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四節/5

「キミは……」

「突然すみません、わたしは彼女(・・)の知り合いです。

 背格好が似ていまして、もしかしたら……と思っていたのですが、勘は当たっていたようです。

 彼女の症状に関しては、わたしがどうにか出来ます。

 どうか任せてくれませんか?」



 礼儀正しい口調で話す青年。

 彼の言うことが本当かは不明だが、今は頼るしかないと、藁にも縋る気持ちで頼み込む。



「承知いたしました。

 ……ですが、実のところ、それほどやるべきことは無いのですよ」

「それはどういう……?」

「少し、見ていて下さい。

 ……〝寒冷なる(ブリッグス・)二つの(デュア・)(リアム・)(スフェア)〟」



 青年は一つ、術式らしき言葉を呟いた。

 陣が輝き、手に作り出されたのはその名の通り、二つの水の玉。

 少女が眠る椅子に近付き、彼女の額にそれを当てる。



「そうですね……今の状態を簡単に言えば、脳の過剰使用による異常な発熱と、それを防ぐための強制的な意識切断というところでしょうか」



 そうして、彼は少女について語る。


 彼女の眼は少々特殊で、あまりにも多い人数を一度に視てしまうと、膨大な情報量に脳が耐え切れなくなるということ。

 回路が焼き切れようとも処理を続けようとする脳を止めるため、肉体が強制的に意識を途切れさせたこと。

 熱りが冷めれば、意識も目覚めるだろうということ。

 この力は極小数の者しか知り得ないものであるので、二人が知らなくても無理はないということ。



「ですから、そこまで気にしないでください。

 確かにお二人にも非はありますが、事が起こってからの対応は迅速でした。

 あなたたちが居なければ、今頃彼女がどうなっていたかなんて、想像に容易いでしょう。

 知人の一人としてお礼を申し上げます、ありがとうございました」

「……それでも、防げた未来だ。

 礼を言われる筋合いはない」

「……そうですか、と」



 静かに、落ち着いて返すジークを意外に思いつつ、身じろぎした少女に青年は声を掛けた。

 伏せられていた目蓋がぴくりと震え、蒼空が微かに覗く。

 少女──否、レイフォードは霞んだ視界で己に話し掛ける者を捉えた。



「気が付きましたか? 聞こえていたら、返事をお願いします」

「……聞こえています。けど、貴方は──」



 見覚えのない彼の名を問おうとした瞬間、視界が覆い隠された。



「視ようとしてはいけませんよ。

 まだ万全の状態ではありません。

 落ち着くまで、目を閉じていてください。

 ……詳しいことは後ほどお話しします」

「……分かりました」



 己にしか聞こえない囁きの後、レイフォードは了承した。

 見ず知らずの他人である青年が、何故そこまでしてくれるのか、何故レイフォードの事情を把握しているのかは不明だが、一先ず従うしかないのだ。


 深く息を吐いて心を落ち着けると、自分の足元で誰かが動いた音が聞こえた。

 何が起こっているのだろうと疑問に思ったレイフォードだが、それは直ぐに解決する。



「──すみませんでした!」

「へ? ……ああ、なるほど。そういうことですか。

 ごめんなさい、お二人どんな格好をしてます?」

「土下座です」

「顔を上げてください、早く!

 僕そこまで怒ってないので!」



 足元で重なり合い叫ばれた、二つの謝罪の言葉。

 それらの主がジークとヒルダであることは察せていたが、その姿勢までは察せていなかった。

 足元から聞こえている時点で想定するべきだったかもしれないが、普通、土下座で謝ってくるなど思い描くはずがないだろう。

 今日出会ったばかりの大人の額を地面に擦り付けさせる趣味もないので、急いで顔を上げさせた。

 特殊趣味扱いされるのは勘弁である。


 何度か謝罪と恩赦を繰り返し続けていたが、それらは青年が告げた一言により止められた。



「そろそろ時間でしょう。

 彼女も目覚めたことですし、お二人はここから逃げた方がよろしいと思います」

「……どういうことだい? 話の流れが理解出来ないのだけど」



 そうですよねと苦笑し、彼は二人にわけを話した。


 この少女には、連れが二人いる。

 その二人は普段は優しいが、彼女に関わることになると暴走しがちだ。

 この状況で、知り合いでもない男二人が彼女を囲んでいれば、問答無用で殴られかねない。

 言い訳が通用する相手でもないし、落ち着いてから腰を据えて話した方が良いだろう。


 と。

 納得したジークとヒルダは、懐から名刺を取り出した。



「今日はごめんね。これはボクらの連絡先。

 何かあったら、ここに連絡して欲しいな」

「……こちらこそすみません。急に倒れてしまって」

「いやいや! 非はこっちにあるから」



 レイフォードの手に握らせると、一言二言交わし二人は立ち上がる。



「ありがとうございます、助かりました。

 ほら、ジークも」

「……すみません、ありがとうございました」

「気にしないでください、友人を助けたかっただけなので」



 急に他人に触るなど、自分でもどうかしていた。

 今日は何かおかしい。

 いつもなら、こんなことしないのに。


 ジークは猛省し、深く腰を曲げた。

 既にレイフォードには再三謝罪した後である。

 しかし、それ以上に、身勝手な行動で守るべき者を傷付けてしまったことが堪えていたのだ。

 いくら謝っても、謝りきれないほど。



「では、ボクらはここで。

 彼女のことは、よろしくお願いします」

「はい、お気を付けて。

 落ち着いたら連絡するように言っておきます」



 話し終われば、徐々に二人の気配が離れていく。

 完全に感じ取れなくなった頃、青年はレイフォードの顔に眼鏡を掛けて、肩を叩いた。



「もう、大丈夫だろう。

 念の為、ゆっくり目を開けて確認してもらってもいいかい?」

「……大丈夫、みたいです」



 随分長い時間閉じていた気がする目蓋をぱちぱちと開閉させれば、段々と世界に色が戻っていく。

 やっと、謎の青年の正体が分かるのだろうか。

 見上げれば、見覚えのある銀髪碧眼が目に飛び込んできた。



「やあ、おはよう。今ならこんにちはかな?

 と、改めて挨拶を済ませたところで。

 さて、わたしは誰でしょう?」

「急ですね……? 初対面、だと思うんですけど」



 いくら記憶を辿っても、レイフォードがこの青年と出会った覚えはない。

 しかし、どこか懐かしい気がした。

 この新緑のような翠玉の瞳は、初めて見た気がしない。


 忘れているのだろうか。

 だが、こんな特徴的な話し方と態度の青年もしくは少年を忘れること。

 それこそ、ありえるのだろうか。


 そう思って、彼に答えを聞こうとした瞬間であった。



「おい、そこのお前。俺たちの連れに何しようと──……ローザ?」



 青年の肩に見覚えしかない手が置かれ、聞き覚えしかない声が聞こえてきた。

 しかし、それ以上に彼が発した言葉が気掛かりであったのだ。



「……ローザ? 今ローザって言った?

 もしかして、あの時の?」

「ばれちゃった。そうさ、わたしはローザ。

 あの日、きみたちに助けられた迷子の『ローザちゃん』その人さ」



 嘘だろう。

 だって、どこからどう見ても完全に青年ではないか。

 お前が言うなと反撃を喰らいそうな感想を内心で零しながら、レイフォードは驚きの声を上げた。

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