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六節/5

「……へ?」



 ざわざわと、背後にどよめきが走る。

 まだ、五分立っていないはずなのに。


 レイフォードは咄嗟に眼鏡を外し、周囲を視た。


 試験は、開始と同時に、周りの音が聞こえないように細工された結界内に入って行う。

 それは受験者が集中するためと、試験時間の終了を分かりやすくするため、そして、他人に詠唱を聞かれないようにするためだ。


 通常は、制限時間である五分を超過すると同時に、その結界は解かれ、周囲の音が再び聞こえるようになる。

 しかし、レイフォードの計測が正しければ、まだ後一分ほど残っているはず。

 流石に一分も数え間違えるなんてことはあり得ない。

 ならば、別の事故か事件があったとみるべきだ。


 いや、違う。

 本当は分かっている。

 レイフォードは、目を逸らしたいだけだ。


 耳を澄ませば聞こえてくる。



「闘技場の結界が破れた……?!

 第十までは耐えるという話では……!」

「そりゃあそうだろ、第十以上の威力出てたからなアレ。

 ……皆さん、お怪我は?」

「特には……。でも、いったい何が……?」



 隣や背後で慌てる他の受験生と、一人を除いた試験官たち。

 彼らが見ているのは、どう考えてもレイフォードで、彼を見る原因は、どう考えても先程の異常な火力の術式である。



「……ラウラ、説明!」



 半ば確信に近い状態で、あの術式を発動させた張本人を呼び出した。

 呼び出したと言っても、脳内に彼女の声が直接聞こえてくるだけだ。


 単刀直入、ラウラは謝罪した。

 『すみません、急激に環境源素の濃度が上昇し、調整が間に合いませんでした』と。

 そして、『原因はレイフォード様が普段抑えていらっしゃる源素を解放したことだと推定されます』とも。



「……ですよね」



 精霊術は、術者と精霊間の契約である。

 自分で発動するような術式と違い、契約を結んで発動するまでには若干の時差があるのだ。

 それこそ、急激に上がった源素濃度に対応するのが間に合わないほどには。


 馴染むまで時間を置いていれば、まだ何とかなったかもしれない。

 だが、レイフォードは一度解放をやめ、発動直前にまた解放させた。

 もし、たった数分でも馴染ませておけば、こんなことにはならなかっただろう。


 後悔先に立たず。

 口では『大丈夫』と何度も言っていたが、全くそんなことはなかったのである。


 ふと人形があった場所を見る。

 そこには何もなく、ただ風だけが吹いている。



「……どうしよう」



 空を見上げた。

 憎たらしいほど蒼く、澄んだ空だ。

 何にも遮られない日光が、闘技場内に降り注ぐ。

 噂の強固な結界というものは、一切見えない。


 唯一冷静だった男性が咳払いをする。



「……四組目の試験を、これにて終了いたします。

 受験番号三〇八〇は、私に付いてくるように」

「……はい」



 他の試験官が受験者を誘導する傍ら、『逃さない』とでも言うように、肩に手が置かれる。


 ごめん、皆。多分凄い遅くなる。


 心の中でそう謝罪すると、罪を犯した者の如く、レイフォードは別室に連行されていった。






 よく沈む長椅子(ソファ)に腰掛けて、ぼうっと窓の外を見る。

 源素が足りないからだとか、自分のやらかしに放心しているとか、そういうわけではなく。

 ただ暇で、レイフォードは外を眺めていた。


 既に受験生らしき者たちの姿はあらず、体感時間的にも、各学科の試験は完全に終了している時刻だ。

 ユフィリアたちも同様に、既に帰ってくれているとは思いたいが、連絡を取る手段が無い以上、動向を把握することはできなかった。



「どうしようかなあ……」



 一応、詰められた際の言い訳は考えてある。

 といっても、真実を()()()()レイフォードに都合が良いように改変して話すだけなのだが。

 寧ろ、それ以外に出来ることがない。

 下手に嘘を吐けば、状況が悪化することは明白。

 ここは、素直でいる方が良いだろう。


 そこから、また十分ほどが経過する。

 『めちゃくちゃ裏で手間取っているんだろうなあ』と他人行儀で居たところ、背後の扉が開かれた。



「よお! やっぱりやらかしたな、レイフォード!」

「……どうしてここにいらっしゃるんですか、フローレンスさん」



 開口一番に揶揄ってくる白髪の女性。

