表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/170

十三節/3

 静かに扉を開けると、ユフィリアが壁に寄りかかって待っていた。

 


「お疲れ様。……どうだった?」

「もう大丈夫だよ。

 錯乱している様子もなかったし……寧ろ、少し前向きになったのかな。

 自分のこと、よく考えてみるってさ」

「そう。なら良かった」

 

 

 事件の翌日、昨夜の事情聴取を終えた二人は、レイフォードがジークに行った『治療』の仔細を伝えるため、彼が目覚めるまで待機していた。

 そして、一度様子を見に行こうとレイフォードが立った時、丁度良くジークは目覚めたのだ。

 

 

「まさか、半年くらい前のあの男がジークさんとは思わなかったなあ。

 雰囲気、大分違うんだね」

「それに関しては後で殴……りはしないけど、文句くらいは言ってきたよ。

 仕方がなかったとはいえ、彼に非がないわけじゃないから」


 

 『あの男』とは、高等学校の入試前、買い出し中のユフィリアが遭遇した軽薄な男である。

 事件時は余裕もなく思い出せなかったが、改めて顔を見た時、あの時の彼だと気付いたのだ。

 


「……で、教えてくれるんだよね? 今回のこと、全部」

「聞き耳立ててたのに、要る?」

「要ります! どうせ本当のことなんて半分くらいしか言ってないんでしょ?」

「ご明察」

 

 

 レイフォードは幻聴の術式を構築し、二人の会話の内容を悟られないようにする。

 今回の事件は、例の規定に接触するものであるからだ。

 

 

「どこから話そうかな……とりあえず、事件直後の話をしようか」

「何かあったの?」

「変な人がいたんだよ、僕らを……いや、事件を監視していた人かな。

 霧の中に居たみたい。

 晴れてからはすぐ逃げちゃったんだけど」

 

 

 魔物を討伐した直後、レイフォードは自分たちに向けられる気味の悪い視線に気付いた。

 即座に探知の術式を使い、その視線の主の居所を知ると、待機していたラウラに連絡して追わせたのだ。

 


「ふーん。その人が……」

「今回の事件の犯人だろうね。

 ……ただ、その人からは、もう何も聞くことはできない」

「口封じ?」

「多分」

 

 

 具体的に言う前に察したユフィリアが、レイフォードの考察と同じ意見を口に出す。

 

 ラウラに追わせて始めて数分後、彼女から来た連絡は、『対象死亡、情報無し』というものだった。

 話を聞けば、王都の外に出た瞬間、糸の切れた人形のように亡くなったらしい。

 遺体から情報を抜き取れるかも試したらしいのだが、記憶は綺麗さっぱり消されていた。

 だからこそ、口封じという可能性を考えたわけなのだが。

 


「黒い霧の実行犯は亡くなった。

 でも、それで終わりじゃない。

 この件の裏には、何か思惑が隠れてる。

 ……それも、相当碌でもないものが」

「『あの事件』との関連は?」

「……どうだろうね。別口の可能性もある。

 ただ、最終的に行き着く先は同じだと思うよ」

 

 

 五年前の事件であの男が用意していた凝縮黒血。

 今回の件での寄生型魔物。

 どちらも、人を媒介にした魔物化であることに違いはない。

 そして、五年の月日を得て、その魔物化は『人型』へ近づいてきている。

 

 魔物は人型に近ければ近いほど知性が上がり、形が明確になればなるほど強力になる。

 もし、完全な人型の魔物が現れたのならば、被害は甚大なものになるだろう。

 

 

「……じゃあ、そのときが来たらどうする?」

「逃げるよ。

 僕はそっち方面は専門じゃないし、祝福だって万能なわけじゃない。

 ……でも」

 

 

 ユフィリアを見て、レイフォードは微笑む。

 

 

「そこに守らなきゃいけない人がいたら、戦うよ」

 

 

 君は、いつもそうやって私を守ってくれる。

 ユフィリアは、何度も見た彼の背中を思い出す。

 

 けれど、もう守ってもらうばかりではいられない。

 

 

「なら、私も一緒に戦う」

「……どうして?」


 

 ゆっくりと瞬きをしたレイフォードがそう聞いた。

 彼の瞳には、不安と困惑が滲んでいる。

 

 

「レイと一緒だよ。守りたい人がいるから、戦うの」

「……危ないよ」

「それはレイも同じじゃん。

 寧ろ、戦闘に関しては私のほうが強いでしょ?」

「……怖いんだよ」

「何回戦ってきたと思ってるの。私、そんなに弱くないから」


 

 食い気味に、ユフィリアは答える。

 そうでもしないと、レイフォードは納得しない。

 彼は自分を放って他人を気遣うきらいがある。

 ユフィリアはそれを良いと思ったことはない。

 美徳であるかもしれないが、それで自分を疎かにするのはいけないことだと考えるからだ。

 

 しかし、レイフォードのそういうところが好ましい。

 

 彼の手を取り、目を合わせる。

 青空色の瞳と。



「私ね、もう一人は嫌。

 後ろで待ってるなんて性に合わないもん」

 

 

 きっとこの先も、いくつもの困難が待ち受けているだろう。

 もしかしたら、酷く傷ついてしまうときもあるかもしれない。

 離れ離れになるようなことも、あるかもしれない。

 

 それでも、君と共に居たい。

 君の手を離さない。

 


「──……約束しようよ。

 君が私を守るとき、私も君を守る。

 一方的に愛せるだなんて思わないでよね」

 

 

 そう言うと、レイフォードは困ったように笑った。

 

 

「……まったく、君には敵わないよ」

 

 

 真夏の夕焼けの元、手を繋いだ二人は帰路に就く。

 二人だけの、秘密の会話を交わしながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