六節/2
そうして、レイフォードたちは教会から暫く歩く。
現在目指しているのは、オルガたちが住む孤児院。
遅くなったこともあり、送り届けることにしたのだ。
「ああそうだ、聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? 何だよ」
レイフォードは、頭一つ分ほど上にあるオルガの顔を見て問い掛ける。
「『神様』って何?」
背後から、悲鳴と噴き出す音。
振り返れば、口を抑えて震えるセレナ。
そして、オルガに飛び掛るテオドールが見えた。
テオドールは石畳を強く踏み切り、オルガの背に飛び付くと彼の胴体に脚を絡ませ、首に腕を掛ける。
恵まれた身体能力から繰り出される、美しき後絞め。
抵抗する間もなく、オルガはテオドールに絞め上げられた。
「……なんで?!」
「俺、お前許さない。口封じする」
「オレは何も悪くねェだろ! 離せ狂信者!」
意味が分からず困惑するレイフォード。
そんな彼を他所に一方的に攻撃を仕掛けるテオドールと、規格外な力の強さに振り払うことのできないオルガ。
大爆笑により呼吸困難のセレナと、それを気遣うルーカスとウェンディ。
場は混沌を極めていた。
「そもそもお前が口を滑らせたのが原因だろうが。
その身を持って償え」
「いや、まさか知らないとは微塵も……」
更に力を強めるテオドール。
瞳孔をかっと開いた猛禽類のような目は、今にも人を殺めてしまいそうなほどだ。
それは洒落にならないと、レイフォードはテオドールをどうにか引き剥がす。
「落ち着いてよ、テオ!」
「落ち着いていられるか! 俺の尊厳が掛かってるんだ!」
「だからなんで?! 何も分からないんだってば!」
じたばた暴れるテオドールを羽交い締めにし、説得しようと試みるも、あまり効果が示されない。
何故彼はこうも抵抗するのだろう。
レイフォードは何も思い付かなかった。
「……よし。
テオ、落ち着きなさい。
オルガ様は何一つ言及しておりませんし、レイフォード様はまだ何も知りません。
これ以上暴れるとなると、墓穴を掘ることになりますよ」
息を整えたセレナが、羽交い締めにされたテオドールの背後から肩を掴む。
ぴたりと動きを止めたテオドールは、振り上げていた拳をゆっくり下ろした。
「……本当に?」
「本当に。そうですよね、お二人とも?」
同時に頷くレイフォードとオルガ。
テオドールは二人とセレナの間を何度も往復すると、ゆっくりとオルガに歩み寄り、彼の肩に腕を回す。
「……言ったら殴り飛ばす」
「言う訳ねェだろ」
小声で話し合う彼らの言葉は、レイフォードには聞こえない。
セレナの手で耳を塞がれているのだから、尚更だ。
「……セレナ」
「いけませんよ、レイフォード様」
別に少しくらい良いじゃないか、という思いは儚く砕け散った。
それほど繊細な部分の問題なのだろうか。
知的好奇心が擽られるが、あのテオドールの慌てようからするに、追求は難しい。
彼の己への対応の甘さは自覚しているが、恐らく、それでも無理だ。
残念だが、今は諦める他ない。
発言の元がテオドールであると分かっただけでも十分だ。
彼が成長して、恥が無くなった辺りでもう一度訊こう。
レイフォードがそう心に決めた頃には、テオドールたちも密談を終えていた。
「……さあ、帰ろうか!」
「テメェが言える立場じゃねェだろ」
貼り付けた笑顔で帰路を示したテオドールの頭上に、オルガの手刀が降り注ぐ。
が、半身をずらし、最小限の動きで躱した。
無駄のない回避。
後絞めと共に、何度もイヴに叩き込まれた近接戦闘の成果である。
「……クソッ、一発くらい喰らいやがれ!」
「嫌だ。痛いのは嫌いだし」
「だから、どの口が──!」
と、文句が始まる前にテオドールが逃げ出す。
疾風迅雷、目にも留まらぬ早足。
一瞬にして、彼の背中が小さくなる。
「アイツ……! 待ちやがれ!」
「何だか分からないけど行くよ、ルーカス!」
「ええ?! 待ってくださいよ二人とも!」
怒髪天を衝くようにオルガはテオドールを追い、それに続いてウェンディとルーカスが走り出した。
先程までの混沌に目を回していた二人。
どれだけ状況が不明でも彼に付いていくのは、彼自身への信用の厚さ故か。
既に遥か遠くに行ってしまった四人の背中を眺め、返答の分かりきった問い掛けをする。
「……どうする?」
「私たちも走るしかないでしょう」
「だよね……追い付けるかなあ」
背負いましょうか。
遠慮する。
そんな問答を交わしつつ、レイフォードたちも宵闇の街を駆け出していく。
ぽつり、ぽつり。
夜空にいくつかの星が顔を見せ始めていた。
僅かな星月の光が大地を照らしていた。