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五節/4

「……もう時間かあ」



 窓から差し込む光が茜色に染まった頃、ユフィリアは寂しそうに呟いた。

 シルヴェスタとディルムッドの議論が終わり、ユフィリアは帰る頃合いとなってしまったのだ。

 レイフォードの部屋の外には、迎えに来たオズワルドが立っている。


 

「お父様も、もう少し話してくれればいいのに」

「仕方ないよ。

 レンティフルーレ領、それもシューネはここから二時間くらい掛かるんだから」



 ユフィリアの住む都市、レンティフルーレ領最大の商業都市シューネは、王国東部で二番目と呼ばれるほど栄えていた。


 最大都市はイカルスノート公爵領のティムネフス。

 それに次ぐ二番目と言うことで、発展度はクロッサスとは比べ物にならない。

 クロッサスほどの町ならば彼の領にいくつもあるだろう。


 ただ、クロッサスは最東端の町として城壁と戦力は他の町、それも王都と引けを取らないはずだ。



「……次会えるのはいつになるの?」

「二人とも忙しいし、結構時間が開くんじゃないかなあ」



 シルヴェスタとディルムッド。

 互いに高位の爵位持ちにして領主であるのだ。

 シルヴェスタが仕事の多さに苦慮している姿はよく見る。

 一つ上の爵位で、更に発展している領を統べるディルムッドの仕事量は計り知れない。



「会えないのは……嫌だなあ……」



 ぐりぐりと髪が乱れることもお構いなしに、椅子に座った身体を倒して、掛け布(シーツ)越しのレイフォードの腿に頭を擦り付ける。


 

「僕らには、どうしようもできないからね」



 綺麗に二つに結ばれた髪を崩さないように、優しく頭を撫でて慰める。

 ただの五歳児である二人には、大人の仕事をどうすることもできなかった。


 唸りながら大人しく撫でられていたユフィリアは、何かを思い付いたようでがばりと起き上がった。



「そうだ、手紙! 手紙、書こう!」

「手紙……?」

「手紙なら直接会えなくても話せるでしょ。

 毎週夜の曜日に出せば、明けの曜日には届くはず!」



 いい考えだ、とレイフォードは納得した。

 それなら離れていても互いのことについて分かる。

 滅多に会えない二人にとって、これ以上ない提案だった。



「じゃあそうしようか。便箋、買わないといけないね」

「毎週夜の曜日、必ずね! 忘れたらお仕置きだから」



 身体に比べ大きな椅子から飛び降り、軽く音を鳴らした。

 菫色の裾を靡かせて、木製の扉へ駆け寄る。



「じゃあね! また今度」

「うん、また今度」

 


 手を振り合って少女が扉の裏に隠れれば、レイフォードは肩の力を抜いた。

 久し振りにこんな長い時間人と話して、身体を起こしていたのだ。

 疲労感は、ないとは言えなかった。


 だが、ユフィリアと過ごす時間はとても楽しかった。

 記憶にある中で、一番と言えるほど。


 大きく息を吸い込んだ。

 身体を起こし、足を寝台脇(ベッドサイド)に下ろす。

 そこから少し足を伸ばして、床に自身の足を付けた。


 今なら行ける。

 精一杯の力を振り絞って、レイフォードは己の足で立ち上がった。

 身体に力が入らない。

 直ぐにでも崩れ落ちそうだ。

 だが、挫けることはできない。


 数歩踏み出して、屋敷の正面側が見える窓へと歩み寄った。

 窓枠に寄りかかるようになりながらも窓掛け(カーテン)を開けて、小さな身体を乗り出した。


 眼下では、少女と男性が馬車に乗り込もうとしている。

 歩いただけで息も絶え絶えなレイフォードは、大きな声を出すことはできなかった。


 気付いてくれないだろうか。

 そんな不安を胸に彼女らを見下ろす。


 大きくな風が吹いた。

 木の葉が散り、木々が座喚き、春の匂いがふわりと香る。


 ふと、ユフィリアは上を見た。

 誰かが私達を眺めている、そんな気がして。

 予想通り、見上げた先にはとある少年がいた。


 風に髪を揺らしながらユフィリアが気付いたと察すれば、彼は大きく手を振ってくる。


 心が歓喜に震えた。

 白い肌が紅潮し、吐き出す息に熱が帯びる。

 緩む頬を必死に抑え、渾身の力で大きく手を振り返した。



「……随分仲良くなったんだね」

「うん! 初めてできた、一番仲が良い友達!」



 屈託の無い笑顔で、ユフィリアは答える。

 ディルムッドは意外だった。

 人見知りの気がある娘が、あの少年とここまで仲を深めるとは。

 今日はいつにも増して驚くことが多い。


 この笑顔を壊さないためにも、我々は少年を生かさねばならない。

 愛する者の、笑顔のために。

 ディルムッドは、そう娘の笑顔に誓った。






 馬車が森の木々に隠れていく。

 茜色に染まる世界を駆けて、家へと帰っていく。


 完全に見えなくなると同時に、レイフォードはへたり込んだ。

 足は生まれたての子鹿のように震え、もう一度立つなんてできやしない。

 這いずることがやっとだった。


 壁に寄りかかって、目を瞑る。

 思い浮かべるのは、少女の笑顔。

 そして、とある少年の笑顔。


 大きく息を吸う。

 肺が膨らみ、酸素が身体を巡る。

 酸素を運ぶ血は心臓によって送り出され、心臓自身は絶え間なく動き続けている。


 ああ、生きている。

 例え、あと二年の命であっても、今ここに生きている。


 右手に力が込められる。

 血が出てしまいそうなほど強く。

 二度と、この手を放してしまわないように。


 繰り返してなるものか。再び奪わせてやるものか。

 希望を幸福を、世界を照らす光を。


 もう、喪うわけにはいかない。

 『神様』なんて居なくたって、絶対に。






 その日、壊れた人形は誓った。

 大切なものを守る誓いを。


 それを守るためならば──この仮初の生命すら懸けてやる、と。






 閉幕:一章【人形届かぬ白日】 ────機械(deus )(ex )掛けの神(machina)────

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