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八節〈敗北宣言を投げ捨てて〉/1

 入学試験から、約一ヶ月。

 紆余曲折あったが、無事に屋敷に戻ったレイフォードたちは、いつも通りの日常を過ごしつつ、学校から送られてくる試験結果を心待ちにしていたのだった。


 契約の月四日、夕の曜日。

 セレナが、二通の封筒を持ってきた。

 宛名は、レイフォードとテオドール。

 差出人は、『国立中央総合高等学校』である。



「……で、どうだった?」

「筆記はそれなりに。

 実技は……うん。悪くはないよ」

「ぶっ壊した分減点されるとかはないんだ。

 良心的」

「……注意の手紙、同封されてる」

「来年から源素濃度の調整辺りの規則変わるだろうね。

 よっ、先駆者」

「嬉しくないよお……」



 試験結果を持ったまま、机に突っ伏すレイフォード。

 注意の手紙は直筆かつ、学校長、担当試験官、そして技術局長の連名であった。

 まさに、レイフォードのためだけに作られた手紙である。



「あれだけやらかしてそれなら、マシな方でしょ。

 こっちの方まで聞こえてたんだよ、あの爆発音」

「……僕にそんなこと言うけどさ、テオだって色々あったんだよね?

 相対的に見ればそれほど変わらないんじゃない?」

「残念。

 無礼な奴をまとめてボッコボコにしただけなので、お咎めありません」

「そんなあ……」

「まあ、本当に腹が立ったのは事実だけどさ」



 帰りの馬車の中で聞いた話だが、騎士科の試験中、テオドールはちょっとした騒動に巻き込まれたらしい。

 それは、この国では偶にある、種族差別が原因だった。


 アリステラ王国は、『人族』が人口の九割を占めている。

 レイフォードやユフィリアなど、貴族は皆、人族であるし、平民の大半も人族である。

 この国出身ではない人族──否、『人間』も居るが、彼らと人族の見分けは、髪と瞳の色くらいでしか付かない。

 そこまで差がないため、種族差別の標的になることは少なかった。


 そして、残りの一割。

 テオドールのような翼人を含めた、俗にいう『亜人族』。

 細かい区分だと、獣人や魚人、小人、巨人など多種多様に渡る。

 彼らは基本、中央と東部に集中して暮らしているので、他の地域では全く見かけないという。


 帝国ではないアリステラが、何故こんなにも多くの種族を抱えているのかというと、この国が他地域から排斥された者が最後に辿り着く場所にあるから、という一言に限る。


 外の世界では、人間以外の種族は、現実には存在しないことになっている。

 また、神秘の類も、同様に存在を否定されている。


 なっている、というだけで存在自体はしている。

 だが、いくつかの組織によって、隠匿されているという。


 そんな世界で、一度でも衆目の前で神秘を扱えば、後に待っているのは迫害か搾取だ。

 何せ、奇跡を起こす力だ。

 喉から手が出るほど欲しい力でもあり、この世に在ってはいけない力でもある。

 だからこそ、外の世界の住民は『悪魔狩り』や『魔女狩り』などと言って、神秘をもつ者を追い掛け回す。


 そうして逃げ続けていると、最後に辿り着くのが、アリステラ王国のある半島。

 通称、『死の大地』。

 由来は、ここに入って生きて帰ってきた者が居ないことから。

 魔物も変異種も出る危険性と、それを承知で侵入した者は殆ど王国によって保護・処理されるのだから、当然かもしれない。


 以上のことから、ここに逃げ込んできた他種族は、王国の支援の元、この国で暮らしていくことになる。

 国教であるリセリス教の教義もあって、人間、非人間の区別なく、『辿り着いた者』には、優遇的対応がされる。

 だが、それをよく思わない者もいるのは事実だ。

 人たるもの、己の領域に他人が入ってくると、攻撃的になる者くらい存在する。

 テオドールが遭遇した者は、そういう類の者だった。



「自分から見せに行ったわけじゃないのに、好き勝手言いやがってあのクソ野郎ども!

