晩餐会の前準備
バンガ王のホールでは晩餐会の準備が整いつつあった。日の落ちたホール内は薄暗く、無数の蝋燭の炎が妖しく揺らめいて、忙しく働く従者たちの影を写す。
衛兵達は数々の美術品をわざわざ運び込み展示の準備を進めている。勿論、こんな面倒くさい事はサミュエルの意向で行われている。
「おい、それぶつけない様に気をつけろ。サミュエル様が大切にされてる物だぞ」
「わかった、慎重に行こう」
侍女達は酒や料理をてんやわんやで用意する、思い付きにより急に行われる事になった晩餐会なので忙しいのも無理はない。
「ねえ、これでお酒足りるかしら?」
「今から街に行って買ってくるわ! 間に合うかしら……」
そんな忙しなく動き回る従者達を気にも止めず、サミュエルはホールど真ん中の玉座に座ったまま死の石に魅入られた様に見つめていた。
サミュエルの近くを通る時は細心の注意が必要で衛兵は大きな彫像を移動させる際など玉座に当てないように神経を擦り減らしていた。
既に剣によって斬りつけられた侍女の噂はバンガ城中に広まっていて、以前よりも圧倒的にピリついた空気がホール全体を包んでいる。
「おい……まだ始められないのか」
サミュエルは振り向きもせず、眼前の死の石を見つめたままの姿勢で誰かに声を掛けた。
一体誰に話しかけているのだろう?
サミュエルの後方で燭台を運ぶ衛兵はそう思った。
「おい……お前に言っているんだ」
「……?」
相変わらずサミュエルは正面を見据えたままの姿勢。衛兵は自分に声を掛けているとは到底思えず、作業を続行しようとする。
「お前だ!! 聞こえないのか!?」
漸くサミュエルは衛兵の方を振り向いた、その目は怒りに満ちている。
「は……! わ、私ですか……!?」
ガシャン!!
怒鳴られた事に驚いた衛兵は思わず燭台を床に落としてしまった。晩餐会の準備で騒がしかったホールは水を打ったように静まり返る、他の従者達は息を呑んで成り行きを見守るしかなかった。
「サミュエル様! も、申し訳ございません!!」
「フン……兜を取れ……」
「……は、はい」
命じられた衛兵は言われた通りに兜を取り、それを脇に抱えた。
玉座からゆっくり立ち上がったサミュエルは衛兵に向けて喋り出した。
「ほう…………意外にも耳はちゃんと付いているな……」
「申し訳ございません!! 作業に没頭していてサミュエル様のお声に気付く事が出来ませんでした!」
衛兵は深々と頭を下げる。
「まぁ、いい……」
サミュエルのその一言で衛兵や周りの従者達はホッと安堵した。
その矢先、ヒュと風を切る音がした。
衛兵が顔を上げるとサミュエルは小剣を鞘から抜いていて、蝋燭の火を写す剣先がオレンジ色に鈍く光っていた。
ピタリと耳の上に冷たい刃先を当てる。
「付いていても役に立たない耳なら削ぎ落としてしまおうか……?」
「………は」
─正に耳を切り落とされる寸前、一瞬にしてホール内の蝋燭の火が全て消えたのではないかと思うほど暗くなった。
「キャア!」
「急に暗くなったぞ! 一体何だ?」