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三節〈似て非なる想い人〉/1

 部屋に入ると、緩い格好のキャロラインが待っていた。

 赤い寝間着(ネグリジェ)は、ほぼ全身が隠れているにも拘わらず、彼女の色気を際立たせる。

 レイフォードでなければ、直ぐに視線が吸い寄せられていただろう。



「おお、やっと来たか」

「お待たせいたしました。少々、着替えるのに手間取りまして……」



 入浴後、レイフォードはキャロラインの自室に向かった。

 食事後にアルバート自ら耳打ちされた内容は、『キャロライン様は自室でお待ちしています』の一言のみ。

 いつものように応接間ではなく、自室に通されるということは、それ相応の対応をされるということだろう。


 意図を読み取ったレイフォードは、アルバートに感謝を告げ、平静を装って大浴場に向かう。

 先に向かっていたテオドールと合流し、またもや荘厳かつ絢爛な空間に萎縮しながらも、旅で疲れた身体を癒やした。

 勿論、レイフォードは男風呂であるし、男女別浴である。


 そこまでは問題は無かった。

 風呂上がりからが問題なのだ。



「どうだ、楽しめたか?」

「十分楽しませていただきました、ありがとうございます。

 ……ところで、この服はどういった意図でのご用意でしょうか……?」



 ぐっと引っ張ったのは、綿毛のような布の帽子(フード)

 丸く、くりくりとした黒い(ボタン)と、楕円形の布地が追加で付いている。


 レイフォードの問いを、キャロラインは堪え切れず鼻で笑った。

 そうして、更に三段笑いをする。

 最早、物語の悪役のような完璧な三段笑いであった。



「それは──私の趣味だ!

 見立てに間違いはなかったようだな!

 よく似合っているぞ!」

「……趣味ですか、そうですか……」



 垂れた『耳』を弄りながら、レイフォードは椅子に着席する。

 

 風呂上がりに着替えとして置かれたもの。

 それがこの兎の着ぐるみのような寝間着だった。


 初めは目を疑った。

 誰かが多織留(タオル)と間違って持ってきたのだろう。

 まさか、これを寝間着にしろとは言わないだろうと。

 しかし、持ち込んだ己の寝間着で外に出たところ、使用人の一人に言われてしまったのだ。



 ────キャロライン様のお部屋に向かう際は、ご用意した寝間着を着用の上、お越しいただきますようお願いします。



 と。

 悲しいかな。

 そう言われてしまえば、レイフォードに拒否権なんて無いのである。


 一番怖かったのは、この寝間着を着た際に大きさが丁度良かったことだ。

 自身の身体の大きさを彼女に教えたことはなく、知っている者がわざわざ教えるわけもない。

 ならば、彼女はどうやって測定したというのか。


 

 ────まさか、目測で……?



 とある可能性に気付いてしまったレイフォード。

 そういえば、キャロラインは武術の達人。

 歩行の姿勢や僅かな動きから、体調を見抜くほどの猛者だ。

 であれば、目測も出来るかもしれない。


 もしや、これから先も、時々こんな格好をすることを強いられるのではないか。

 頭の中を過ぎった未来について、レイフォードは考えるのを止めた。


 ただ、この寝間着。

 見た目にさえ気を遣わなければ、着心地はとても良い。

 もしかしたら、特注品(オーダーメイド)かもしれない。

 彼女ならば、そういうこともするだろう。



「なんだ、気に入ったか?」

「着心地は大変良いと思います。着心地は」

「持って帰っても良いのだぞ」



 持っているのが判明すれば、絶対に弄られる。

 持って帰れるものか。


 愛想笑いをしながら、内心は叫び倒していた。

 大人びているとはよく言われるが、それでもレイフォードは思春期の少年なのである。

 周りからの視線は気になるものなのだ。



「そうか、残念だ。一度でも見られただけで良しとしよう」



 わざとらしく肩を落とすキャロライン。

 だが、その頬は弛みに弛みまくっていた。

 どこが残念なのだろう。 


 レイフォードが早くも疲れていると、彼女は脚を組み、己の横の位置を叩く。

 その不可解な行動は、嫌な予感しかしなかった。



「……どうしたのですか?」

「分からぬのか?」



 分かっているから。

 分かっているからこそ、否定してほしいのだ。


 現在、レイフォードはキャロラインの対面に座っている。

 『一応置いておきました』と言わんばかりの椅子に。


 何となく違和感があった。

 いつもと違い、応接間ではなく自室に招かれたこと。

 部屋と合わない椅子が置かれていたこと。

 

