始を告げる鐘が鳴る。
観客は更に白熱し、視線が一点に集まった。
選手である北校の男子生徒と西校の女子生徒は、互いに武器を構え間合いを図り続けている。
男の獲物は槍。一方、女は片手剣と小型の盾。
精霊術による強化を行わない限り、男の方が力が強い。
あの盾では、完全に防ぐことは不可能だ。
いなすので精一杯で、体勢を崩されでもすれば、すぐに追撃が飛んでくる。
攻撃範囲の差も相まって、女から攻めるのは至難の業だろう。
──しかし。
この大会の出場者が、それを対策していないわけがない。
レイフォードの眼が、地面を迸る源素を捉える。
巧妙に隠しているらしく、男はそれに気づいていない。
これは決まりだろう。
そう思った矢先、女が発動させた精霊術により男が吹き飛んだ。
「おお……結構飛んだ」
「防御姿勢は取ってたみたいだけど……うーん、初めから吹き飛ばすのが狙いだったんだね。針の筵になっちゃった」
「あの速度の攻撃術式を弾くのは、槍じゃ難しいか。取り回しが悪いし」
「そもそも、取り回しがよくったって、高速攻撃術式は弾けないし防げないのが当たり前なんだよ? 私たちは例外ばっかり見てるけど」
「……そうだった。価値観壊されてるなあ」
師や弟弟子──僅差だがレイフォードの方が先に師事しているので兄弟子なのである──の御業は、人外の領域であったことを思い出す。
しかし、術式の上書きができるレイフォードが言える義理でもないので何も言うまい。
自分も含め、周囲には人離れした力を持つものが大半なのだ。
結局、第一試合の勝者は西校の女子生徒だった。
男子生徒も善戦したが、やはり序盤の攻撃で体力を削られたらしく、最後に不意打ちが決まってしまっていた。
選手同士の握手の後、一層大きな歓声が上がる。
初戦でこの熱量だ。
決勝戦の盛り上がりは、とてつもないものになるのだろう。
「……さて、これからどうなるかな」
「優勝できる?」
「それは流石に高望みしすぎじゃない……?」
凝り固まった肩を伸ばしながら、冗談めかして言うユフィリアに微笑を返す。
いくら同世代と比べ突出した実力を持つテオドールと言えど、学生の中でも最上位の彼らに勝つのは困難を極める。
良くても上位八人、悪ければ初戦敗退。
それほど、この大会の門は厳しい。
まあ、気軽に見守ろう。勿論、目一杯応援もするのだが。
選手の名が読み上げられ、歓声と拍手とともに二名の男子が入場する。
テオドールは、いったいどこまで勝ち上がれるのだろう。
自分には縁のない戦を眺めながら、レイフォードは心を踊らせていた。




