5.リリ、自称管理者に出会う
わたしは、まず、自分が向いている正面に《火炎撃》を放った。
しかし、火炎撃は暗闇に消えていき、少し待ったが破壊音も何も聞こえない。
「あれ?」
変だな、と思うものの、二発目を、今度は自分の後ろに投げる。
こちらも一緒だった。
結局、前後左右だけでなく、でたらめな方向にも《火炎撃》を投げてみたが、その全部に反応はなかった。
「ええー?」
当てが外れて、地面にしゃがみ込む。
「無理じゃない?」
まさか、爆発音が聞こえないとは思わなかった。
《火炎撃》が破裂する音が聞こえない程、ここは広いのだろうか。
それとも、何か普通ではない力が働いているのだろうか。
例えば、ダンジョンの壁は破壊できないようになっていると聞く。
ここはダンジョンの裏側にあたるはずだし、ダンジョンの力が及んでいてもおかしくはないけれど。
でもそれなら、あの洞窟はなんだったんだろうという話だ。
普段にない事態に、わたしの制御が甘くなってしまったのだろうか。
うーん、わからない。
けど、わからないならまた他の手段を試してみればよい
次は何を試そう。
そう気持ちを切り替え勢いよく立ち上がったところで、小さな笑い声が反響した。
「君は何をしているんだい?」
「だれ!?」
どこからともなくかけられた声に、左右を見渡す。
すると、前方から人がゆっくりと現れた。
《灯火》に照らしだされたのは、長い白髪を肩口で一つに束ねた、赤い瞳の青年だった。
冒険者ではなさそうだ。
かといって、普通の人間でもなさそうだった。
青年はこんなところにいるとは思えない程ありえない程、軽装だ。
白い、ゆったりとした布は腰で絞られ、なんというか、神殿に祀られている神様が着ているような服だった。
「誰、か。そうだな、私はこの辺りの管理者、みたいなものかな。君は?」
「わたしはリリ」
「そう、リリはどうしてここへ?」
「えっと、――」
この辺りの管理者、ということは偉い人だ。
洞窟からダンジョンに忍び込もうとしたことがわかれば怒られるかもしれない。
でも、この辺りの管理者、ということは、確実にここから出る方法も知っているだろう。
どうするか一瞬だけ迷って、結局正直に言うことにした。
話してみると、青年は笑いをこらえているようで、その様子に安心する。
少なくとも怒られることはなさそうだ。
「そっか、それは災難だったね」
素直にうなずいていいものか、返答に迷って曖昧に笑う。
「ま、でも、丁度良かったかもしれない」
青年が手を振り上げると、頭上から光の粒が降り注いだ。
「え、なに!?」
「はい、これでよしっと。じゃ、がんばってね」
「ちょっと待って、ここから出る方法は!?」
「ん? あぁ、わかんないのか。そうだね、じゃ、あっちにさっきやってたみたいに《火炎撃》を打ち込んでみて」
「だめだったのに……?」
「いいから」
言われて、先ほどと同じように《火炎撃》を打ち込む。
同時に響く轟音。
「へ?」
「よっし、問題ないね、じゃ」
立ちのぼった砂ぼこりに咳き込みながらも、立ち去ろうとする青年を引き留める。
「ちょっと、説明、説明くらいはしてほしいんだけど!」
「ん? 今起きたことがすべてだよ。君にここから出られるよう、ちょっとした加護をあげたんだ」
「加護……?」
「穴を掘るなり壁を壊すなりして、上に出られると思うよ。ちなみに、こっちが君が入ってきた方だ」
そう言って、今度は引き留める間もなく、青年は消えてしまった。
青年はどんな加護か明言しなかったけれど、何の加護だろうか。
壁を壊せるようになるなんて、攻撃力が増える系?
それに、管理者、といっていたのに、穴を掘ったり壁を壊してしまったりしてもよいみたいに言っていたけど、そんなことしてもよいのだろうか。
わからないことは多いけれど、青年はもう立ち去ってしまった後だ。
ひとまず、全ては帰ってからだ。
師匠に相談したら何かわかるかもしれない。
わたしは、外側に繋がると言われた側の壁を壊して脱出することを決めた。
明日は12時と18時に投稿予定です。