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九節/4

 数時間後、十八時を回った寮の居間にて。



「……ええ、今日はみなさま、お集まりいただき誠にありがとう──」

「さっさと始めようぜ!」

「お腹空いた〜」

「話長えよ、三行」

「まだ何も言っとらんやろ!

 つーか、うち先輩やぞあほんだら!

 ……まあええ、まどろこっしいのはうちも嫌やしな」



 コレットは咳払いをし、形式張った挨拶をしようとしたところ、他の寮生に茶々を入れられる。

 コレットは六年生であり、他の六年もミシェーラとステファンだけであるため、声を上げた彼らは五年生以下の後輩となるわけだ。

 随分軽い関係なのだなと眺めていると、コレットの視線はレイフォードたちの方へ向く。



「みなさん注目!

 ここにいる初々しい四人が新入りや!

 名前とかは自分らで聞くんやで。

 一人ひとり紹介すんのめんどいねん。

 ま、よろしくしたってや」



 近付いてきたコレットに肩を叩かれ、周囲の目が一気に集まった。

 慣れない雰囲気に緊張しながらも、愛想笑いをする。

 こういう会は、引き篭もりがちには辛い。

 自分たちが主役であるならば尚更だ。


 そんなレイフォードの様子に気付いて、コレットは鼻で笑った。

 もしかしたら、数年前の自分に重ねているのかもしれない。



「……ということで。

 恒例の()()、準備出来とるか?!」



 彼女は一歩前に出ると、勢い良く腕を上げた。

 それに呼応して、他の寮生も雄叫びを上げる。

 彼女の言う『アレ』とは何か、これから何が起こるのか、困惑する四人は互いの顔を合わせた。

 皆、何の事か分からず首を振るばかりである。



「そう緊張しなくてええよ。

 コレは、この寮伝統の……せやな、『歓迎の言葉』みたいなもんや。

 ずっと昔から、新入りにはこう言わなあかんって決められてる」

「……そういうもの、なんですか?」

「そういうもんや」



 目を伏せ、しみじみと語るコレット。

 彼女の背後に控える寮生たちも、同じ顔をしていた。



「……ほな、始めるで」



 ずっと被り続けていた帽子のつばに手をやり、彼女はそれを取る。

 現れたのは、毛に覆われた金色の三角形──狐耳だ。



「ここにおるやつらは、大なり小なり特殊な事情を抱えとる。

 他種族なんて当たり前、生きるのも許されなかったやつだっておる」



 改めて、他の寮生に目を向けた。

 森人族であり、その中でも逸れ者であるミシェーラ。

 本人は明言していないが、小人族の血が混じっているであろうステファン。

 その他、他種族の特徴を持つ者が見る限りでも数名いる。



「せやから……ここじゃ、異端は正統や。

 虐げられることもなければ、苛まれることもない。

 みんな『仲間』やもん、当たり前やな」



 この寮に入る条件は、特別奨学生であること。

 それはつまり、祝福を持つ者であることだ。

 テオドールしかり、祝福はこの国の外の者でも授かることがある。

 彼ら彼女らが迫害の先にこの国に辿り着くのなら、自ずと祝福持ちに他種族が多くなるだろう。


 自然と、身体の強ばりが解ける。

 別に、始めから緊張する必要なんてなかったのだ。

 自分を偽らなくとも、彼女らはレイフォードたちを受け入れてくれる。

 自分たちが、先人たちにされたように。



「『ようこそ、竜胆寮へ!

