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十四節〈熱狂を胸に〉/1

 生命の月最終日。

 今日、国立中央総合高等学校では、文化祭が開催される。

 

 校門前での検査はあるが、入場制限はなく、また生徒数の多さから国内でも類を見ない盛り上がりを見せるため、来場者数は毎回数千人規模となる。

 王都住民だけではなく、観光客らしき姿すら見受けられることもある。

 ちょっとしたお祭りのようなものだ。

 

 現在時刻、およそ午前九時五十分。

 入場開始まで、あと十分を切った。

 今頃、一般向けに開放している南と西の校門前には長蛇の列ができていることだろう。

 

 周囲の生徒は、これから始まる『祭り』への期待に震え、舞い上がっている。

 そんな中、レイフォードは、誰が見ても心配するほど、暗い表情をしていた。

 何度目かわからない溜息を吐いて、隣に立つ同じ部の上級生とともに、遠い目で他生徒を見つめる。

 

 

「……なんでこんなことになったんですかね」

「知らねえよ。俺だって訊きてえもん」


 

 空を仰ぐ。

 雲一つない快晴だ。

 

 しかし、自分の心は、曇天を通り越して雨模様だった。

 

 

 

 

 

 生徒会長による開催宣言の後、校門側から歓声が聞こえてくる。

 整列業務を終えたユフィリアは、入場した来場者の誘導をするために、他の生徒とともに大通りで待機していた。

 東西南北の各門から伸びる大通りの中央には大広場が存在し、各部活による出し物のうち、屋台系は大半がそこに集まっている。

 演劇部や吹奏楽部、声楽部などによる発表は十一時から始まるため、今の時間帯の入場者はほぼすべてこの大通りから大広場に向かうのだ。

 

 

「うわあ……流石に多いですね。

 開場直後でこれって、最終的に何人来るんですか?」

「例年通りなら五千人前後やな。

 ま、出入りを考慮すれば、実感としては半分くらいやろか」

 

 

 右手に拡声器を持ったコレットが、手で日差しを遮りながら同じ校門側を眺める。

 企画部や風紀委員会に所属する生徒は、各大通りに配置されており、ユフィリアとコレットの担当は南側だ。

 迷子防止のため、一年生と六年生、二年生と五年生、三年生と四年生が組まされ、必ず二人一組で行動することになっていた。

 

 

「毎年朝一番が大変なんや。

 ここで踏ん張らんと、後にも支障出るんやで?

 これから先楽しみたいんなら、きちっとやらんとな」

「分かってます。完璧に誘導してみせますよ」

「おっ、頼りになるなあ」

 

 

 けらけらと、彼女はいつもと変わらない調子で笑い、ユフィリアの肩を叩いた。

 大勢の来場者を前に、余計に力を張っていたのだろうか。

 すっと背筋が伸び、視界が広く見える。

 

 ユフィリアは、自分より一頭身ほど上にある顔を見上げた。

 稲穂色の癖のある金髪の天辺には、獣耳がぴくりと動いている。

 

 いつも細められている目の奥にある真意は、よく分からない。

 けれど、彼女が人一倍気配り上手だということは知っていた。

 

 顔を見合わせ、微笑む。

 用意は、もうできていた。

 

 コレットは帽子を眼深に被り、拡声器を持ち直す。

 

 

 

「──じゃ、気張っていくで」

 

 

 そうして始まった誘導業務は、およそ一時間後にようやく一区切りついたのだった。

 

 

 

 

 

 右手に握った炭酸(サイダー)入りの小瓶を首に当てながら、あたりを見回す。

 どこを見ても、人、人、人ばかり。

 氷水で冷やされていたこの炭酸がなければ、夏の熱気もあって、熱中症待ったなしだろう。

 

 誘導業務が終わった後、ユフィリアはレイフォードと文化祭を回る予定だった。

 レイフォードの店番の割当は最初の一時間らしく、誘導業務も一時間交代のため、互いの仕事が終わり次第、南棟前で待ち合わせようと約束していたのだ。

 

 だが、ユフィリアの想定より、仕事は早く終わった。

 そうなれば、と差し入れとしてもらった炭酸を片手に、彼があくせく働く様子を見に行こうと思っていたのである。

 

 その行動理由は『ただの興味』が大半を占めるのだが──昨日、彼は一つ、気になる反応をしていた。

 『誤魔化したい』という気持ちが滲み出る、どこか曖昧な話し方。

 それは後ろめたいことがあると白状しているようなもので、ユフィリアはすぐさま気づいた。

 だからこそ、こうやって秘密で彼の仕事場へ向かっているのである。

 

 

「確か、この辺りのはずなんだけど……」

 


