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九節/3

 玄関から入り、遠慮なく居間の扉を開けるコレット。

 扉越しに人の気配を感じていたレイフォードたちは、これから出会うであろう他の入寮者相手に緊張していた。



「ただいまやで〜」

「お帰り〜。

 ……なんかやらかしたでしょ」

「なんのことやろなあ、うちはただ案内しただけやで」

「コレットがそう言うときは、大体やらかしたときなんだよなあ……」



 長椅子に寝そべる長髪の女性、厨房の方から歩いてくる小柄な男性。

 どうやら、コレットと親しい関係のようだ。



「嘘吐きは泥棒の始まりだぞ、クソ狐」

「狐が泥棒とか固定概念に囚われすぎや。

 今の時代は優しいお稲荷様やん」

「はいはい」

「怪しい人ほど誤魔化すよね」

「あしらい方が雑でうちは悲しいで……まあいいわ。

 みなさん、この怠け者はミシェーラ。

 そっちのちっこいのがステファンや」



 『ちっこい言うな。キミが大きいだけだろ』と文句を言いながら、ステファンはレイフォードたちに自己紹介をした。



「……ご紹介の通り、ボクはステファン。

 出身は北部、でも中央よりだからあまり面白い話はできないかな。

 履修学科は教育科。

 六年生だから、実習とかで校内で会うことはないかもだけど、よろしくね」



 温和な笑みでステファンは手を差し出す。

 レイフォードが握り返せば、その笑みはもっと柔らかくなった。


 しかし、手を離すと一転、彼は眉に皺を寄せる。



「……ミシェーラ、まさかコレットの紹介だけで終わらそうとしてないよね?」

「え、駄目なの?」

「ダメに決まってるだろ! ほら、さっさとする!」

「……めんど。わかったよ、おかーさん」

「産んだ覚えはない!」

 


 レイフォードたちに見せる雰囲気とはまた異なった──例えるなら、ものぐさな娘を叱る母親のような雰囲気のステファン。

 それはミシェーラにとっても同じのようだった。


 起き上がり、垂れる長髪。

 寝癖で四方八方に跳ねるその銀色の隙間からは、()()()()()()()が見える。



「……どうも、ミシェーラです。

 神秘科六年、星辰研究室所属。よろ」



 そうして彼女は、ただそれだけを言い残し、再び眠りに就いた。



「こら、ミシェーラ!」

「別にいいでしょ……っていうか私眠いんだけど……」

「予定があるって言ってたのに、徹夜したバカはどこのどいつかなあ!

 ……寝るならせめて部屋に行きなさい」

「やだ。源素ほしい」

「また無断で……! そうか、ニコラスくん今研修中か」

「ね、わかったでしょ」



 頭を悩ますステファン。

 どうやら、何か問題が起きているようだった。


 ある程度事情を察したレイフォードは、眼鏡をずらしてミシェーラを視る。

 予想が正しければ、彼女の身体は──。



「……ミシェーラさん、よろしければ源素をお譲りしましょうか?

 そのままだと、お辛いでしょう」

「……ふーん。混ざりもの、ううん、変りものか。

 私、あの人間(ニコラス)からしか貰らわないって決めてるの。

 妖精──……じゃなかった、人族やその他種族からは受け取らないわ」

「そうですか。すみません」

「気にしないで。他の森人なら、喜んで受け取るから」



 『同族』の好で、と思っていたが、見事に振られてしまった。

 その身体で、そこまで持っているのはレイフォードでは考えられなかったことだ。

 後天的か、先天的かは不明だが、彼女の日々は苦難に満ちているだろう。

 そう思えば、ニコラスという人がどれほどの超人であるかも自ずと察せられた。


 唯一事情が分かっていないユフィリアからの圧に耐えていると、コレットが再び仕切りだした。



「今この寮に住んでいるのは、二年四人、三年二人、四年五人、五年二人、六年三人の計十六人。

 そして、自分らで二十人。

 今はここの三人以外出払ってもうてるから、夜の歓迎会で改めて紹介するで。

 ……案外少ないと思ったやろ。

 実際、祝福保持者は各学年に大体七、八人居るんやけど、貴族科はこの寮に入らないんや。

 多分、今年の一年もあと三人くらいはおるんやない?

 まあ、みんな隠してまうから、ぱっと見分からんけどな!」



 祝福保持者は、余計な争いを避けるために、自分が祝福保持者であることを秘匿する。

 これは、祝福保持者のみが受けられる恩恵があることや、そもそも国内の保持者の約二割が『外』の縁者であることに起因している。


 祝福を受けると、身体のどこかに聖印と呼ばれる幾何学模様が出るので、それを隠すために露出の少ない服を着ていることが多い。

 現に、レイフォードは常に長袖であるし、ユフィリアは襟元の空いた服を着ない。

 ローザは脚にあるというから、いつも洋袴(ズボン)を履いているのだろう。

 テオドールに関しては、顔の左半分にあるので諦めているらしい。

 一応、慣れない町を歩くときは帽子を身に着けることで、見えにくくしていた。

 髪色を隠すことも兼ねているようだ。



「ほな、紹介も終わったことだし、みんなの部屋に案内するで!