 我々は君たちを歓迎する!』……ほな、乾杯!」



 皆が一斉に(グラス)を傾けた。

 弾ける炭酸、爽やかな酸味。

 林檎にも、桃にも、あるいは桜桃にも似た不思議な味わいは、まさに混沌としたこの寮のようだ。


 それを皮切りに、歓迎会は盛り上がり出した。

 ステファン他数名が作った料理は、食べ盛りの学生を前にして高速で姿を消していく。

 食卓に乗り切らないからと厨房に控えていたものも、出せば吸い込まれるほどだ。

 同時に、飲料もすぐに消費されていく。

 炭酸飲料以外も用意されていたが、炭酸飲料の減りが一番早かった。

 清涼飲料からお茶に切り替えていなければ、レイフォードの分なんてもう既になくなっていただろう。


 気分が高揚してか、踊り歌う者まで出始めると、盛り上がりに少し辟易して、レイフォードは中心部から遠ざかった。

 場酔いしてしまったのだろうか、目の奥がちかちかとする。

 人気のない端の壁へ身体を預けていると、誰かがこちらに近付いてきた。



「やあ、こんばんは。疲れちゃったかな」

「……すみません。あまり、こういう場に慣れていなくて」

「おれも初めはそうだったから、謝らなくてもいいよ。

 ……研究室や部活に入れば、嫌でも慣れるし」

「……本当ですか?」

「……うん。

 寧ろ、研究室だと教授たちが酒開け始めるから、そっちの方がきつい」



 レイフォードは手で顔を覆う。

 数少ない苦手なもの、その一つが酒類である。

 まだ未成年であるため、飲んだことはないが、臭いを嗅ぐだけで頭痛がするのだから、その弱さは察して然るべきだった。



「自己紹介が遅れたね。

 おれはニコラス、医療科四年。

 ……勘違いだったら悪いんだけど、もしかして貴族科六年のアニスフィアさんの弟さんだったりする?」

「神秘科一年、レイフォードです。

 はい、僕の兄ですよ」

「……だから、あの人、『弟をよろしく』って……なるほどね」



 ニコラスは、気まずそうに目を背けた。

 彼の言う『あの人』。

 彼が四年生であることから、推察は簡単だった。



「すみません、うちの姉がご迷惑を……」

「ああ、いや。

 おれが直接関わったわけではないから、そこは気にしないで。

 ……でも、ここ最近の実地研修で、ちょっと、ね?」



 レイフォードには三歳上の姉、リーゼロッテがいる。

 彼女は東部の高等学校の騎士科に進学し、類稀なる才能を発揮しているらしいのだが──。



「以前、メルヴィン……そこでご飯にがっついてる背の高い銀髪の男と、東部との交流研修に行ってね。

 各学校から四年生を何人か集めて、魔物の討伐とか、対人試合とか、戦場治療の演習とか、色々してさ。

 そこで、彼女を見て……うん、凄いなあって」

「ああ……本当にすみません。

 あの人、止まるということを覚えていなくて……」



 リーゼロッテは、よく言うと思い切りがいい。

 悪く言うと、猪突猛進の化身のような女だ。

 彼女が家にいるとき、テオドールと何度か試合することがあったが、彼は彼女から一本も取れたことがない。

 テオドールも大分上澄みであるが、リーゼロッテはその何倍も強いのだ。

 その才覚もあって、学校では『剣鬼』と恐れられているのだとか。



「こうしてみると、お姉さんたちととよく似てるね。

 彼女に言われなくとも、弟だって分かったかも」

「似ている……? 僕と姉上が……?」

「見た目の話だからね? 中身は別だよ、別。

 ……というか、リーゼロッテさん、弟からもそう思われてるんだ」

「昔からあんな感じですから。

 まあ、僕よりもツェリスさんの方が苦労してますよ」



 確かに、と笑うニコラス。

 ツェリスというのは、リーゼロッテが唯一背中を任せられると豪語する弓使いの男だ。

 アーデルヴァイト家の庭師の息子であり、リーゼロッテの幼馴染でもある。

 傍から見ても分かりやすいほど、彼はリーゼロッテにべた惚れであり、騎士科に進んだのも彼女の側を離れないためなのだろう。

 肝心のリーゼロッテは、彼の心中を全く察していないらしいが。


 ふと、レイフォードはニコラスを視る。

 数刻前のミシェーラの言葉の真意を確かめるためである。

 そうして、確信を得るために、彼に問い掛けた。



「……あの、ニコラスさん。

 無礼を承知で尋ねても良いでしょうか」

「……うん、いいよ」



 彼の見た目は、何の変哲もない十五歳ほどの少年である。

 この国では見かけない黒髪黒目であるが、獣耳や翼が生えているなど、他種族らしい特徴は、ついぞ見つからない。

 だがしかし、彼には人族とは決定的に違う点が存在する。



「貴方は人間……それも、精霊の縁者でもない」

「……そうだよ。外から来た、本当にただの人間。

 ()()さえなければ、だけどね」



 彼が示した左眼には、幾何学模様が刻まれていた。


 彼の身体には、確かに源素が存在している。

 しかし、それを使う(みち)が存在していない。

 昔のレイフォードのように、開いていないのではなく、そこにあるはずの路が何もない。

 それは間違いなく、新人類──人間の特徴だった。


 フローレンスから聞いた話だが、人間において祝福を授かる者というのは、数百年に一度いるかいないかというほど少ない確率だという。

 それは祝福の本質によるものであり、人が変えられるものではない。

 この国にいる人間の数が、他種族と比べ圧倒的に少ないのは、その辺りの事情があるからだ。


 そもそも、この国に至るまでは、過酷な道程を越える必要がある。

 人間の住む地域は、ここから遠く離れているのだ。

