六節/3
息を多少荒くし、膝に手を付くレイフォード。
隣でけろりと佇むセレナ。
足元に転がるルーカスと、座り込むウェンディ。
そして、超小規模の精霊術の応酬を繰り返す問題の二人。
確かに超小規模精霊術による擬似決闘──《強化版じゃんけん》は、彼らにとっては最適な戦場ではあるのだが。
火の矢。
水の槍。
風の刃。
土の槌。
口から発せられる術式全てが、初級とはいえ攻撃術式なのである。
それを高速で、餅搗きの如く繰り返す二人。
生半可に介入しようものならば、巻き添えを喰らうことは避けられないだろう。
レイフォードは息を整え、周囲を見る。
ルーカス、ウェンディは撃沈、セレナは傍観という名の観賞。
自ら止める気はないようだ。
つまり、現在彼らの暴走を止められるのは、レイフォードしかいない。
セレナを説得するという手も無くはないが、例のアレを使ったほうが早い。
最近使うこともなかったことから、丁度良いだろう。
そうして、レイフォードは一歩、戦場に踏み出した。
《強化版じゃんけん》とは何か。
それは、数百年民間で語り継がれている伝統的な遊戯であり、簡易的な決闘である。
初めに、術者同士は神に誓って契約を結ぶ。
これをすることで、術式は超小規模になり、例え広範囲、高威力だとしても半径一メートル、強めの拳骨ほどに抑えられる。
何人かの狂人は契約無しの死合をするときもあるらしい。
次に、攻手と防手に別れ、攻手は超小規模の術式を発動する。
対して、防手は術式が現実に効果を及ぼす前に無効化するか、防御術式を展開し己に効果が及ばないようにする。
それを繰り返し、無効化もしくは防御が出来なくなった方が負けという簡潔な規則。
どちらも精霊術の発動速度が早くなければ成立しない強化版じゃんけんは、術者の技量が高ければ高いほど外部からの干渉が難しくなる。
何故なら、術式自体に干渉防御をし始めるから。
通常よりも多くの源素が込められた術式は、数秒にも満たない詠唱時間中に干渉することを許さない。
よって、ある程度まで行くと、無効化よりも防御をすることが多くなる。
相手の詠唱中は妨害はされることなく、難易度も防御術式の方が簡単なのだから当たり前だ。
そもそも、無効化は基本危険が大きい。
失敗したときは防ぐ手はなく、成功したとしても即座に次の手が始まる。
得られる結果は防御と変わらなく、寧ろ防御中は若干詠唱が出来る。
無効化を使うのは、『相手を舐め腐っていると宣言しているようなもの』 と言う者だっている。
だが、しかし。
相手への干渉が『無効化』ではなく、『改変』だとしたら。
攻手の術式の向きを変える。
防手の防御術式を、防手自身に向けた攻撃術式に変える。
そんなことが出来るとしたら。
それは──反則である。
「〝精霊よ、雷の──〟」
「〝堅牢たる鋼の──〟」
「〝閃く光!〟」
思い切り声に魔力を載せ、削りに削った最低限の詠唱を発する。
レイフォードの身体に宿る、無尽蔵の源素。
それを極限まで込めた干渉に耐えれる訳もなく、彼らの防御は貫かれてしまう。
突如書き換えられた術式は、閃光を放つもの。
超小規模であるから、本来の威力の十分の一もない。
精々軽い目晦ましだが、この暗闇の中だ。
光が強く見えることもあるだろう。
現に、目蓋を閉じたレイフォード以外の二人は、石畳に膝を付き、痛みに悶えている。
「オレの術式が書き換えられた……だと……?」
「……レイくん、それ反則だから禁止って前に決めたよね?!」
「規則は破るもの。いいね?」
良くない、と二人の声が重なった瞬間だった。
「何の騒ぎです?」
「あ、やべ」
がちゃり、と扉が開かれる。
姿を表したのは、初老の男性。
ゆったりとした衣服を身に纏い、手には杖が握られていた。