4.リリ、ダンジョンの裏に洞窟を発見する
それは、いつものように、王都の周りにある森に草原兎を狩りに向かっている時だった。
中級のダンジョンに行けばたくさんいるけど、草原兎はダンジョンの外にもいるのだ。
諦め悪く、ダンジョンの方から回っていこうと思って遠回りして草原に向かっていたところ、そこに、信じられないものを見つけた。
「こ、これは――――」
岩山に小さな洞窟があいていた。
洞窟、というか、穴に近い。
ただでさえ小柄なわたしが、腰を屈めなければ入れないくらいの大きさの小さな洞窟。
ただの洞窟なら気にも留めないのだけれど、場所が問題だった。
ここ、岩山のダンジョンの裏にあたる場所なんだよ!
不自然に空いた洞窟に、これは、もしかして、という期待が抑えられない。
もしかして、もしかして。
この洞窟、ダンジョンに繋がってたり、しないよね?
十分、可能性がありそうな予想に、私の心臓がばくばくいっている。
真面目に、ダンジョンに入らない依頼をたくさん完了させて、地道にランクを上げるしかないかなぁと思っていた。
実際最近は師匠に訓練の時間を減らしてもらって、依頼に行く時間を増やしていた。
けど、それだと、言われてたみたいに、とっても時間がかかるのだ。
ついこの間、依頼を募集していたチームが、ギルドで「そろそろ中級者向けダンジョンにいってみる?」なんて話しているのを聞くと、胸が、張り裂けそうに痛かった。
育ての親でもある師匠には、弟子入りして十年以上鍛えてもらった。
初心者向けのダンジョンなんて一日で踏破する実力はある。
わたしだって、ダンジョンに入れさえすれば、すぐにあの子たちを追い抜いてダンジョンに入れるのに!
もう充分待ったと思うのだ。
一瞬、師匠の教えの一つが思い浮かんだ。
――ことに挑む際は、準備は入念にしておきなさい。
そういう意味だと、多分今の状態は師匠の言う準備不足にあたる。
けど、今度改めて来た時この洞窟がなくなっていれば、誰かが見つけてギルドに報告してしまえば、この洞窟は塞がれてしまうかもしれない。
もう一つ、師匠の口癖を思い出す。
――幸運は戻ってきてくれない。
改めて、今日受けている依頼について考える。
依頼内容は、草原兎の角三本の納品。
期限まで、まだ三日ある。
簡単な依頼だし、洞窟の様子を少し確かめてから戻っても時間は十分だ。
懸念があるとしたら、日帰りの予定だったから、装備がやや弱いことだろうか。でも、この洞窟が本当にダンジョンにつながっているのか確認するだけなら、そう準備はいらないはずだ。
うーんと、自分なりに精一杯考えて、決断した。
やっぱり少しだけ、覗いてみよう!
そして、わたしは体をかがめて洞窟の中に突入した。
用心しながら、細い洞窟を降りていく。
《灯光》の魔法で少し先を照らしているので、明かりは問題なかった。
何かの巣かもしれないという予想もあったけど、意外なほどに洞窟の中は綺麗で生き物の気配はしない。
これは、ダンジョンへ繋がってる可能性が高そう、とにんまりしたところで、足が滑った。
「えっ!? あ、うわぁぁぁ!」
そのまま滑って、不意打ちのように存在するでこぼこに、身体のあちこちがぶつかって擦り傷打ち身ができていく。
「いったぁぁぁ!」
突然の浮遊感。
お尻の下の地面の感覚がなくなった。
あ、やばい。
でも焦っちゃだめだ。
頭を守りながら、風の魔法を発動する。
そこまで一瞬。
時間がなかったから、落下の衝撃を緩めるくらいのものしか練れなかったけれど、それで充分だった。
トスン、と軽い衝撃があったけれど、骨折とか動けなくなるような怪我はしないですんだ。
体の怪我を確認して立ち上がる。
滑り落ちたときの打撲と擦り傷、その程度のものですんで良かったと言える。
自動追尾機能付きの《灯光》の魔法はまだ残っていて、ぼんやりと辺りを照らしていた
辺りを確認して、思わず目を疑った。
「え、うそ……?」
少なくとも、聞き知った特徴からダンジョンの中ではなさそうだ。
魔物はいないし、なにより、こんな、何もない、ただ広く暗いだけの空間が広がっているなんて聞いたことはない。
というか、こんな空間、ダンジョンの裏側に存在するもの?
《灯光》を少し高いところに掲げるけれど、光は闇に吸い込まれるばかりで、落ちてきた洞窟も、あるはずの壁すら確認できない。
つまり、帰り道がわからない。
「どうしよう……」
呟くけれど、当然ながら答えはない。
悩んでいても、時間が過ぎるだけだった。
わたしはここに、岩穴を滑り落ちてきた。つまり、どこかの壁を見つけられれば、壁を壊しながら上にあがっていけば、出られると思うのだ。
問題は、壁が見当たらないこと。
見つかったら、怒られるだろうけれど。
「よっし、やるか」
やるべきことは見えていた。
あまり褒められたことではないかもしれないけれど、火炎撃をぶち込んで、破壊音が近い方に進めば、壁は見つけることができるだろう。
もしかしてこういうところが、『爆弾娘』なんて二つ名に繋がってしまうのかもしれないなんて、ちょっとだけ思ったけれど、誰かが探しに来てくれるなんて、あんまりあてにはできなかった。
全ての結果は自己責任。それが冒険者。
だから、わたしが一人帰らなくても、捜索なんてされないだろう。
師匠は探してくれるだろうけれど、この場所を見つけてもらうことはできるだろうか。
一応日帰りでとは伝えている。
森で採取か狩猟の依頼を受けるつもりだということも伝えている。
けど、わざわざ回り道をして、ダンジョンの側を通って草原に向かっているなんて、師匠が思うだろうか。
そのうえで、あの洞窟を見つけて、さらに中にわたしがいるなんて、思う?
そんな低い確率を座って待ってるなんて、絶対できない。
少々怒られるかもしれないけど、諦めるならすべてやってみてからだ。
わたしは、気合を入れて、まっくら闇を見つめた。
本日22時にもう一度更新します。