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紫炎刀の迅  作者: 蟹澤
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岡っ引きと下っ引き

「えっ、いいのか? 俺みたいな得体の知れない男を家に上げるなんて」


 日が落ちかけて人影の少なくなった表通りを行きながら、迅太郎は隣を歩く茜を横目で見た。


「大丈夫だ。私は一人暮らしだから家族に気をつかうことはない。それに、お主への詫びの意味を込めてきちんとおもてなしがしたいのだよ」


 一人暮らしか。まだ子どもの割にしっかりした奴だと感服する迅太郎。


 辻斬りと間違われたことはもう気にしていないのだが、茜の思いを無下にするのも気が引ける。素直に厚意に甘えさせてもらうのが吉だろう。


「着いたぞ。あの木戸の先だ」


 茜の住む長屋は浅草田原町(たわらまち)三丁目にあった。蕎麦屋や繁蔵のねぐらからそう離れていない。


「立派な長屋だな。中も小綺麗だし」


 座敷に腰を下ろすや迅太郎がそう言った。


 もっと雑然としているのを想像していたのだが、思いのほか綺麗な部屋である。ただ、土間にあの巨大な槌が鎮座しているのが少し気になる。


「そうだろう、そうだろう。なにせ私が自ら建てた長屋だからな」


 茜は上機嫌そうにうなずきながら長火鉢に火をつけた。(つば)ヤカンで湯を沸かして茶を淹れてくれるらしい。


「今、さらりとすごいこと言った気がするんだけど」


「ふむ、まだお主に教えていなかったが私の本職は大工なのだ。手が()いているときにかぎり、ああして妖奉行に力を貸している」


「大工の仕事だって!?」


 迅太郎は思わず聞き返した。御用聞きなら子どもでもどうにかやれるかもしれないが、大工など専門性の高い仕事は到底務まらないだろうと思ったのだ。


「茜、きみはいったいいくつなんだ?」

 

「私は十九だが?」


「えっ、嘘だろ!? 俺より一歳上?」


 思わず声が裏返る迅太郎。


 色香とは無縁の小動物めいた愛くるしい体型に赤い頬の幼顔――十歳くらいの子どもにしか見えない茜が自分より歳上であったという事実に迅太郎は度肝を抜かれた。


「それはつまり、私の見た目が若々しいという意味か? 褒め上手だな、お主は」


「そうじゃなくて……いや、なんでもない。それより二つほど頼みがあるんだけど聞いてくれるか?」


「うむ、何でも申すがいい!」


 迅太郎は働き口を求めていることと(こうがい)の持ち主を探していることをかいつまんで話した。御用聞きとしていろいろな所へ足を運んでいる茜なら、有益な情報を持っているに違いない。


 すると茜は即答した。


「それならばいい方法がある」


「本当か! 教えてくれ」


「それは、私の(した)()きになることだ」


「下っ引きに?」


 犯罪捜査などにあたる町奉行の同心は個人的に“岡っ引き”と呼ばれる非公認の協力者を雇う場合がある。下っ引きとはその岡っ引きが従える手下のことで、同心から見れば部下の部下にあたる存在である。

 

「そうだ。私の下っ引きになって妖退治に協力してくれるなら無論、報酬を出させてもらう。これで入り前の心配はなくなるだろう?」


「確かに。でも笄の持ち主探しは?」


「そんなのは私が暇なときに手伝う。ちょうど落とし主の顔は私も見ているからな。どうだ、私についてくる気はないか?」


 願ってもない誘いに迅太郎は目を輝かせる。江戸に来てから災難続きだったが、ようやく光が見えはじめた。


「ああ。今日からよろしく頼むよ、親分」


「お、親分などと呼ばれると照れるではないか――おっ、湯が沸いたな。茶を淹れるぞ」


 茜は照れ隠しするように立ち上がり、湯のみに茶を淹れて迅太郎の前に置いた。湯気とともに香ばしい香りが立ち上り、迅太郎の鼻孔をくすぐる。


「それじゃ、いただくよ――うん、美味い茶だ!」


 熱々の茶が疲れた体に染み渡り、迅太郎の顔が自然と(ほころ)んだ。


 迅太郎と茜の談笑は夜更けまで続いた。と、言っても喋っていたのはほとんど茜の方で、迅太郎は眠い目をこすりながら彼女の武勇伝を聞かされていた。それがどのくらいの時間続いただろう。二人はいつの間にかに眠りについていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直に面白かったです。 幕府に妖怪専門の機関があるという設定にワクワクします。 通常、かどわかしと言えば被害者は女子供なのに、腕の立つ剣士が被害に遭っているという設定にも心惹かれます。 江…
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