 討伐試験中の空なんて、意識しなきゃ見ないだろうが!

 殴り飛ばしたくなる顔しやがって……!」

「殴り飛ばしたじゃん」

「殴り飛ばしたけどね。

 一回殴ったところで、怒りは収まらないよ」



 何でも、討伐試験における対象の魔物が飛行型で、しかも、組んだ班が弓一人以外皆前衛であったことから、空中戦を行うことになったらしい。

 遠距離攻撃術式で撃ち落とす案もあったが、『命中確率を考えると、直接叩いた方が早い』と脳筋的決断を下したようだ。

 その際、いつも首から下げている変身の術具を通している紐が切れてしまって、人への擬態が解けてしまったのだとか。

 術具自体は直ぐに回収して、紐も応急処置で結び直したらしいが、例の差別主義者に見られてしまったことから、言い争いに発展してしまった。


 相手の言い分は、『種族特有の力を使うなんて卑怯だ。そういう卑怯な奴が騎士になるなんておかしい』。

 テオドール他数名の反論は、『あれは事故であって自分から使ったわけではないし、試験官にも事情を説明してある。そちらに文句を言われる筋合いはない』。


 というもので、過半数の受験者はテオドールたちの味方に立ったが、残りは相手を支持した。

 他種族との関わりがないと、少なからず偏見を持ってしまうようで、どれも『亜人族は卑怯者だ』と主張していたらしい。

 状況を見かねた試験官が制止しなければ、言い争いは無限に続いていただろう。



「テオ以外にも他種族の子は居たんでしょ。

 そういう子たちにも、同じように言ってたの?」

「そうだね。

 あの人たち、試験前から態度悪かったから」



 テオドールは先祖返りということもあって、本来の姿はかなり人の形を外れている。

 昔は腕が翼になり、脚部と顔が鳥らしいというだけであったが、今はもう二対の翼を持つ巨大な鳥だ。

 空の精霊の直系なだけある容姿である。


 そこまでいくと、人にまぎれて日常生活を送るのは困難であるため、テオドールは人に擬態しているが、血の薄い他種族は、獣耳や尻尾、水掻きなどもそのままであるはず。

 ぱっと見で分かる他種族も居る前で、種族ごと卑怯だ何だと言えてしまうのは、若さ故の過ちだろうか。


 しかし、言い分が分からないわけでもない。

 人族は、他種族と比べて肉体的な力は大分劣る。

 騎士という肉体が資本の職を目指す者にとって、そのことは羨望と嫉妬を抱くには十分だろう。


 だが、それが差別をしていい理由にはならない。

 彼らだって人族には分からない苦労をしているし、人族に及ばないことだってある。

 精霊術などは、それが顕著だろう。



「で、その後の対人戦で運悪く当たって、秒殺したと」

「仕方ない、実力主義の世界だもん。

 手加減なんてしたら、可哀想だよね」

「慈悲……なのかなあ?」

「身体強化も硬度強化も、しなかったんだから温情だよ。

 真っ直ぐ行って殴っただけ。武器すら使ってない」

「わあ。改めて聞いても凄い無双ぶり」

「殴ってくれと言わんばかりの隙を与えられたからには、答えてあげようと。

 こう……ドカンと一発」



 風を切ってレイフォードの目の前に突き出された拳は、当たれば一溜まりもないだろう鋭さを持っていた。

 普段の組手でどれだけ手加減されているのかが如実に理解できる。


 恐らく、彼らは見せしめも兼ねて、精霊術による攻撃を企てていたのだろう。

 精霊術を使えるのは、この国に生まれた人族か精霊に近しいものくらいだ。