 女子はうちが行くから、男子は頼んだでステファン!」

「了解。じゃあ、行こうか」



 頷くと、レイフォードたちとほんの数尺しか変わらない背丈が先導する。

 決して高いとは言えないが、頼りがいのある背中だった。


 上階の東側が男子部屋らしく、また下の階は埋まっているらしいので、二人の自室は自動的に四階となった。

 どうやら、卒業者と新入生が入れ替わりで入る仕組みになっていて、今年空いている部屋は四階なのだとか。


 廊下側から四〇一、四〇二、最後まで行けば四〇五。

 一階層五部屋の計十五部屋だ。

 割り振りは、レイフォードが四〇五、テオドールが四〇四である。


 試しに四〇四号室に入れば、送ってあった荷物が届いていた。

 四〇五号室も同様に、床に置かれているだろう。


 そうして、ステファンから備品やここでの過ごし方についての説明を受けたレイフォードたち。

 『質問はあるか』と問い掛けられるが、特に気になることは何もなかった。


 しかし、ステファン自身は、レイフォードたちに思うことがあるようだった。



「……あのさ、答えにくかったら、答えなくてもいいんだけど……レイフォードくん、どうやってミシェーラの持病に気付いたの?

 その眼、何かの術具だったりする?」



 おずおずとステファンはレイフォードの瞳を覗き込んだ。

 そういえば、ミシェーラに申し出をした際、驚いた顔をしていたか。

 弦を持って眼鏡を外し、見やすいように髪を耳に掛ける。



「ああ……これは間違いなく純粋な僕の眼ですよ。

 継承能力という言葉はご存知ですか?」

「えっと、特殊な家系に伝わる特異な力……で合ってるかな」

「概ねその通りですね。

 継承能力は肉体由来なので、こんな風に色が変わってしまっているんです。

 僕の家系は『境界を視る』力……物質界と幻想界両方を視れるということですね。

 勿論、精霊や魂も」

「なるほど、だからか……」



 レイフォードは、二人の会話から、ミシェーラの状況について、ある一つの予測を立てていた。


 それは、七年前、必死に過剰症の治療法を探しているときに見つけた。

 過剰症と違い、治療法──いや、抑制法があるそれは、国家機密というほどではなく、知る人ぞ知る難病扱いであった。

 全く正反対の症状であるが、手掛かりがあるかもしれないと目を通したが、結果はお察しの通り。

 無用の長物となっていた知識だが、それが今になって活躍するとは思っていなかった。



「──体内源素欠乏症。

 あれは、森人という、精霊の縁者である彼女にとっては、呪いのようなものだ。

 ニコラスくん……医療科四年の子ね。

 その子がいなきゃ、今頃ミシェーラは枯れ木になっていたかもしれない。

 ……キミは知ってるんだろうね、アレが不治の病だってことも」

「ええ、僕も同じような経験がありまして。」

「……それにしては、平気そうに見えるね」

「特例中の特例なんです。

 詳細は……ミシェーラさんが技術局に入れば、知ることができると思いますよ」

「案外直ぐだね。

 彼女、素っ気ない振りして凄い気になってたから、教えられる範囲で教えてほしいな」



 ステファンの要望に頷く。


 神秘科の進路は、ほぼ技術局だ。

 軍だったり、一般企業だったり、あるいは学校の講師となることもあるそうだが、神秘科に入学する者は、大体技術局を志望しているので、そういったことになるのは数名程度だとか。


 いずれ、ミシェーラが技術局に入り、特権階級となれば、あの件の情報入手など容易いだろう。



「話はここまでにして、二人は荷解きの時間かな。

 歓迎会は十八時開始予定。

 ボクは仕込みも兼ねて居間にいるから、何か困ったことがあれば言ってね。

 コレットでも良いよ。

 ……あんまり頼りにならないだろうけど」



 友人特有の扱いの雑さを見せながら、ステファンはレイフォードたちの前から去っていった。



「じゃあ、僕も自分のものを整理しに……と、言いたいところだけど、ちょっと弁明しないといけないから」

「健闘を祈る」

「そんな戦場に行くみたいに……いや、流石にね……?」

「君の勇姿は忘れないよ」

「本当に洒落にならない冗談なんだけど?!」



 そう騒ぎながら、四〇四号室の扉を出る。

 どこかの窓が空いているのか、心地良い風がそよいだ。

 そして──



「随分楽しそうだね」



 部屋の前に立っていた一人の少女。

 絶句するレイフォードを露知らず、彼女は風にかき消されてしまいそうな、しかし風を貫くような声で囁く。

 


「来ちゃった」



 その蒼眼に、暗い影を落としながら。

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