第一話:紫黄と雫──scene4『龍の音』
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「──で、兄様は毅然とした態度で丁重にお断りしました結果、まんまとしてやられましたとさ」
「……むしろ、こっちが目的だった説……」
使徒教会を後にした私とティヴ。
他に人が影を落とさない静かな区画の公園で、二つの小さな姿が手を繋いで駆けていた。
贄になる事を拒んだ私に、あの人は黄樹と紫樹を御龍葬へとエスコートするよう命じた。と言うのも、第二十一号堕心龍の葬儀に興味を示していたのが彼女達だったからだそう。
教会側としては、公表前に二人を公の場に向かわせる事に難色を示していた。けれど、それは彼女達が『人』に意思を露わにした唯一の事例だったようで……。
それならばと、信頼を置ける龍信家系の人間を付ける事を条件に彼女達の一時的な外出を許したそうな。
無論、二人共に喪服姿。それも、顔や髪の色が分からないように徹底された格好。何処から見ても、謎に不気味な子供である。奇異にも程が無いか?
「……流石に、葬儀会場に入れたくはないな」
会場にいるだろうブレイドには悪いが、私達は一般参列者が集う外廊で献花を済ませてしまおうか。あそこなら子連れも多くて目立たないし、手早く用を終わらせて二人を教会へと帰せるだろう。
「けど兄様は公属なんだし、顔は出しておかないと不味いんじゃない?」
「それは……な。子守りを終わらせた後でも間に合うかな……?」
すでに御龍葬が執り行われている時刻か。
会場の方から鳴り響く弔いの鐘と、風に運ばれてくる灰香……。堕心龍としての災を落とし、穢れ身を炎に乗せて天へと還す告別の時まで、もう少しはあるだろう。
なら少し急げば間に合う段取りもありそう……だが。
「あの子達をあたし一人に押し付けて先に行くなんて言わないよね?」
「ん、荷が重いか」
「は は は。非力なわたくしです。どうかお見捨てなきようお願い致します」
とまあ、ティヴと遊ぶのも良いが……今私の頭の中では憂いに憂い、葬儀の事など二の次、三の次でいいとさえ思っていた。
──双龍の化身?
──人を喰わせて甲乙付けるだ?
龍信教会は疑念払拭の執行者とした立ち位置を確立させ、邪教の象徴たる二人の少女を試す。この姿を衆目に晒し、真偽を世論に委ねる。
人を喰わせ人のままなら首を撥ね、堕心龍となるなら必然的に私達公属が討ち取る手筈となるだろう。
話からも分かるように、龍信教会はあの子らを生かすつもりは毛頭無い様子。あくまで礎。前例。人々の心に、人と龍史に於ける変革を意識させる為、悲劇の物語を作り出そうとしている。
『我等は過去に鄙薄の愚を犯した』
『新たな龍史に倣う事こそが、双龍様への償いとなりましょう』
こんな臭い台詞が飛び交う三文物語。
そんなモノの為に、ああして普通の人の子の様に木の幹に止まる虫を物珍しそうに眺めている幼子を使い捨てるそうだ。
「……──兄様、は……」
歯を食いしばる私を窺い、ティヴが二人を指差しながら聞いていた。
「……あの子達のこと、本物の龍だと思った?」
「──は は は。本物の龍か」
似ても似つかない……と、頭の中では否定派が元気に活動中である。
本物の龍とは、骨白色の外殻と蒼の淡濃彩の鬣を有し、露出した三つの浮袋を用いて空を滑る長躯の生命体だ。私達龍信家系の人間が唯一崇め、尊び心を捧げる絶対なる御姿。
……それを人型にしたんで宜しくなとされても理性がよろしく無いだろう。
だが……眉は顰まる。
洞窟で、あの子らが龍の心臓を喰っている姿を見た。
あの愚行、人間だったなら致死が明暮事。
けれど、あいつらは生きている。
それは一体何故なのかと考えたら、推測出来うる中での答えは、私の固い頭を握り潰そうとしてきて大変お困りさんだ。
『──龍は龍の心臓を喰っても、死にはしないのかもしれない』
そう推測すれば、どこかの誰かさんの希望的観測に信憑性を与え、あの子らが人間ではない可能性が大となる。即ち龍──……そういう事になってしまう。
私は一度強く息を吐いた。
一方的な考察だけでは物事を計り切る事など出来ない。まだ、そうでは無いと言えなくも無いだろう。だから、黄樹と紫樹の側まで歩み寄り、目線の高さを合わした所でこう聞いてみた。
「── お前達は、本当に龍なのか?」
仮にこの子らが自身を龍だと言おうものなら、私は龍信家系に生きる人間として、龍とは如何なるものかとの概念を尊重する為に、コレらを見限るかもしれない。
紛い物は紛い物。人の姿をした龍など、混沌の呼び水にしかならんのだからと。正直言うと、私はそんな展開を望んでいた。
「……──」
私に問われた二人は、顔を見合わせている……。
「……」
その後ゆっくりと……こちらに向き直り、口を開いた。
「…………え?」
今……のは……。
私は思わず聞き返す……が、黄樹の口も紫樹の口も、それ以上の『音』を鳴らそうとはしない。けれど確かなのは、その音──言葉は、私もティヴも知っているモノで……!