 テオドールをただの翼人と考えてしまったならば、その手を取るのも無理はない。


 実際、どのくらいの距離が空いていたかは不明だが、詠唱速度と匹敵速度を比べると、普通は詠唱の方が早い。

 計算外だったのは、テオドールが馬鹿みたいに速く、馬鹿みたいに力強かったことだろう。

 奇しくも、彼らは自分たちが罵った『種族特有の力』にのせいで、二重の意味で負けたことになる。

 精霊術に頼らなければ、あるいは、テオドールをただの他種族と見誤らなければ、この展開は防げただろうに。



「でも、意外だったなあ。

 テオ、あんまり怒んないじゃん」

「レイくんの前だけだよ。

 俺だって普通に怒る。

 でも、今回はちょっと特別だったかな」

「特別?」



 すべてを確認し終えたのか、書類を封筒の中にしまったテオドールは、机に寄り掛かったままレイフォードの目を見て、答えた。



「馬鹿にされたの。

 レイくん……と、みんな。俺の大切な人たちのこと。

 『亜人に付き合う奴なんて、たかが知れている。どうせ、救いようのない阿呆なんだろう』ってね」



 銀色の瞳が、ゆっくりと瞬きする。



「ね、()()()()でしょ。俺」

「……そうだね。

 僕らのために怒ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして!」



 どこか寂しさを残した笑顔で、テオドールは笑う。

 あの日、彼は言った。



 ────レイくんのことが好き。



 それが、恋愛か、友愛か、はたまた別の何かであったのか、完全に察することは出来なかったけれど。

 彼の言葉は、嘘ではなかった。

 彼は、心から自分を好んで、そして、今も自分を好いてくれている。


 その愛が、どこかこそばゆくて、申し訳ないと思ってしまっているのを、彼が知る由はないと思うけれど。

 けれど、受け止めたい愛であった。


 救う者と、救われる者として始まった二人の関係は、今も尚、『友人』として繋がり続けている。

 それは、これから先も変わることはないだろう。


 部屋の扉が叩かれる。

 聞こえるのは、二人が聞き慣れたセレナの声。



「レイフォード様。

 先程届きました、技術局からの手紙です」

「げ。……出頭命令だこれ、行かなきゃ駄目かな」

「駄目でしょうね」

「うわあ……何させられるんだか」



 ぱたぱたと彼女に駆け寄った彼の耳に、この言葉は届かない。

 だからこそ、今、少年は囁く。



「……君だけなんだからね、って言えたらなあ」



 こんなに優しく話すのも。

 こんなに楽しく話せるのも。

 こんなに、感情的になれるのも。

 すべて、彼の前だけだった。


 大切な人たちを馬鹿にされたから、なんていうのは方便で、本当はただ一人のためだけに怒っていた。

 

 テオドールがレイフォードに告げた言葉は、ほんの一部だ。

 大切な部分を抜かして、伝えてある。

 実際は、あの言葉の前に、もっと限定的になる話が入っていたのだ。



 ────俺は見たぞ。

 試験前に、お前と一緒に居たあの女。

 随分仲が良さそうだったじゃないか。

 だが、そいつだって所詮、亜人と付き合う能無しだ。



 わざと冷たく入れた紅茶を、一気に煽った。

 思い出せば、また腸が煮えくり返る。


 何も知らないくせに。

 何もわからないくせに。


 

