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五節/4

「で、今のわたしがあるわけさ」

「なるほど……?」



 話の区切りにローザが手を叩けば、ぱんと乾いた音が鳴る。

 嘘発見器は一度も反応を示さず、精霊術等で干渉した様子もない。

 どうやら、彼女の言ったことはすべて本当のようだ。



「理解はできるが、納得はしていない。

 と、言ったところかな」

「……ああ。

 貴方によると、今も本来の──いや、人のローザは今も存在しているんだな?」



 彼女は首を縦に振る。

 が、そこにはどこか躊躇いが感じられた。


 レイフォードは、半ば回答がわかった状態で訊く。



「……ローザが、ただ一人の『ローザ』として、生きることは」

「無理だね、きみの視えている通りだよ。

 元々そういう話だったし、魂への干渉は御法度かつ難題だ。

 いくらきみでも、一度融合してしまったものは戻せない」



 『そうだろう』と言われてしまえば、返す言葉はなかった。

 

 魂への干渉は、基本不可能だ。

 レイフォードが出来るのは、例外に例外を重ねているからに過ぎない。

 しかも、シャーリーの一件と同じように、無理なものは無理なのだ。

 誰よりも詳しいだろう本人と、〝眼〟の両方に突き付けられてしまえば反抗する気も起きなかった。



「……聞きたかったことは、これで終わりかい?」

「一応は。

 これからの処分については、まだわからないけど」



 自分の顔の横に浮かぶ撮影機に視線を寄越せば、動作中の表示が出ている。

 機材の不備はなかったようで、若干胸を撫で下ろした。


 レイフォードがローザの様子に気付いてからまず取った行動は、技術局への連絡だった。

 通常、精霊術による事件・事故は町の衛兵に通報し、事の大きさにより、衛兵から騎士団や技術局へ人材派遣要望が来、応じることでやっと現場に入るという段取りがある。

 これは、国防を担う彼らがいつも町の事件に当たっていれば、いざ出動するという事態になった際、国民が日和見してしまうことを懸念しているからだ。

 

 各詰所には通信機能を備えた術具が配備されており、一々足で来ることもないので、問題はあまりない。

 騎士団や技術局の者は、基本高位の精霊術師なので、転移やそれに相当した精霊術が使えて当然なのもあるだろう。


 しかし、レイフォードは衛兵への通報ではなく、技術局への直の連絡を選択した。

 それは、ローザの事情は特権階級でなければ知り得ない話であると察しが付いたからだった。


 幸い、技術局は例の病気の件で交流があるし、局長に至っては、彼女直々に新作の試験運用を依頼されている最中だ。

 それも、最新鋭通信機器の。


 ローザや、共にいる二人から目を盗み、レイフォードは技術局局長フローレンスに連絡を入れる。

 現代日本で言うところのインカムのようなそれは、巨大な親機を通して他の子機と通信が出来るようになっていた。

 子機は指ほどの大きさで、レイフォードの髪は肩口まで伸ばしているから、耳に付けていればそれほど目立たない。

 レイフォードの姿が見えないことに気付かれても、通信自体を怪しまれることはないはずだ。

 


 ────……おう、何だ急に。

 今日の定期連絡は終わってるだろ?



 相も変わらず男勝りな口調の声が聞こえる。

 通信は安定しているようで、途切れることはない。

 フローレンスが親機の近くにいるからだろう。

 いつもの実験と同じように距離があるならば、途中で雑音が入る。

 調子が良いことに安堵しながら、レイフォードは事の次第を伝えた。



 ────なるほど、成り代わりか。

 勝負に出るなら、今日の夜しかないだろうな。

 宿の座標を教えろ、必要なものは送ってやる。

 お前は対象を撮ってくるだけでいい。出来るな?



