五節/2
「わたしが何者か、だって? 面白いことを訊くね。
どこからどう見ても、わたしは『わたし』だよ?」
「とぼけるな。貴方はローザ本人ではない。
彼女の身体の一部を使った変装か、身体自体を乗っ取っているだけだ」
誤魔化されてはくれないようだ。
解放されるには、正直に話すしかないだろう。
しかし、今の状況で真実を伝えてしまうと、どうしても『わたし』は彼に消すされてしまう。
話を聞く耳は持ってくれなさそうだ。
だから、強制的に話を聞いてもらえる状況に持っていく。
「きみには何でもお見通しみたいだ。
やれやれ、力があるというのも大変だね。
視たくないものまで視えてしまう。
気付かなければ、きみもただ純粋に再会を喜べただろうに。
そんな人外の瞳を持ってしまったがために、ねえ」
「……御託は止めて、質問に答えろ」
「せっかちだな、もう」
怒気を孕んだ声で指示するレイフォード。
ローザは彼の指先がぴくりと動いたことを見逃さなかった。
思った通り、効いている。
話を聞いてもらうには、同じ土俵に立ってもらわなければいけない。
そうするためには、彼の余裕を崩す必要があった。
大人びているように見えるレイフォードだが、その実、精神的なものは年相応だ。
大人ほど余裕もなければ、我慢だって出来ない。
それは、今日一日案内を務めたときに把握している。
だから、ローザは彼を多少煽れば、ぼろを見せてくれるだろうと踏んだのだ。
「でも、間違ったことは何一つ言っていないよ。
その眼が人ならざるものであることも、きみが人外に片足を踏み入れているのも確かだろう?」
「……何が言いたい」
「怒ってる? やはり、人は短気だね。
事実を並べただけで、こうも……おっと、ごめんごめん。
はいはい、言いますよ」
急に下がった気温と自分に向けられた殺意に、ローザは早く次の段階へ移ることにした。
予想より遥かに気が短い。
何だか、上手く行き過ぎて怖いくらいだ。
「その前に、ね。
わたしからも一つ、きみに聞いておきたいことがあるんだよ。
とても大切で、とても重要なことさ」
もう返答を返さなくなった少年。
その反応は、ある意味正しくて、ある意味間違っている。
沈黙は金だが、それを逆手に取るものだっているのだから。
黙っているということは、否定する必要がないということ。
それ即ち、肯定。
彼の瞳を見据えて、ローザは言い放つ。
「──わたしがきみの知る『ローザ』でなかったとして、何か問題はあるのかな?
だって、わたしは今、『ローザ』として生きているんだよ。
歴とした人さ。きみと違って、ね」
確かに、今現在ここにいるローザは、完全には、あの日彼が会った『ローザ』ではない。
しかしながら、ローザは『ローザ』なのだ。
戸籍も、周囲からの認識も、すべて地続きのまま。
入れ替わりや、成り代わりを疑うなんてどこにもない。
唯一の証拠を握っているのは、実行者であるレイフォード張本人。
彼は、先手を打ってしまった。
だからこそ、優位性はすべて反転する。
ローザが手を出した証拠は無く、しかしレイフォードが行動した証拠は残っている。
調べられて足が付くのは彼の方だ。
どれだけ源素量や、精霊術を扱う力があったって、国の精鋭の調査から潜り抜けられるとは思わない。
どんな事情があろうと、傍から見れば少年が襲ったようにしか見えないのだ。
そうすれば、困るのはレイフォード本人。
彼が大切にしているものを考えれば、これ以上の行動には出られまい。
だが、その予想は、大きく外れることになる。
「それがどうした。
貴方が本物のローザでないなら、それ相応の対応をするだけだ。
そこに、貴方が今、彼女として生きているかなんて関係ない。
脅しも兼ねているようだが……自分の置かれている立場がわかっていないらしい」
けろりと何の衝撃も受けていないように、彼は返した。
「……は?