 ────レイくんは女でもなければ、お前たちが思うような関係性でもない。

 俺の大切な……『友達』だ。



 そう啖呵を切れたのは、あの日を経ていたからこそだ。

 でなければ、きっと、あの時の自分は、殴ることにも迷ってしまっただろう。

 『何も踏み出せない俺に、言い返す資格はあるのか』と。

 テオドールがレイフォードと関わっていなければ、そう言われることはなかったのだ、と意味の分からない後悔をして、拳を握ることなく俯いていたはずだ。

 今となっては、『んなわけねーだろ、ぶっ殺すぞ』と即座に言えてしまうが。


 まあ、これも一つ成長と言えるのだろう。

 先だって『友達』と言えたのだし、心配はない。

 自分と彼の関係性は、それ以上でもそれ以下でもなくなったのだ。

 高望みは、しないのが得策である。


 けれど、時に、考えてしまうことがある。

 彼がもし、男性でなければ。

 ユフィリアに出会う前に、自分と出会っていれば。

 もしくは、二人の関係を覆せるような力があれば。

 また、違った運命になっていたのではないか、と。



「……いや、無理だろ」

「ええ、分かります。

 分かりますよ、その気持ち」

「うわっ……って、ラウラさんか。

 どっから現れてるんですか……」

「壁に耳あり、障子に目あり。レイフォード様の居るところに、私あり。

 そういうことです」

「どういうことですか……」



 突如背後に現れたラウラに驚いたテオドール。

 意味の分からない彼女の言葉に困惑していると、彼女は机の上の使い終わった食器類を片付け出した。



「その通りです。

 レイフォード様の居るところに私は居ます」

「……ああ、契約してる精霊だから、と」

「いいえ。

 それもありますが、もっと別の話です」

「はい?」



 いつもの如く、『何言ってんだこの人』となりながら、彼女からの答えを待つ。

 だが。



「教えませんよ。

 そこから先は御自身で考えてください」

「貴方から言い出したんじゃないですか……」

「それは失敬。では、手助けくらいは差し上げましょう」



 手に持った食器類を虚空に消し、業務を終えた合図をセレナに出してから、彼女は言った。



「『隣でなくとも、側には居られる』。

 ……後は、お分かりですね」

「いや、全く」

「仕方ないですね。おまけをあげましょう」

「……ありがとうございます」



 振り返りざま。

 契約者たる『彼』を視界に入れて、ラウラの口は開く。



「お互いに、頑張りましょう」

「……そういうことですか」



 やっと分かった真意に、『面倒臭いな、この人も』という素直な感情が思い浮かぶ。

 ある意味、この人もテオドールと同じ『負け組』なのだ。

 あの、決して越えられない壁に、なす術無す負けた。



「ああ、そうだ。セレナ。

 僕ら、来月末にはここを発つから。

 テオの業務の引き継ぎって……」

「もう済んでおりますよ。

 来年度の採用者の顔合わせも、同じく」

「流石、仕事が早い。

 因みに、今年は何人採用したの?」

「新準成人を一人、中途を二人です。

 前者については……テオドールに聞いた方が早いと思います」

「へ? なんで、何かあったの?」



 ラウラと入れ違いになりながら、レイフォードがテオドールの元に帰ってくる。

 いつもと変わらない調子で、軽く流すように、『彼』の名を出した。



「オルガがここで働くんだって。俺の後任。

 セレナさんの下で雑用らしいよ」

「へえ……って、オルガくんが? こういうの苦手そうなのに?」

「さあ。何でだろうね」

「……誤魔化したな。教えてよ、友達じゃん」

「友達でも隠し事くらいするよ。

 ですよね、お二人とも!」



 声を張って訊けば、察しの良い二人は黙って頷いてくれる。



「まさか示し合わせてるな?! 仮にも雇用主の息子だよ?!」

「雇用主本人じゃないんでね。従う義理はない」

「こういうときだけ、そういう態度取る……。

 いいよ! 後で本人に訊く!」

「出立の時間的に合わないでしょ……」

「学校で訊けば……!」

「俺、レイくんが学校で人と話してるの見たことないんだけど……」

「……訊く! 訊くったら訊く!」

「はいはい。頑張ってね」



 こういう頑固なところは誰に似たんだか、と思い浮かべていくと、白髪の少女がまず頭に浮かぶ。

 『夫婦は似てくる』というが、二人はまだ婚約者だ。

 それでも似るなんていうのは、もう運命的だろう。


 それでも、必死に喰らいつこう。

 置いていかれないように。

 側に居られるように。


 君を守ると決めたから、君を見届けると決めたから。

 その約束を破らぬよう、君と最期まで共に居よう。


 あの日のあたたかさを、いつまでも胸に抱きながら。

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