四節/4
どうしてこうなった。
レイフォードの心中は、ただそれだけであった。
「……男の子? 可愛い嘘だね。
こんなに可愛い子が男のはずが無いだろう。
もしかして、恥ずかしがってる?」
「……いや、本当に男です。
本当に本当に、男なんです。
信じてください」
「まさか。それが現実なら、ボクらの目は節穴だよ」
じゃあ、節穴なんじゃないですか。
なんて言えるわけもなく、レイフォードは取り囲む男二人に自分の性別を理解させることを諦めていた。
片や、絵本の王子様のような銀髪の男。
片や、絵に描いたように軽薄な金髪の男。
歳は二十代前半ほど。
雰囲気からして、恐らく夜職関係。
何となくだが、話慣れている気がしたからだ。
そんな彼らに左右から交互に話し掛けられ、誘い文句を右から左、左から右へと受け流しながら耐えている現在。
早く二人が帰ってこないかと、今までにないほど強く願っていた。
「……強情っぱりだね。そういうところも可愛いよ」
「どれだけ誘われても、僕は貴方たちには付いていきませんよ。
他の人を当たってください」
机に頬杖を付いてレイフォードを見つめる銀髪の男。
名は、確かヒルダと言ったか。
目を合わせようとする彼から必死に目線を反らし、かつ出来るだけ人混みを見ないようにする。
席の位置的に、彼らの後ろに丁度人が行き交うようになっているのだ。
対策はしていたとしても、不測の事態には備えておきたかった。
「だって。ボク振られちゃった。
どうする、ジーク?」
「……ああ。
オレ、見た目に拠らず強気な娘も好きだぜ?
キミみたいに綺麗なら尚更な!」
何度褒められようとも、一匙も嬉しくない。
そこまで褒めるくらいならば、何故男だということに気付けないのか。
どこからどう見ても男だろう、骨格とか。
己が体型の分かりにくい服を着ていることを棚に上げて、レイフォードは心の中で文句を垂れ流す。
文句というか、言い訳だろうか。
正直、認めたくなかったのだ。
王都ならば人も多いし、事前情報なしでも、己を一発で男と見抜ける者もいるだろう。
武術や歩行法に詳しければ、些細な動作でも分かるはず。
または、女性の専門家あたりか。
彼らが己を正しく認識すれば、、若干だが自己肯定感が向上するのだ。
男らしく在れない己でも、見る人が見れば完全に男なのだと。
ユフィリアに着せ替え人形とさせる中、そう願っていたレイフォード。
しかし、その野望の雲行きは、少し怪しかった。
まだ来る気配のない二人に早く来いと念を送り続けるが、そんな気配はない。
ここまで人がいるなら、本当に思念伝達能力があったとしても、電波の如く繋がりにくいかもしれない。
対人術式の使用は基本御法度であるし、さてどうしたものかと項垂れていると、思いがけない言葉が耳に入った。
「……そういえば、何で眼鏡掛けてんだ?
それ、度入ってないよな」
気付いた時には、もう遅かった。
伸ばされたジークの手が、レイフォードの眼鏡に触れる。
抵抗する暇もなく、するりと抜かれる弦。
視界から離れていく鏡面水晶。
咄嗟に取り返そうと彼の方を見て、その後ろの人混みが視界に入った。
それが意味することとは──。
「ほら、そんなキレイな目隠さない方が──は?」
ジークは、ただ善意で眼鏡を外しただけだった。
単純に、その二色の美しい瞳を隠すのは勿体無いと思って。
だから、特に何もしてはいないのだ。
毒を盛ったわけでも、短剣で刺したわけでもない。
けれど。
ごく自然に、眠るように。
力を感じさせない軽やかさで。
レイフォードの身体が、ふらりと倒れた。
「ちょっ……嘘、何が起こってんの?!」
「慌てるのは後だ、取り敢えず状態の確認をするぞ!」
反射的に差し出した手で、何とか『少女』が石畳に激突する前に支えたヒルダ。
しかし、頭は混乱の最中であった。
状況からして、原因はジークが眼鏡を外させたこと。
だが、それが倒れたことと結び付かなかったのだ。
どこから見ても、これは何の変哲もないただの眼鏡で、生命維持装置には見えない。
なら、ジークが何かしたかと思っても、彼はそんな器用なことが出来る質ではない。
では、どうして彼女は倒れたのだろうか。
そう考えるヒルダの腕に抱えられた少女の状態を、ジークが診る。
見たところ、 十代後半ほど。
酒を飲んでいるようには見えず、毒物を摂取した様子もない。
ならば、考えられるのは、突発性の病気か。
首筋で脈拍を測れば、かなり早くなっていることが分かった。
「……クソ、こんなことなら医療講習受けときゃ良かった!
下手に動かしちゃ駄目なんだよな?!」
「基本は!
でもここ、人通り多いし、病院は遠い。
もっと安全な場所に移動させないと!」
病院は北側の端にある。
大きな王都で、この人混みの中を移動するとしたら、一時間は掛かる。
今日はいくらか暖かいとはいえ、今は冬真っ盛りだ。
この状況下、この体調の少女を一時間放置するのは危険だろう。
しかし、医療知識のない二人がこのままどれだけ処置を行おうとしても、事態が好転することはない。
寧ろ、悪化する可能性の方が高い。
「……いったい、どうすれば──」
「お困りのようですね。
良ければ、わたしに任せてくださいませんか?」
突然、背後からそんな声が聞こえる。
まだ若さを残す、少女のようにも聞こえる青年の声が。
二人が急いで振り返れば、そこには銀髪碧眼の青年が佇んでいた。