 こちらの弁を疑うことなく協力してくれるのは、培った信頼があるからか。

 それとも、ただ彼女に興味があるだけか。

 いや、両方か。


 自問自答しながら、レイフォードは現在地の座標を送る。

 そうして届いたのが、過剰にも近しい機器の数々。

 中には、まだ実験途中のものまであった。

 


 ────絶対これ趣味で作ったやつ混じってるでしょ……。



 半分呆れながらも調整を済ませ、ローザが風呂に向かった時間を見計らって部屋に細工をしておく。

 侵入しやすいよう、従業員の声の周波数と声の出し方も把握しておいた。

 そう長時間話すわけでないから、急拵えでも十分騙せるはず。


 その予想は当たっていて、いとも容易く彼女を拘束することができた。

 透明化した機器に気付いている様子もなく、口先は回るが暴れることはない。

 この上なく上々な結果だった。

 望んだ答えは、得られなかったが。


 小さく溜息を吐いたところで、通信が入る。



「……聞こえてるか?」

「聞こえてますよ、局長。何かありましたか?」

「よし。今から発音機繋げるから、対象と会話させてくれ。

 集音機も近づけてほしい」

「……はい?」



 子機から聞こえた言葉に、レイフォードは耳を疑った。

 撮影機により、今の光景は情報局に中継されており、国家精霊術術師がレイフォードたちを観察している。

 初めはフローレンスだけという話だったのだが、興味を示す者が大半で、夜勤以外の者もいるらしい。


 情報局はというより、局長直属の部下は変わり者が多い。

 彼女が直々に集めた変人しかいないのだ。

 本人もかなりの変人奇人であるので、類友というものだろう。

 

 しかし、そんな彼らでも今日は大人しく情報を整理するだけだと思っていた。

 下手に手を出せば、何をしてくるかわからない。

 何せ、彼女は精霊だ。

 恐らく、上位の。


 レイフォードは、既に似たような例を知っている。

 シャーリーとシャロン。

 一匹の猫と、一体の上位精霊。

 ローザたちの姿は、あの時と被って見えた。


 彼女らの件について、技術局は何も知らない。

 だからこそ、今ここで不明瞭な融合という現象に踏み込む気はないはずだと考えていた。

 事実は、予想を覆してしまったのだが。



「……わかりました。これでいいですか?」

「ちょっと待て。

 ……ローザさん、聞こえてます?」

「聞こえているよ」



 ローザの周りを浮遊する、いくつかの立方体と球体。

 その一つから、フローレンスの声が響く。



「すみませんね。

 聴取自体は終わっているのですが、職員の興味関心による問答をしたいんです。

 難しいようでしたら、断っていただいても構いません」

「いいや、構わないよ。あまり遅くならない範囲ならね。

 明日は入学試験もあることだし」



 感謝を伝える声とともに、小さく歓声が聞こえた。

 フローレンスの後ろで、職員が雄叫びを上げているのだろう。

 深夜であるというのに、よくやるものだ。


 そうして、フローレンスたちとローザの間で質疑応答が始まった。



「身体の状態は精霊寄りですか? 人寄りですか?」

「人間寄りだね。

 偶に、精霊が人の同意を得て身体を使わせてもらう『憑依』というものがあるのだけれど……わたしは少しばかり異なっていてね。

 憑依をした上で、人の身体に『融合』しているんだ。

 けれど、あくまで人が元であるから、精霊的な部分は魂と源素くらいさ。

 度合いで言えば、人以上先祖返り未満かな。

 人、融合体、先祖返り、受肉体の順で高くなっていくと思ってくれ」



 ならば、あの時のシャロンは憑依の状態だったのだろうか。

 その辺りの事情を精霊本体の口から聞けるなんて、かなり貴重な経験だ。


 精霊は、基本人前に姿を表さない。

 精霊術の発動時に手を貸すくらいで、あちらから実体化しなければ会話することさえ無理だ。

 契約出来るのは特殊な事例でない限り下位精霊であるし、下位精霊が上位に進化するまでは途方もない時間が掛かる。

 『精霊の愛子』となれば話は別だが、現時点でレイフォードが知っている人物が一人しかいないあたり、相当数が少ないのだろう。


 だからこそ、上位精霊から世の中の現象について聞けるのは、研究者にとっては涎ものだった。


 豪雨のような質問の嵐を捌くローザ。

 彼女から齎される情報は、職員たちの好奇心を更に際立たせていく。

 専門用語が飛び交う質疑応答が終わったのは、一時間後のことだった。



「……いやはや、ご協力ありがとうございました」

「こちらこそ、最上位の知識人と話せて楽しかったよ。

 でもまあ、流石に疲れたね」

「それは本当に申し訳ありません……。明日は入学試験もあるというのに」



 はにかみつつも疲れを滲ませるローザの声色。

 フローレンスが言ったように、明日は入学試験当日だ。

 レイフォードはともかく、明日の筆記試験に合否が掛かっているローザからしたら、時間は喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 