 それらは、今この状況を作り出すための策であったのだ。

 キャロラインの隣に、レイフォードを座らせるための。



「……どうしても、でしょうか」

「どうしても、だ。

 安心しろ、変なことはしない」



 諦めたレイフォードは軽く息を吐き、彼女の要求通り隣に座る。

 指定された位置より距離を開けて座ったが、引き寄せられてしまったので効果はなかった。



「……あまりそういうことをされますと、婚約者に怒られてしまいますので」

「許可は貰ってきたぞ? 先の入浴中にな」



 どうやら、ユフィリア公認であったらしい。

 何故許可を出した。

 本人の意思はどこに行った。


 そんなことを考えるレイフォードだが、キャロラインの行動により思考が停止させられる。



「あの、何を……?」

「邪魔だな、取るぞ」



 急に右腕を持ち上げられ、上から重ね合わせるように右手を包み込まれた。

 かと思えば、いつも通り付けていた手袋を外され、また先程のように重ね合わされる。

 左手は引き寄せるように肩を掴んでいたが、レイフォードが大人しく引き寄せられたからか、目尻から輪郭を撫でるように移り変わった。

 それらが、何とも(くすぐ)ったい。



「そこまで緊張しなくていい。

 ……そうだな、夕食はどうだった?

 料理長に頼み込んで、お前たちの好物を用意させたのだが」

「……その、とても美味しかったです」



 緊張しないという方が無理だろう。


 好き勝手に触られながらも、平常を保とうと努力する。

 しかし、それなりに感覚の鋭い身体は、時々どうしても反応してしまう。

 それが緊張により研ぎ澄まされている結果なのか、それともキャロラインの触り方によるものなのかは、レイフォードには知る由もなかった。



「確かお前は煮込み料理が好きだったな。

 今日の献立だと、赤茄子(トマト)煮か?」



 耳元で囁かれる言葉にゆっくりと頷く。

 すると、一度手が止まり、彼女は優しく呟いた。



「……味も判れば、好みもある。

 出会った頃と比べれば、確かな成長だな」

「……そう、ですか」



 思い返すのは、七年ほど前のこと。

 過剰症の治療のためにティムネフスを訪れ、その際にキャロラインと出会った。


 あの時の己は、盛大に拗らせていたと思う。

 治療法が見つからない焦燥感と、まだ痛みに身体が慣れていないことから精神的にも参っていた。

 発症してから三ヶ月ほどのことで、後遺症からまともに動けていない時期だから、というのもあっただろう。

 身体の不調が、そのまま精神的不安になっていたのだ。


 仮面を被るのは得意であったからか、シルヴェスタたちは気付けていなかった。

 その中で唯一気付けたのがキャロラインだった。



 ────……隠し通そうとするのは血筋なのか?

 お前たちは本当に……いや、やめておこう。



 レイフォードの右手を握り、懐かしむように言うキャロライン。

 彼女の真意を知った今、あの言葉の先について、レイフォードは何となく察せてしまっている。


 その後、体調が回復すると共に、精神状態も良くなっていき、事件から半年も経てば外面は発症前と変わらないほど繕えるようになった。

 外面すら繕えなかった頃と比べれば大躍進だ。

 まあ、そこから一年と経たずにまた拗らせてしまうのだが。



「やはり、女か?」

「女って……まあ、ユフィリアが居たからこそ、今の僕があるのはその通りです」



 始まりも終わりも、己の人生を変えてきたのはユフィリアだったと思う。

 彼女と出会ったからこそ生きる活力を得られたし、彼女を守ったからこそ生きる活路が拓けた。


 もし、あの時。

 ユフィリアを守れなかったら。

 もしくは、あの事件が起こらなかったら。

 己が死ぬことがなかったら。

 恐らく、レイフォードは『死んで』いただろう。

 今のような『人』ではなくなっていたはずだ。


 だから、今この世界に生きていられるのは、他ならない彼女のお陰なのだ。



「……そうか」



 しみじみと呟いたキャロラインは、ぱっとレイフォードから手を離した。

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