表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/170

七節〈英雄譚なんて碌でもない〉/1

「はい、ということで。答え合わせです」

「いえーい、どんどんぱふぱふ」

「おお……」



 門を抜けた先。

 屋敷が建つ、町外れの森へ向かう途中。

 周りに誰一人居ないことを確認したレイフォードが、唐突に手を打ち鳴らした。

 間髪入れずセレナが盛り上げ、テオドールは勢いで流れに乗ろうと──。



「いや、どういうことだ?!」

「アタシが言うべきじゃ無いとは思うんだけど、アンタらそれでも良いわけ?」



 夜中の街道に少年の叫び声が木霊する。

 意味の分からない二人の言葉にツッコんだかと思えば、頭上から声が聞こえたためである。

 ずっしりとした重みのあるそれを引き剥がし、自身の視界に入れる。


 雪のように白い体毛。

 頭頂部についた三角型の耳。

 青い瞳を細めた、ふてぶてしい表情。

 ぶらんと伸びた手足に、ぷっくらとした肉球。

 それはどこからどう見ても──。



「……は? 猫?」

「猫だね」

「猫です」

「猫よ」



 テオドールの脳は回転を止めた。

 何故この見覚えのある猫は突如現れたのか。

 何故自身の頭部に張り付いていたのか。

 何故彼らはこの状況に付いて行けているのか。

 全て、理解不能だったからだ。



「……ほら、ちゃんと説明しなさいよ。

 この子、動かなくなっちゃったじゃない。

 っていうか、そろそろ離してくれる?」

「はいはい。テオ、失礼するよ」



 レイフォードは、固まったテオドールの手を取り外し、猫を自由にさせる。

 拘束を解かれた猫は、疲れたように溜息を吐いて空中を浮遊し始めた。



「……夢でも見てるのかな。

 シャーリーが生きてるし、空を飛んでるように見えるんだけど?」

「残念、現実だよ」



 ほらと頬を抓ってくるレイフォードの手を丁重に叩き落とし、テオドールは説明を要求する。



「……どこから話すべきかな。取り敢えず、始めからでいいか」



 彼が語る内容は、テオドールにとって筆舌に尽くしにくく。

 更に、頭を抱えたくなる内容であった。






 ことの始まりは、皆でオルガたちの秘密基地に辿り着いた時だった。

 彼らでは絶対に出来やしない隠蔽術式の数々。

 強い精霊の気配。

 そこで、二人は気付いてしまったのである。


 ──シャーリーは、受肉した精霊だ。


 と。

 特殊な〝眼〟を持つレイフォードと、精霊の愛子であり、その辺りの感覚に敏感なセレナ。

 二人が気付くのは、当然と言っても良いことだ。


 テオドールが気付かなかったのは、彼自身が精霊の存在に近く、精霊の気配に鈍感であるからだろう。

 彼にとって、人と精霊の気配は相違ない。

 人混みも精霊混みも変わりないのである。

 あの場はいつも共に居る二人以外の気配があったことも、気付なかった一因であった。


 そうして、シャーリーが受肉した精霊であるとすると、一つの問題点が浮かび上がってくる。

 今回の出来事が全て仕組まれた『演劇』とされてしまう、最低最悪の一手。

 しかし、全てが大団円(ハッピーエンド)になる神の一手。


 それは──精霊は、死ぬことがないということだ。


 精霊とは何か。

 そう問われれば、研究者たちはこう答える。

 『意思を持つ源素の塊だ』と。


 源素は世界に満ちる、神秘の原動力(エネルギー)そのもの。

 それが特定環境を原因として一点に集まり塊となり、意思を持つことで精霊となる。


 アーデルヴァイト領にある精霊領域とは、前述の特定環境の中で最も条件に適している土地であり、精霊を生み出し続けることからそう呼ばれている。

 アーデルヴァイト家が最東端の領地を任されているのも、『精霊領域の管理に精霊の視認化が必須である』というのが大半の理由だ。

 

 そして、研究者たちはと注釈を付けたのは、一般的には精霊は超自然的存在として扱われているからである。

 神によって作られ、神より近い場所で世界を見守るもの。

 人々の生活に寄り添い、共に生きるもの。

 この価値観もまた、神秘の情報規制によるものだ。

 

 精霊の区分は形状と存在強度の格でそれぞれ四つずつ、計十六ある。


 人の姿をとる《人の精霊》、空を飛ぶ生物の姿をとる《空の精霊》、海に棲む生物の姿をとる《海の精霊》、地上で暮らす生物の姿をとる《地の精霊》。

 それらが《下位》、《中位》、《上位》の三つと、例外である《特位》という格に区分される。

 格が上がれば上がるほど精霊の知能は高くなり、姿も鮮明になっていく。


 姿を表すだけなら下位・中位でも出来るが、受肉できるのは、形の固定化が可能な上位か特位の精霊である。

 そのため、特位の希少性からして、シャーリーは上位精霊であると推察できたのだ。


 精霊は半永久的存在だ。

 源素というものは、物質ではなく。

 物質でないならば、定命はない。

 意図的に壊されない(・・・・・・・・・)、精霊は死ぬ──この場合の『死ぬ』とは、存在を保てなくなること──ことはないのだ。

 

 更に、受肉──自らを物質化すること──をしても、核である精霊自体には何の影響もない。


 つまり、シャーリーが精霊である時点で、今回の件の行き着く先はほぼ決まっていたようなものなのである。


 急に体調が悪くなったのも。 

 死ぬことがない精霊が『死ぬ振り』をしていたのも。

 そして、『死んだ振り』をしているのも。


 全てが全て、張本人(シャーリー)が仕組んだ計画だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