十節〈君と過ごす、何でもない幸せな日〉/1
翌日。
滞りなく放課後を迎えたレイフォードたちは、共に教会へと向かい、葬儀に参加した。
「……テオドール。あの姉ちゃんは来ねえのか?」
葬儀開始の直前、オルガがそんなことを訊く。
一瞬言い淀み、テオドールは何とか答えを搾り出した。
「ああ……どうしても抜けられない『仕事』があるらしく、参加は出来ないって」
「そうか。大変だな、大人は」
昨晩から姿を見せないセレナとセリアーノ。
二人を心配して安否を尋ねるレイフォードだったが、彼らの状況を知るであろう者に聞いても『仕事』をしに行ったとしか答えてくれない。
恐らく、記憶処理が絡んでくるような案件なのだろう、と深入りすることはしなかった。
テオドールも同様で、特に情報を与えられていない。
だから、言い淀んでしまったのだ。
暫くもしないうちに、葬儀が始まった。
司祭と修道士の女性が、棺に入ったシャーリーを運んでくる。
動物用の小さな棺だった。
晴天の下で執り行われるリセリス教式の葬儀。
今日も吹く風が、秋の薫りと共に死の匂いを運ぶ。
棺桶の蓋が外され、顕になる内部。
そこには、昨日と変わらない姿で眠り続けるシャーリーがいた。
当然だが、ぴくりとも動かない。
ああ、シャーリーは本当に死んでしまったのだ。
ウェンディはまた涙を零しそうになる。
けれど、彼女は泣かなかった。
歯を食いしばり、涙を堪えた。
後に聞けば、『悲しい気持ちでお別れをしたくなかったから』だという。
オルガとルーカスも、同様だ。
割り切ったとしても、哀しみは絶えない。
それでも、皆前を向くのだ。
白く小さな木製の棺。
それとシャーリーの隙間に、様々な花を詰め入れていく。
菊や、蘭、百合。
色とりどりの花の数々。
「……ありがとう。そして、さようなら」
最後に、オルガが水晶花を手に持たせるように添えた。
各々が椅子に座れば、司祭が祈りの言葉を唱える。
「──〝世界をあまねく見守られる数多の神々よ。
この度もまた、一つの生命が絶え入りました。
魂は寄る辺を失い、灯りを失い、世界に揺蕩い彷徨っております。
どうか、彼女に天への導きをお与えください。〟」
──〝明き光を、天へと導く灯火を〟。
焔が棺を包んだ。
真っ白な焔。
明るく、温かい灯火。
魂を無くした肉体を、一つ残らず消し尽くす。
しかし、全く熱いとは思わない。
十数米も離れていないというのに、熱気が伝わることがないのだ。
これは、この儀式術式の性質によるものだ。
実際の炎で火葬する場合、炎の温度は八百から千二百ほど。
これ以下であると有害物質が発生し、以上であると骨も残らず灰になってしまう。
よって、炎の色は『赤』であり、それ相応の熱気が伝わってくるはずだ。
だが、この術式はただ『焔』を外見として使っているに過ぎない。
人々の、世界の『焔』への概念を利用しているだけ。
本質は、『対象を消す』ことなのだ。
古来より、炎は恐れ敬われてきた。
人の生活に必要不可欠であるが、命を奪うときもあること。
不浄なものを焼き尽くし、清浄にすること。
闇を照らし、光に導くこと。
例を挙げれば切りがないほど、人と炎の関わりは深い。
生命の終わらせ、しかして生命を始めさせる。
瞬きにも足らない刹那の象徴であり、果てなき永遠の象徴。
だからこそ、この術式は神の力を示す白をもって、『焔』を模っているのだ。
中身のない虚構でも願われ続ければ、やがてそれが真実になるように。
ただ消すだけのそれは、忌まれるべきその力は。
希望を届けるものとなってしまった。
両手を組み、額に触れるほどの高さに固定し、祈る。
想いを込めて、願いを込めて。
ただ、彼女の幸せに向けて。
骨だけを残し、焔が掻き消える。
役目を終えたのだ。
修道士が粉になるまで骨を砕き、特殊な箱に詰めた。
箱の上部には、アリステラ語でシャーリーと刻まれている。
埋めたとき、きちんと土に還られるように加工された箱。
それも、人のものより二周りほど小さい。
「さあ、皆様。墓地へと参りましょう」
司祭のその声に皆が立ち上がり、目的地へと歩を進めた。
町外れの森、領主館の裏手にある──どちらかといえば、領主館が裏手にあるのだが──クロッサスの墓地へと。
ふと見上げた爛々と輝く太陽は、灼き尽くされてしまうほど熱いわけではなかった。