02
僕と利明は柵を乗り越えて、線路の上に降り立った。
線路は何年も放置されていたせいで草が生い茂って半分草村になっている。
線路のレールや砂利、草に足を取られないように足元を懐中電灯でしっかりと照らしながら僕等は前へ進む。
「な、何だか昔、遊んだ事がある場所って言っても、夜中に来ると懐かしさよりも不気味さの方が来るね」
「そうか?俺はすげー懐かしいと思うし、夜は夜で新鮮な気分だよ」
幽霊列車を見に行こうとしているのに、利明はまるでハイキングにでも来たつもりでいるんじゃないだろうか。
「利明って本当に怖いもの知らずだね」
「え?そんな事ないよ。真守がビビり過ぎなだけだって」
「僕は普通だと思うけどなぁ」
しばらく歩いていると、線路の先にトンネルが見えた。
トンネルの前には『関係者以外立ち入り禁止』『入るな、危険』などの看板とさっきのよりは低い柵が置いてある。本当なら入ってはいけないんだけど、僕等の目的地はこの先にあるので、勿論その警告も柵もスルーする。
柵を乗り越えてトンネルの中に入った瞬間、トンネルの奥から強い風が吹いて、また僕等の身体に叩き付けられた。
《ここはどこの 細道じゃ 天神さまの 細道じゃ》
やっぱり気のせいじゃない。これは間違いなく女の子の声だ。
「な、なあ、真守。今、声が聞こえなかったか?」
「う、うん。聞こえたよ」
今度は利明にも聞こえたらしい。どうやら僕だけ聞こえてたわけじゃなさそうだ。変な話かもしれないけど、僕だけじゃなかったと分かっただけで少し安心感みたいなものが芽生えてきた気がする。
「ね、ねえ。やっぱり何かおかしいよ。ここは引き返した方が、」
「こ、ここまで来て引き返せるかよ!ほら、行くぞ!」
利明は僕の制止も聞かずにトンネルに進んでしまう。
「仕方ないなぁ」
利明1人を行かせるわけにも行かない。こうなったら、さっさと用を済ませて帰る事にしよう。
このトンネルは入り口の柵の所から中を覗いた事があるだけで、実際に中に入ったのは今日が初めてだったけど、思っていたより長いな。しばらく歩いたけど、出口がまだまだ遠いな。
そんな事を考えていたその時だった。
グウウウウギュルルル~
獣の唸り声のような音がトンネルの中で反響した。
「と、利明!今の音聞いた!?」
このトンネルに熊か猪でもいるのか?だとしたら、お化けよりもずっとリアルな危険が傍にいるんじゃないかと思った僕は懐中電灯であちこちを照らした。
そしてある方向に灯りを向けた瞬間、僕は身体の動きをピタリと止める。
その先にいるのは、小っ恥ずかしそうに後頭部を右手で掻いている利明だった。
「と、利明、もしかして今の音って・・・」
「あ、ああ。悪い。俺の腹の音だ」
軽く笑いながら利明が大人しく白状した。
「もう!ビックリさせないでよね!」
僕の怒鳴り声がトンネル内に木霊する。
「わ、悪かったって。まだ晩飯食ってないからよ。腹減っちまってさ」
部活を終えた僕等は、家に帰らずにその足でここへ向かった。途中寄り道はしたんだけど、結局何も食べずにここまで来たから、正直僕だって腹ペコだった。
「晩御飯を食べてから来れば良かったのに」
「それだと親父に怒られちゃうよ。高校生が夜中に外を出歩くなんて生意気だ!ってな。部活帰りにそのままこっちへ来れば、部活が長引いたで誤魔化せるからな」
「利明のお父さんは相変わらず厳しいんだね。僕の家は基本何も言われないかな」
「真守は真面目だからな。親から信用されてるんだよ」
「その論法で行くと利明は信用されてないってなっちゃうんじゃない?」
「・・・それは否定できないな。あはは」
そんな他愛も無い会話をしている内に、僕の中にあった恐怖心とかが自然と解消されていった。でも、その時だ。今度はさっきより弱めの風がトンネルの中を駆け抜けた。
《ちっと通して 下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ》
また聞こえた女の子の声に、僕と利明は足を止めた。
「ね、ねえ。今のも利明のお腹の虫かい?」
「・・・すまん。今のは違う」
流石の利明も少し不気味に思ったのか、その声は若干震えていた。
「な、なあ、それよりこのトンネル、ちょっと長過ぎないか?」
「う、うん。それは僕もさっきから思ってた」
僕等は何かに突き動かされるかのように、何かから逃れようとするかのように走り出した。サッカー部で鍛え上げた足をフルに活用して。
必死に走って走って走り切り、遂にトンネルを向け切った。