いやいや、わたしは紛れもなく『ローザ』だよ。
きみの言うような、変装や乗っ取りの証拠なんてどこにもない」
「残念ながら、証拠ならある」
「……だから、その眼は人外の領域──神秘そのものだろう。
その中でもきみのものは特別製。
きみだけにしか視えないその景色、証拠としての提示は不可能だ」
狼狽えるローザが反論すれば、レイフォードは片目のみを閉じる。
「何故知っているかは置いておくが……そうだな、勘違いしているようだから教えておく。
別に、貴方がローザではないと証明する証拠は、僕の眼じゃない」
そうして、指をついと動かした。
途端、彼の手の中にころりと球体が現れる。
人の眼球ほどのそれは、術具のようであった。
「貴方の言う通り、僕の眼じゃなければ、貴方が偽物だとは見破れないだろう。
肉体情報的には、本物の彼女と変わりないようだ。
だけど、魂の情報は違う」
そこで、ローザは思い違いに気付いた。
始めから彼女は、完全に詰んでいたのだ。
彼の手の中に現れた球体。
恐らく、超高性能の幻想界専用撮影機。
刻まれた精霊術の効果により、魂までも鮮明に映し出せる優れもの。
本来ならば再現不可能である神秘に、最先端の技術で限りなく近付けたものだった。
あれならば、境界が視えないほど混ざりあったローザのものでさえも、朧気ながら捉えることができるだろう。
あんな撮影機を用意している時点で、そしてわざわざローザに見せている時点で、解析と替えの準備が万端だということはよくわかる。
寧ろ、時間同期の中継すらしているのかもしれない。
録画だけだと思わせておけば、それ以上深堀しないようにさせられるからだ。
「……なるほど、最初からわたしから言質を取るためだけの尋問だったということか」
強制的に精神を操作したり、実力行使をしなかったのは、少しでも『ローザ』を取り戻せる可能性を残すため。
無駄な反抗で傷つかれてしまえば、その可能性は著しく下がってしまう。
ローザの身柄が取り戻せれば、死亡していたとしても蘇生させることが出来る。
この国の機関ならば、一人くらいは出来るはず。
もし蘇生できなくとも、葬儀くらいはしてやりたい。
彼らの価値観なら、そう思うのが当然だ。
「さて、話してもらおうか。貴方は何者だ?」
ローザは、大きな溜息を吐いた。
これ以上は打つ手がない。
彼の態度的に、『わたし』が消されるのは既定路線。
どれだけ言い訳を並べたところで、『関係ない』と一刀両断されるだろう。
だから、一か八か、正直に話して恩赦をくれることに賭けることにした。
「……わかった、全部話そう。
これから言うことはすべて真実だ。
しかし、信じられないようなら……どうせ持ってきているんだろう、嘘発見器。
それを取り付けてもらっても構わない。
代わりにとは言ってなんだが、この拘束を少しばかり緩めてはくれないか?
ずっと立っているのは厳しくてね。
何もしないと約束するよ」
疑り深い視線を向けるレイフォードだが、埒があかないと察したのか、彼が腕を横薙ぎに払うと、拘束が緩まる。
完全に解かないのは、ローザへの信頼度が足りないからだ。
ローザが寝台に座ると、彼は、透明化のまま浮遊していたらしい機械を可視化させ、ローザの近くに浮かべ直した。
「……さて、どこから話そうかな。
まずは、わたしの正体からか」
言葉で説明するよりも、見せた方が早い。
何重にも結界を貼っているようだし、問題はないだろう。
普段抑えている『それ』としての力を解放する。
「まあ、これでわかるかな」
一瞬風を感じるほどの源素の波。
人の枠に嵌め込むため、抑えられていたそれらは久々の自由に踊り狂う。
「──わたしの名は『ローザ』。
はじまりの言葉にて、『花』を意味する名を持つ上位精霊。
人を守るために生み出された、どこにでもいるただの精霊さ」
あの少女とまったく同じ名を持つそれは、得意げな顔をした。