四節〈変人ここに極まれり〉/1
ごおんと鐘の音が聞こえた。
もう十二時を過ぎたようだ。
ティムネフスを出発して約八時間。
太陽が空の中心に浮かび、人々を明るく照らし出している頃。
レイフォードたちが乗る馬車は、王都の直ぐそこまで迫っていた。
「……やっぱり大きいなあ。
シューネの倍くらいありそう」
「面積的には二倍でも、人口は四倍だったかな。
この町の中にそんなに沢山の人が住んでるって考えると、ちょっとびっくりだね」
王都テラ。
アリステラ王国の中央にある絶対的中心都市であり、国内最大規模の町だ。
都市国家であったテラをそのまま流用しており、市内には大昔の痕跡がいくつも残っている。
人口は約十二万人。
シューネが六万人、ティムネフスでも八万人であることを鑑みると、発展度合いが目に見えるだろう。
事実、流行の最先端はこのテラだ。
文化的にも商業的にも、この国の頂点と言って良いだろう。
特徴的なのは、やはり堅牢な城壁と巨大な城だ。
王都に訪れた際、真っ先に目に入る城壁は白煉瓦が積み重ねられたもので、術式刻印による効果か、建国から千年以上経っても色褪せることがない。
同じ建材で造られただろう城も同様だ。
是非眼鏡を外して、その術式を解き明かしてみたい。
しかし、入場審査を待つ長蛇の列がそれを許さない。
ぱっと見ただけでも百人はいるだろう。
「……子どもが多いな。
俺たちと同じく、中央の試験を受けに来たみたいだ」
列を観察していたテオドールが、帯剣しているものを数えながらそう言った。
彼にとって、刀剣を持つ者は皆競争相手だ。
特別奨学生であるレイフォードたちは試験項目を選択することができる。
貴族科を除いた十一学科のうち、騎士科の試験項目を選んだテオドールは筆記試験の後、武器を用いた実技試験が控えていた。
実技試験は大きく分けて二つ。
試験用の魔物の討伐と、受験生同士の模擬戦だ。
討伐は、己が持ち込んだ武器を使い、学校側から割り振られた班で魔物を討伐することが試験内容だ。
班はその年の受験生の総数にもよるが、大体は四人班。
前衛二人、後衛二人になるように調整されている。
ただ、これも受験生の持ち込んだ武器によって変わるようで、前衛四人の班もあるらしい。
武器の持ち込み自体には特に制限がなく、剣以外にも槍であったり弓であったり、変わり種だと鞭なんてものを持ち込む者もいるらしい。
討伐には一班一人試験官が付き、危険であるようならば即刻試験を停止するよう徹底しているらしく、余程のことがなければ命の危機に関わるようなことはない。
事実、創立からかなりの時が経った今でも、怪我人は居れども死亡者は零だ。
テオドールに関してはどちらかと言えば、こちらの試験の方が得意だろう。
クロッサスの町の騎士団に同伴して討伐を行ったこともあり、魔物の取り扱いは十分承知の上だ。
得意の精霊術も加減なく発揮できるだろう。
唯一の懸念点は同班の仲間がどれほど動けるかが不明なところか。
しかし、レイフォード自身は、そこまで心配していない。
彼はどんな困難が起こっても、直ぐに対応してみせるだろうと確信しているからだ。
もう一つの試験、模擬戦は受験生同士が戦い、彼らの対人戦闘の技量を見るための試験だ。
受験生全体を二人組に分割し、二対二の状態で行う。
全人数が奇数の際は補助員が入ることで調整するようだ。
試合は安全性の確保兼不正防止のため、真剣ではなく、学校側が用意した木製の武器を使用する。
弓を使う者は、鏃が布と綿で出来た矢が用意されているらしい。
使用本数の制限は特に無い。
しかし、遮蔽物がない都合上、遠距離武器の使用者は基本不利な試験となっている。
開始位置は双方かなり離れているというが、それでも不利なことには変わりないだろう。
テオドールの使用武器は片手直剣。
最も一般的な武器と言えるものだ。
何でも一通り扱えるようにしているらしいが、一番使い慣れているのがそれらしい。
未だに観察を続けていたテオドールが入場審査の列のある一点を見つめた。
「……あいつ、強い」
彼の視線の先に居たのは、短弓を背負った一人の少女だ。
弓を持っていること以外、同年代の普通の少女にしか見えない。
レイフォードと共に顔を見合わせたユフィリアがテオドールに問う。
「普通の子にしか見えないけど……」
「そうだな、そう見えるのが平常だ。
あれは、慣れてないと分からない。
俺だって、一目じゃ分からなかったし」
テオドールは両手の親指と人差し指が長方形になるように指先を合わせ、件の少女がその中に入るようにする。
そうして、こう呟いた。
「……完全に気配を周囲に同化させてるんだよ、あいつ。
狩猟に慣れている奴だ。
多分、北部出身。
服装もそうだし……何より、あの弓の素材は俺の杖と同じだ。
これは北に出た変異種から採った素材で、提供元は地元の猟師。
弓の名手と名高い猟師らしい。
それがあいつか、その知り合いなんじゃないか?