 生まれたときから迫害される運命にある者が、辿り着けるものではない。

 たとえ、祝福という奇跡があったとしても、だ。



「少し複雑な事情があってね。

 精霊術が使えなくともこの国にいられるのは、他ならないこの力のおかげだよ」

「……どんな力かとか、訊いてもいいですか?」

「勿論。

 ものの形状を変える力、『変形』って呼ばれてる。

 まあ……こんな感じかな」



 彼は手に持った杯を、様々な形へ変えていく。

 棒状や板状、林檎や兎の形にも変えられるあたり、自由度は高いらしい。



「きみは?」

「『浄化』……魔物やそれに準ずる瘴気などを消す力です。

 他の生物、物質には不干渉なので、使いどころは基本ありません」

「騎士からすれば、喉から手が出るほど欲しい力だね」

「よく言われます」



 『浄化』の祝福は、レイフォードにとっては宝の持ち腐れである。

 魔物との戦闘なんて基本するものではないし、瘴気だってどこにでもあるものではない。

 探知能力も付随しているが、そこまで魔物に近付くこともないので、死蔵している。

 確実な消滅には接近が必須というのもあるだろう。



「ニコラスさんの将来は外科医ですか?」

「一応。

 おれが出来そうなのは、臨床辺りだろうし。

 これでも、結構腕は良い方なんだよ?」



 精霊術は、世界基盤からの修正を受け、かつ干渉力の差異があるという特性上、臨床などではあまり使用されない。

 治療術式というものは、自己再生の促進でしかない。

 再生が帰って仇になる病気の類は、完全なる人の手でしか解決できないのだ。



「レイフォードくんは技術局?」

「はい。神秘科の進路なんて、基本そこですから」

「そうだね。ミシェーラ先輩もそうだし」



 ニコラスの視線の先には、長い銀髪を緩くまとめたミシェーラが、気だるそうに長椅子(ソファ)に身体を預けていた。

 隣にはユフィリアが座っている。

 どうやら、二人で話しているようだ。



「そういえば、大丈夫でしたか?

 随分と……その、大変そうでしたけど」

「大丈夫……とは言い切れないのが情けないな。

 会が始まる直前まで気絶してたよ。

 本当、容赦ないんだからあの人」



 大体、夕方辺り。

 ニコラスが研修から帰って来た瞬間、彼はミシェーラに襲われた。

 光合成で賄っていた供給も、日が傾いてきたこともあつて限界だったのだ。


 植物の蔓で雁字搦めにされ、全身から源素を吸い取られるという経験は、いつぞやの粘体の襲撃よりも辛いもののはず。

 そうして、枯渇間際まで吸い取られ、回復したらその分をまた吸い取るという永久機関に閉じ込められた彼は、既に朦朧としていた意識を保つことが出来ず、気絶した。


 レイフォードはその光景を直接見たわけではない。

 ステファン他数名の寮生が、子どもに見せていいものではないと首を振ったからである。



 ────おどろおどろしいというか、性的というか……とにかく!

 精神に異常を来たす可能性が無きにしもあらずだから、見ちゃいけません!



 大慌ての彼らが本気で掛けたであろう防音術式と、結界術式がその証明だった。



「森人の性質的に、喰われないだけマシかなあ……」



 森人──精霊の血縁種の中では、特殊な立ち位置に存在する種族である。

 ある植物の変異種が受肉した精霊との間に多数の子をもうけたことが始まりなのだが、問題はその子づくりの仕方だ。

 番となる対象の体内に多数の種が植えられ、その生命力を元に種から子どもが生まれる。

 子どもを生んだ番は、生命力の喪失により衰弱し、最期は喰われて終わる。


 番の対象には男女の区別はなく、『人』であれば何でも良いらしい。

 尚、森人に性別はないが、性自認は皆女性である。


 現在、血の薄まった森人は、生命を奪うまではいかなくとも、元来の嗜虐癖は残っており、番となる者は苦労するという。

 また、嫉妬深く一途であるとも。



「ミシェーラさんって……いえ、何でもないです」



 不思議そうな顔をするニコラスの後方から、鋭いミシェーラの眼光がレイフォードを突き刺す。

 余計なことは言わないのが吉である。


 それでよし、という風に目を伏せたミシェーラは、先程まで話していたユフィリアを送り出し、ニコラスを手招いた。



「ニコラス、来なさい」

「どうしました?」

「いいから、来なさい」

「……はい」



 有無を言わさぬ圧力に負け、彼は怯えながら彼女の元へ歩いていく。

 彼の行く末は想像に容易いが、話すのは無粋だろう。

 心の中で合掌しながらも、やって来たユフィリアを迎え入れる。



「何話してたの?」

「ひみつ! 良いこと聞いちゃった」

「良いこと……?」

「いつか教えてあげる」



 彼女が何か不穏な空気を撒き散らした気もするが、藪蛇な気もして、それ以上追求することはやめた。

 先程の話の流れからして、碌なことではないのだろうと察しが付いていたのもある。


 全く、これから先が恐ろしい。

 そう思いながらも、心は高揚していた。



「……ねえ、ユフィ。楽しい?」

「楽しいよ。レイは?」



 ふと、周囲を見た。

 テオドールは、騎士科の先輩たちと楽しそうに話している。

 ローザも、同じく会話に花を咲かせている。

 その表情には、陰りは存在しない。



「……僕も、楽しいよ」



 隣に立つ少女は、その言葉を聞いて、優しく微笑んだ。


 やがて、月が空の真上に登るまで、宴会は楽しく続いたのだった。

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