厄
京美達の二つ目の目的。それはモーゼスに特殊な楽器制作を依頼し、その作り方を教えてもらう事だった。
そして、目的は実はもう一つあった。
「本当に助かるよ、それと……ずっと預けっぱなしだった死の石の欠片をそろそろ処分しようと思ってさ、それも受け取りに来たんだよ」
京美達はフラッシュモブ作戦と同時にトビーの願いを叶える活動を開始する事にしたのだ。
手始めにモーゼスに預けてあった死の石の回収、これも今回の目的の一つ。
「漸くだな。いつ取りに来るのかと……あんな危険な物をずっと預かっている俺は随分肝を冷やしたぞ……」
「悪かったよ、もっと早く処理すべきだったね」
モーゼスは奥の作業場に向かった。
隠してある死の石を取りに行ったのだろう。
京美達は手持ち無沙汰になったので、好き勝手に店舗内の商品を見物したり、手に取ったりして過ごしていた。
─しかし、直ぐに戻ると思っていたモーゼスはなかなか戻って来ない。
「モーゼスさん、なんか遅くないですか?」
「確かに遅いね、私呼んでくるよ」
京美はそう言って作業場の方へ向かった。
──
「モーゼスさん?」
作業場にモーゼスは居た。
しかし、様子がいつもと違う。
彫金や鍛冶に使う道具という道具が作業場一面に散らかっていた。
モーゼスは一流の職人だ。
道具は大事に使う。現にいつも店を訪れると材料の破片などは散らばっているが、主要な道具に関しては常に整頓されている。
なので、今の作業場の現状に京美は只事ではないと驚いた。
「モーゼスさんどうしたの!?」
モーゼスは作業机の下にしゃがんでいた。
手の届く範囲には大小様々な箱が開けられ、放置されている。
「……大変だ……死の石の粉が無くなった」
空の箱をひっくり返しながらモーゼスは言った。
「えっ?」
──その時、店舗の外から街人の声がしてきた、その声には危機感が滲んでいる。
『あの方角を見ろ、空が赤くないか……!? あれって火事じゃ無いのか?』
『確かに燃えているな、あんな方角に火の手なんて無いだろう!? 一体何処なんだ?』
『あの方向……フタツ面の森じゃないか!? あの規模じゃこっちまで被害が出るかもしれん!』
『皆に火事を知らせなければ!!』
『頼んだぞ、俺は衛兵に知らせに行く!!』
京美達は死の石の紛失した事で思考停止していたが、店外から聞こえた街人の声にハッと気づき、動き出した。
「火事……? ちょっと様子見てくる……モーゼスさんは引き続き死の石を探しておいて! 皆も呼んでくるから!」
店舗に戻るとアリナやシロウ達は相変わらずアクセサリー等を試着して楽しんでいた、京美は全員に聞こえる位大きな声で言った。
「モーゼスさんの所に皆行って! 私は外を見てくるから!」
突然の京美のお願いに皆困惑している様だった。
しかし、今は説明している暇は無い。
京美は店を飛び出すとあたりを見渡す。
ミャラッカ国の人達は皆同じ方向を見て騒いでいる。
指差し大きな声で騒ぐ人。
呆然と立ち尽くす人。
反応は様々だか、一貫して見ている方向は皆一緒だ。
京美も皆が見ている方向を同じ様に見てみる。
日が暮れ始め辺りは薄暗くなっている。
フタツ面の森のある方向の空はその暗さの中、赤々とした炎の色で揺らぎ主張していた。
その色は森が怒っている様にも見えた。
「一体……何がどうなってるのよ……?」