……と、思う」
「……凄いね」
饒舌に語る内容は、正直に言えば若干引いてしまうものだった。
顔も識別出来ないほど離れているのに、よくそこまで分かるものだ。
テオドールの視力はとても良く、遠くまで見通せるため、彼の視界では彼女の姿が鮮明に見えているかもしれない。
人の範疇で良い方のはずのユフィリアが分からないと言うのだから、事実は彼だけが知るのだが。
数分後、件の少女は審査を終えたのか、城壁の中に消えていった。
「あの子も騎士科受けるのかな?」
「どうだろう。ただ王都に来ただけかもしれない」
流石のテオドールもそこまでは分からないようで、肩を竦めた。
同年代、武器を所持、この日に王都に訪れる。
この三要素も含めれば、確率は五割ほどか。
結局のところ、彼女が受験をしてもしなくても、レイフォードたちには何の問題も無いのだが。
どうしても気になるならば、丁度受験しに行くテオドールがいるのだから、確認してもらえば良い。
じりじりと馬車は動き、徐々に距離が短くなっていく。
この調子で行けば、あと五分も待てば番が回ってくるだろう。
暇を潰すために、レイフォードはユフィリアに顔を向けた。
「……そういえば、『特三』以外の学科って、実技の代わりに討論会をするんだよね」
「うん。十人一組で出された話題について話し合うの。
基本、学科と時事に沿った内容を出されるけど……結局は運。
知らないことがお題になったら、目も当てられないよ」
そう言って、ユフィリアは溜息を吐いた。
『特三』とは、特殊三科と呼ばれる貴族科、騎士科、神秘科の略称だ。
これらは実技試験内容が特殊な他、貴族科に至っては入学試験が存在しないという、他と異なる性質を持っている。
残りの九学科の実技試験内容は、討論会だ。
ユフィリアの話通り、教育学科ならば教育について、理工学科ならば理工系について話し合う。
試験時間は前半二十分、後半三十分、間の休憩が五分だ。
どこの学科でもそうだが、教室数の関係上全試験を一度に行うことはできないため、組を更に分割して行う。
討論会のお題は開始時間によって異なるため、友達から内容を聞くなんてことは出来ない。
事前準備なしの真っ向勝負というわけだ。
基本、そこまで難しい話題が選択されることは少ない。
社会経験の少ない十二歳でも、十分に考えられるものが出題される。
寧ろ、一番大切なのは開始前の交流だ。
大体の受験生は試験の数時間前に会場入りし、同じ組となった者と世間話をする。
これにより相手と自分が合うか合わないかを見定め、そして討論での仲間を作る。
盤外戦術のようなものだが、別に不正でも何でもない。
受験者への妨害でないならば、監視の試験官も特に文句は言わない。
彼らも彼らで、受験生同士の交流を促している節もあるのだ。
ほどよく緊張が解れ、良い調子で試験に挑めるからだろう。
社会において、縁というものは大切である。
無ければ生活はままならないし、社会性のない人などただの獣だ。
学校という社会性と学問を学ぶ場であるならば、相応の力量が無ければ話にならない。
だからこそ、交流は推奨されるのだ。
まあ、孤高の狼のような者もいるのは確かなのだが。
やがて、レイフォードたちの番になる。
検査用の術具に触れ、問題がないことが分かれば、あとは門を潜るだけ。
見上げるほど大きな城壁を潜り抜け、広がった景色は人で溢れ活気に満ちた街であった。
「……これ無かったら、絶対無理だ」
「ちゃんと付けててよ?」
「勿論」
水晶鏡面越しに世界を視ながら、レイフォードたちは王都を散策する。
現在時刻は凡そ十二時三十分。
こんな時間にすることといえば──そう、昼食の確保である。
育ち盛りかつ、朝早くから動き続けていた彼ら。
至極当然、お腹が空いていた。