 大広場は、本来とても見晴らしが良い場所だ。

 煉瓦でいくつかの区画に分けられた芝生には、屋外での出し物に使用される舞台と時計台以外の建造物は存在しない。

 しかし、その見晴らしの良さは、想定以上の人混みにより、完全に失われていた。

 

 これでは、移動もままならない。

 一度人混みを抜けて、外から探すことにしよう。

 

 大通り沿いに植えられた木に背中を預け、炭酸を呷る。

 清涼感が真夏の気配を吹き飛ばした。

 飲み干してしまえば、また暑さが体を蝕み始めるのはどうしようもないが、それでも『涼しさ』とは大切なものである。

 

 ふと、大広場の中心にある時計台を見れば、十時五十分を示していた。

 早く出店を見つけなければ、彼の晴れ舞台を見逃してしまうだろう。

 

 外舞台は軽音部や舞踏部などの発表に使われるため、現在はその準備が進められている。

 あと五分もしたら、順次始まっていくはずだ。

 

 来場者が観客席に移動することを考えると、そろそろ人が少なくなっていくはず。

 いやしかし、移動が終わるまでに彼の店番が終わってしまうのではないだろうか。

 

 そう悩むユフィリアの背後から、とある少年の声が聞こえてきた。

 

 

「何してるんだ?」

「レイの出店に行こうと思ったら、アレで」

「なるほどな……まあ、今の時間ここしか開いてないし」


 

 運動着を身に纏い、腰に『杖』を()()した少年──テオドールは、首に掛けた(タオル)で汗を拭う。

 

 

「そっちこそ、何してたの?

 闘技大会、第二試合じゃなかった?」

「試合前の調整。

 『観客席の防壁が壊れないように』って、攻撃術式当ててた。

 思ったより時間がかかったけどさ。

 それで……これ、壊れると困るから、一応レイくんに保護術式を重ねてかけてもらう約束だったんだよ」

 

 

 そうして彼が指し示したのは、首から下げた指輪。

 手作り感溢れるそれは、幼い頃にであった少女に貰った、大切なものだという。

 

 彼は、指輪に自身の容姿を『人』にする術式を付与していた。

 今現在、彼の本来の姿は、猛禽類に似た二対の翼を持つ鳥である。

 先祖返りという性質から、成長するに連れて、肉体が精霊に寄っていっているのだ。

 

 入学試験で、少し騒動があったとも聞いた。

 これほど人が集まる中、同じ轍を踏むことはしたくないのだろう。

 

 

「ふーん。じゃあ、急がないとね。

 もうそろそろ第一試合始まっちゃうし」

「ああ。ユフィも用事があるんだろ?

 さっさと行こう。ついてこい」

「はーい。案内(エスコート)してね、騎士様」

「分かりましたよ、お姫様」

 

 

 軽口を叩き合いながら、二人は再び人混みへ足を踏み入れた。

 どうやら、テオドールは出店の位置を完全に把握しているようで、迷い無く人の間を縫って移動していく。

 王都でもこの込み具合は中々ないはずなのだが、騎士科での訓練の成果なのか、驚くほど身の運びは美しい。

 ユフィリアは、彼の後ろを付いていくのがやっとだった。

 

 しかし、テオドールは立ち止まるどころか、振り返って気遣う様子をみせることもない。

 逸れる可能性を考えていないようだ。

 それも、ユフィリアへの信頼の裏返しと言えば聞こえはいいが、半分ほどは当てつけだろう。

 彼は、案外嫉妬深いのだ。

 

 やがて、テオドールがとある屋台の前で停止する。

 ぴたりと張り付くように後を追っていたユフィリアは、彼の背から顔を出した。

 

 大きく掲げられた、『飴屋』の看板。

 端に書かれた研究室名は、無料配布の小冊子(パンフレット)に記載されていたものと相違ない。

 売られているものも、よくある飴細工や果物飴で、『飴屋』であることには間違いない。

 だが──とある要素が、それを易々と認めさせてはくれなかった。

 

 

「……何、アレ?」

「……何なんだろうな」

 

 

 長蛇の列の先に佇む人影。

 手に持つのは、宣伝用らしき看板。

 

 動く度に揺れ、広がる裾。

 ちらりと覗く肌は、男女問わず視線を釘付けにする。

 

 それは、ユフィリアたちも例に漏れない。

 否、漏れない方がおかしいのだ。

 ──筋骨隆々の雄々しい美丈夫が、俗っぽく煽情的な女中(メイド)服を着ているのだから。

 

 

「……私、暑さで頭イかれちゃったみたい。

 筋肉モリモリ益荒男(マッチョマン)の変態が客引きしてる悪夢が見えるの」

「夢ならどれだけ幸せだったんだろうな。

 残念ながら、それは現実だ。戻ってこい」

 

 

 無慈悲なテオドールの言葉を受け、もう一度彼を見る。

 ()()()()()()で着ているような、変に露出度の多い女中服。

 あのような姿でなければ、ただの美丈夫だというのに、まったく台無しだった。

 元々この学校では服装は自由だが、文化祭用の衣装となるとたがが外れるというのは、噂ではなかったらしい。

 

 そこでふと、ユフィリアは思い至る。

 

 

「……ここって、あの研究室の出店なんだよね?