「兄様……今のって」
「……あぁ」
一つ一つの口から発せられた低音と高音の二重声……。
人の口を用いての発声に加えて舌足らずで拙かったが、龍の言語の特徴と、よく似ていた。いやむしろ、ほぼほぼネイティブと言えるくらいだった。
(……クソ。……そうなのかよ……)
そんなモノを聞かされては……頭も力無く垂れてしまうではないか。いっそ我等は龍だと人の言葉で断言して見せてくれた方が踏ん切りもつき易い。
私は頬を伝うよく分からない汗を拭い払い立ち上がる。
「言葉の意味は……使徒教会の書籍でも漁って調べるしかない。なんか敗北感凄いけど」
「うん、そだね。これで確定した感じだもんねぇ」
茶化しおる。
ティヴも龍信家系の出なのに、特に龍の心象を説くでも無く、単に「きもちわる」で済ませている辺り……私の頭が固過ぎたのかと思えてしまうな。……って、そんな事は置いといてだ。
「ティヴは呑気か? 確定したなら、堕心龍の件も濃厚になるんだぞ」
「ありゃま」
そう、ありゃまだ。
龍信教会は祭事にて、この子らを衆前に晒し人を喰わせ、本物か否かを世間に決めさせようとしている。
人のままなら邪道の傀儡として首を撥ね、堕心龍になるなら龍撃の私達が手を汚す。こんなのどちらを取っても紫樹も黄樹も助かる道が無い。これをあの人は龍史の為だと言い、二つの幼子の命よりも人々の信仰の向上を選択しただと……?
(──相変わらず……ふざけてるのか?)
龍信家系に腰を下ろした者ならば、優先すべきは龍だ。
この子達が本物の龍だと謳うなら、優先すべきは命だ。
それを……人の為の信仰に使うなど、私には同調しかねる話だと声を大にしよう。
私は力がこもりそうになる両手を必死に和らげ、紫樹と黄樹の頭に置き、声を絞り出す。
「……ティヴ、私は……龍をみすみす堕心龍にさせるつもりは無いからな」
「……え、じゃあ、どうするの?」
「どうする? ……さあな。もう自分でも何を考えようとしてるのか分からん。でも──」
二人を使徒教会に送り帰したら、次に接触出来る機会はあるのだろうか。……考えるまでもない。余計な騒動を回避する為に、教会はこの存在を世間に公表するまでは、二人を監禁状態にするしかない。
そうなれば、事は教会側の都合通り順調に運び、私が介入するなど決して叶わない。再びこの子らの姿を見た時は、二人が死ぬ場面となる。
──では、ここで拐うか?
心の中の天使面した悪魔よ、冗談はよせ。監視鳥の目の前だぞ。安易に不穏因子になれるほど、私は主人公主人公して生きてはいないのだから却下だ。
結局は、あーでもない、こーでもない。
ロクな案も出せずに口籠る私に、ティヴは少し微笑みつつ、遠くを指差した。
「御龍葬……行こっか?」
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