 しかし、彼女は軽く笑い飛ばす。

 


「気にしないでおくれ。

 どうせ入学は確約されているんだ。

 消化試合みたいなものだよ」

「……ちょっと待って、『入学が確約されている』?

 つまり、それは──」

 

 

 聞き捨てられない言葉に、レイフォードが聞き返す、ろ

 『入学が確約されている』、それが表す意味は一つ。



「言っていなかったかい?

 わたし……と、言うよりローザがか。

 彼女は、きみたちと同じように祝福保持者さ。

 『解析』の理の、ね」



 あっけらかんと言い放ったローザ。

 すっとぼけたようなその態度に、レイフォードは溜息を吐いた。

 

 まさか、彼女もそうだったとは。

 いつかのユフィリアとの会話を思い出しながら、無意識に寄せていた眉間の皺を解していく。

 

 祝福を持つ者は、非常に少ない。

 生涯に一人二人出会えれば良い方だ。

 しかし、現在、レイフォードの周りには三人も祝福保持者が存在している。

 しかも、皆東部出身だ。

 確率が収束し過ぎてはいないだろうか。


 もしや、まだ見ぬ他の保持者たちも東部出身のみだなんて言わないよな。

 一抹の不安を覚えるも、ありえないと首を振る。


 これは本当に偶々だ。

 作為的なものが無い限り、そんなことが起こるわけがない。

 『祝福を意図的に与える』なんて、出来るわけがないのだ。


 頭の奥の痛みから目を逸らし、レイフォードは機材を撤収させる。



「じゃあ、接続切りますよ」

「はいはい。

 ローザさん、本日はどうもありがとうございました。

 またいつかお会いする日を楽しみにしています」

「ああ、またいつか」



 控えめに手を振るローザを最後に、機械の動作を終わらせた。

 周囲の術式や、透明化させていたものも全て停止・回収し、痕跡を一切残さないようにする。

 そうでなければ、明日清掃に入った従業員に、今夜のことを気付かれてしまう可能性があるならだ。



「随分念入りに片付けるね。

 源素濃度の調整までするなんて」

「夜這いだなんだなんて言われると嫌だからね。

 ……脅迫材料にしようと思ってたでしょ」



 なんのことだかと口笛を吹き始める彼女に呆れた視線を向け、より念入りに痕跡を消す。

 ユフィリアやテオドールに勘付かれてしまうと、後処理が面倒臭い。

 彼女らには、何も知らないままでいてほしいのだ。


 特にユフィリアは記憶の操作を受け付けない。

 一度見てしまえば、傷が一生残ってしまう。

 だからこそ、ひた隠しにする。


 ローザは、レイフォードたちの知る『ローザ』だった。

 

 甘い嘘で辛い真実を覆い隠す。

 それが、レイフォードの最善だった。


 一度瞬きをして視る。

 一室は、何の変哲もない普通の部屋に戻っていた。



「……後処理も終わったし、僕は帰るよ」

「そうかい。きみも早く寝なよ、明日は早いんだから」

「わかってる。

 貴方も、身体はローザのものなんだから、無理はさせないでよ」



 いつの間にか気を張っていた口調が緩くなっていたことに気付き、今更戻すのもおかしいかと、いつも通りに接する。

 威圧感を与えるためのものだったが、すっかり毒気を抜かれてしまった。

 こうだから、レイフォードは『甘い』と言われてしまうのだ。


 そうして、振り返って扉の取手を握り、部屋を出ようとしたときだ。



「最後に一つだけ、いいかな」

「……何?」



 神妙な面持ちのローザが声を掛ける。

 その顔にはどこか、寂しさと申し訳無さが滲んでいた。

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