 文化祭の規則上、店番は衣装の系統を統一する必要があるから──つまり、()()()()()()?」

「……なるほど。()()()()()()だな」

 

 

 思い返すのは、昨日のレイフォードとの会話。

 遠回しに表された『来るな』。

 

 その理由が『これ』ならば、すべての辻褄が合う。

 

 顔を見合わせた二人は、にやりと笑った。

 

 

「すみませーん。レイフォードって、今いますか?」

「ん? ああ、あの子のお友達か。

 今は裏で取り込み中でね……もし良かったら、案内しようか?」

「いいですか? では、お言葉に甘えて、お願いします」

 

 

 客引きをしていた青年に声を掛けると、人好きの良い笑みを浮かべ、二人が求める情報を提示する。

 提案に乗れば、彼は同輩と思われる他の店員に看板を渡し、手招きした。

 見た目をよく考えなければ、とても好印象な人物だ。

 見た目を考えなければ、だが。

 

 案内された先は、彼らに与えられた研究室であった。

 文化祭期間中は控室として扱われているらしく、レイフォードはそこにいるのだとか。

 

 

「実はね、あの子には『二人が来ても案内するな』って言われてたんだ」

「なら、どうして案内してくださるんですか?」

「それはね……きっと、その方が面白いからだ」

 

 

 親指で示される研究室の扉。

 顔を見合わせた二人は、意を決してそれを開く。

 

 

「だから、この格好で外出歩けるわけないじゃないですか!

 恥ずかしい以前にまた勘違いされますって!」

「それは着ても着なくても同じでしょ?

 いいじゃない、似合ってるんだし」

「そういう問題じゃないんです!

 開催中は制服扱いとはいえ、『女装(これ)』着てたらどこからどう見ても女の子に思われるんですよ!

 普段の服装なら男だって言い訳が通じるのに……!」

「自分で言い訳って言っちゃってるじゃない……。

 もう観念なさい、お迎えも来てるわよ」

「嫌です、僕は諦めない──え、迎え?」

 

 

 言い争う二名。

 片方は年上らしい落ち着いた女性、もう片方は二人がよく知る少年だった。

 しかし、その少年の姿は、予想通りであったが、驚愕に値するものであった。

 

 

「な、え、は……?」

「ごめん、ごめん。連れてきちゃった」

「やると思った。時間稼ぎしておいて正解だったわ」


 

 レイフォードを挟み、してやったりとにやつく先輩二人。

 状況を理解したレイフォードは、声にならない絶叫を響かせる。

 

 

「嵌めましたね……!?

 僕の純情を弄んで……それでも先輩ですか!?」

「俺たちに頼った方が悪い」

「同じく。普段の行動から察しなさいよね」

「……あとで覚えておいてください」

 

 

 諦めがついたのか、レイフォードは溜息を吐いてその場に座り込んだ。

 裾の短さも相まって、その姿は何とも際どい。

 

 

「……えっと、ごめんね?」

「『来ないで』って言ったじゃん……」

「言われてはないよ。約束してたわけでもないし」

「そうだけどさあ……!」

 

 

 腕に顔を埋めたまま、瞳を潤ませ見上げるレイフォードに、二人は申し訳なさと達成感で満ち溢れていた。

 これが見たくて、ここまでやってきたのだから。

 

 

「かわいいかわいい私のレイフォードくん、店番終わった後の約束は何でしたっけ?」

「……『二人で文化祭を回る』」

「でしょ? ほら、立って。

 終了時刻は刻一刻と迫ってくるんだよ?」

「………わかったよ。テオも、それ貸して」

「はいはい。あ、あとでその姿もっとよく見ても──」

「それはダメ」

 

 

 ユフィリアに手を引かれ、レイフォードは立ち上がる。

 回り方は特に決めていなかったが、いくつか行こうと話していた出し物はあった。

 

 

「楽しんで来なよ」

「宣伝もよろしく」

「……許しませんからね」

 

 

 調子よく送り出す二人に捨て台詞を吐き、レイフォードたちは文化祭へと繰り出す。

 まずは、もうすぐ始まる『国内高等学校決闘選手権本戦』の観戦だ。

 

 選手として出場する知り合いは、テオドールくらいだが──そこは、見逃せないとある人物がいる。

 

 この格好でいけば、あの人は当然揶揄うんだろうなあ。

 そんな憂鬱を抱えながら、レイフォードは彼女との再会を楽しみにしていた。

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