第一話:紫黄と雫──scene5『来訪』
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曇る空に遺龍香の白い煙が昇っていた。
マルドク公国中央区に、鐘界の円卓と呼ばれる広大な広場がある。普段は公園として、又は公属の集会場として使われる場所は、今日も今日とて人が多い。
円場、外円廊、社はたかどの、鐘塔に、叡知の光水滝。
人は皆葬飾。涙は見せるも嗚咽は溢さず、粛々と遺龍香を焚いては、葬儀場を龍の香りで満たしていく。
広場の中心には故龍。
肉を昇華され、白亜の遺体となって横たわるかつての老龍に、人々は代わる代わる華を手向けて踵を返す。
私とティヴ……そして紫樹と黄樹も、その流れに混ざる。
会場を包む音は途切れない足音と、転がすような鐘の音。
遠くには龍史に名を刻まれた七種の龍達を祀る七つの鐘塔──……円上に規則正しく並び建つそれぞれが、亡き龍の御霊を慰めんと鐘を轟かせていた。
「──……」
変わり果てた老龍の姿を前にした時、二人の子は先に礼を済ませた人を真似たのか、胸に両手を添えて黙して見せた。
「兄様、これ貰ってきた」
その横で、ティヴが手のひらサイズの小さな苗木を私に差し出してくれた。
「あ……たすかる」
この苗木は、主に故龍の死に関わりを持った者が受け取る、慰み物。古い樹が龍と成る──そう記されている龍史に習い、龍の骸に木の苗を植える事は新たな龍の生誕を願う畏敬の心を表すとされている。
私はこれを受け取ると、興味深そうにこちらを見上げる紫樹と黄樹を見た。
「来るか?」
と聞いてしまってなんだが、また龍の言葉を喋られても敵わん。
本当は外廊での礼だけで済ませようと考えていたが、もう行ったれだ。二人が口を開くよりも先に、私はティヴと目配せをし、広場の中心──円場へと二人を促した。
円場には既に沢山の苗木が供えられていた。
公属達の儀礼は終えているよう……。即ち、この時間、こうして龍の骸に近づく者は疎らで、私達は少し目立つ状況にあるわけだ。
若干の後悔はあるが、私は何食わぬ顔で苗木を円場に備え付けられた祭壇に置く。その際、私の苗木よりも二回り程大きな苗木が置かれている事に気付いた。
これは、恐らくブレイドか、トドメを刺した隊員が持参した物だろう。こうして苗木が数多とあれど、実際に故龍の骸に植えられるのはこの一本だけ。
他の苗木は、寄り添う心を示されたと見せるだけで良い。
そうして、私が礼を終えた時である。
振り返った先で、ティヴも、紫樹も黄樹も、大勢の参列列席者もが、一様に空を見上げていた。
「……どした?」
「ちょっと……あそこに……」
ティヴが空を指差す。それと同時に、広場に集まる人々の上を、大きな影が流れていった。
それが何であるかを察し、私もすぐに天を仰ぐ。
影の主は、遥か空の上──。
彼の者は、まるで人間が取り仕切る『仲間』の葬儀を観に来たかのように、静かに……ゆっくりと虚空を旋回していた。
「──……龍……」
人の形などしていない、本当の龍ともあろうお方が、独りきりで街の空を滑るとは……とても珍しい事だった。
過去、幾度と無く行われていた御龍葬でも見られなかった光景に、私は感嘆すると共に胸に手を当て、敬意を示す。何もこれは私だけではない。広場にいる多くの人々──そして、遠くの離れにいる公属の面々や周囲の建物から葬儀を見物していた者達も同様。
それぞれが、それぞれの思う形で、龍の来訪を眺めていた。
──すると、何か冷たいモノが私の頬に落ちた。
指でそれを拭うと、どうやら水のようで……。
「……悲しまれておられるのか」
確かな事とは言えない。でも私はその水を、彼の流した涙なのだと思えた。
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