 白衣の胸元には、技術局の所属であることを表す記章(バッジ)が付けられている。


 彼女の名は、フローレンス。

 アリステラ王国内において最高の研究機関である技術局の局長にして、一級精霊術師の最年少合格記録を保持する天才である。



中央校(ここ)の隣に技術局があんだから、来るに決まってるだろ?」

「何でこの件を知っているかって……ああ、そうか。

 あの結界を作ったのは……」

「そう、わたしら。

 ま、予想してたから、お前がやらかす前から既に許可は下りてたんだけどな!」

「……信頼がない」



 どかっと対面の長椅子に座り、ふんぞり返ったフローレンス。

 その後ろには、先程の試験官が付いてきていた。



「おい、フローレンス。真面目にやれ」

「お堅いっすよ、マシュー先輩。

 こいつとあんたしか居ないんだし、気楽にやらせてください」

「仮にも国家権力だろうが」

「その国家権力の上位格を呼び付けておいて、正式な場を設けずに、内々で済ませようとしてる先輩には言われたくないっす」

「お前から来たんだろうが……!」



 賑やかに話す二人。

 『マシュー』と呼ばれた彼のことは知らないが、『先輩』ということから、学生時代から交流があるのだろう。

 そう結論付けたレイフォードは、彼らの言い争いが終わるまで、気配を消して過ごすことにした。


 やがて、折れたマシューが溜息を吐いて彼女の隣に座ると、彼はレイフォードと目を合わせた。



「……取り敢えず、状況整理をしよう。

 まずは自己紹介から。

 私の名前は、マシュー・メルキスト。

 この学校で教鞭をとっている。

 こっちは……わかっているだろうが、フローレンス。

 彼女の説明は割愛させてもらおう。

「レイフォード・アーデルヴァイトです。

 よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく」



 眼鏡を掛けた、堅苦しそうな男といった印象を受けるマシューは、その外見に違わず生真面目なようだ。

 レイフォードに圧を与えないよう、フローレンスと話すより幾分柔らかい口調なのは、彼が教師であるからだろう。



「早速だが、事件発生当時の状況を、出来るだけ詳細に教えてほしい。

 こちらで観測していたことだけでは、よく分からない部分も多くてね」

「承知いたしました」



 そうして、レイフォードは事細かに伝える。

 使用した術式、契約している精霊、自己分析。


 話せば話すほど、マシューの顔は険しくなっていき、逆に、フローレンスの顔はにやついていく。

 父シルヴェスタがいつも、『あのにやけ面を殴り飛ばしたい』と言う理由を改めて理解した。



「……これで、僕から言える情報は終わりです」

「……そうか、ありがとう」



 ちらりと、マシューの手元の手帳を見れば、最早やけくそのような殴り書きで記録されている。

 マシューにも、ついでにフローレンスにも、迷惑を掛けてしまって申し訳なかった。



「さあて、と。

 必要な情報は揃ったわけだし、当の本人も反省しているようだし。

 これ以上追求する必要はない」



 これまで沈黙していた──レイフォードの話の節々で笑ってはいたが──フローレンスが、唐突に音頭を取った。

 かと、思いきや。



「──とでも言うと思ったか!

 レイフォード。お前、反省はしていても、後悔はしていないだろ?

 猫被りもいい加減にしろよ」

「……何のことでしょうか」

「すっとぼけんな、分かってんだぞわたしは。

 何年の付き合いだと思っていやがる」



 げ、と声には出さないが、心の中でそう漏らす。

 彼女の言う通り、レイフォードは『後悔は』していない。

 威力も範囲も計算外ではあったが、試験では十分の力を示せたのだ。

 後悔なんてするわけがなかった。



「そこに正座」

「はい」



 逆らわず、レイフォードは床へと正座をする。

 『正座』とは、アリステラ王国北東の一部地域に伝わる礼儀作法だという。

 本来は畳という藁などで編まれた敷物の上でするらしいが、今は絨毯しかないので、その上に座る形だ。


 仁王立ちのフローレンスが、レイフォードを見下ろした。



「……で、申し開きは?」



 一瞬考え、そして、大きく息を吸う。



「──人たるもの、生涯のうち幾度も間違えることはあると思うんです」



 そうして、冒頭に戻るというわけだ。

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