8話 アイテムと私
お付き合いいただき、ありがとうございます。
作品のテーマの一つである、リセマラの褒美を書くまでに大分話数を使ってしまいました…
今回はその話がメインになります。
先ほどまでの戦闘で、心拍数が上がりっぱなしである。戦闘に打ち勝った高揚感もまた、その心拍数の手助けをしているようであった。
倒したゴブリンから、光の筋のような物が曲線状に、ユウの腰元に付けてある小さなバッグに飛び込んだ。
初めての経験であったが、ゴブリンを討伐しドロップしたアイテムをその討伐者であるユウが取得したと考えて間違いないであろう。
「そういえば、バッグの中身は確認していなかったな。」
ユウは腰元の古ぼけたバッグに手を伸ばす。
「うわ、変な感触・・・底があるようでどこまでも続いてるような気がする・・・」
世にいうアイテムボックスという、バッグの見た目の容量を無視した代物である。
先ほど入手したアイテムはその中でも手探りですぐに出てきた。
棍棒(D)
ゴブリンナイフ(C)×2
熟練のハンターならすぐにその場に捨てうる程のしょぼいアイテムであったが、今まで石ころを相棒にしていたユウにとっては初めて手にした武器らしい武器。
特にナイフはまともな戦闘手段が投擲しかないユウにとってはありがたい物だった。
「そういえば、リセマラの時に所持しているアイテム一覧があった気がするけど、何が入ってるんだ?」
ユウはまたも手探りでバッグの中を物色する。
水筒や携帯食料など、日常に役立ちそうなアイテムといくつかのポーションなどを取り出すと、すぐにバッグにおけるアイテムの容量が少なくなった。
見るからに低ランクのアイテムを並べて眺めながら、リセマラの時に見ていた高ランクのアイテムを思い浮かべると、自分の運の無さと優柔不断から招いた結果に頭を悩ませる。
不意に、底の方にあった小さな金属質のものに注意がいった。手でつかむようにして取り出すと、頭の中にこう表示された。
『操刻のコンパス(S)』
「Sランク?!」
今まで死んだ目をしていたユウの目が一瞬にして、輝いた。
走馬灯のように、Sランクだけを夢見ていたリセマラの過去が蘇る。
剣聖とかいう絶対強いジョブ。伝説っぽい剣。敵を一網打尽に出来そうなスキル。Sランクの全ては光り輝いていたように見える。かという自分はDランクの体たらく。
最低の職業だと嘆いていた自分だが、まだ神は自分を見放していなかった!
おそるおそるユウはその操刻のコンパスとやらを凝視する。
…凝視した。
それだけだった。
「Sランクなのはいいが・・・これ・・・使い方がさっぱりわからん」
説明書なんて親切なものはおろか、検索できるスマホもあるわけがない。
今まで文明に頼って生活していたことをユウは思い知ることになった。
目を近付けて見たり、手の平で転がしたり、両手で抱えて持ち上げて見たり、地面に置いて目の前で座禅を組んだり、様々な方法を試みたが、何の反応もない。
その行動を客観的に見ると、初めて文明を目にした原始人のような光景であったが、ユウにはそれを構ってられる余裕がなかった。
「リングが表示されたさっきの良く分からんスキルといい、今回のアイテムといい、ほんっと説明が少なすぎないか・・・?」
またもユウのぼやきが始まる。
せめて、より良い鑑定のスキルがあればもっと良い序盤を過ごせたかもしれない。
説明書もスマホも鑑定も、頼れる人もいない。こうなれば、あいつを呼ぶしかない。呼んで出ればの話だが。
「管理人さぁぁぁぁぁん!!!」
大声が森に響き渡った。
近くに違う魔物の群れでもいれば大変なことになりそうだと、叫んでから気付く。
しかし、結果は明らかで、現れるはずも無かった。
ユウも駄目で元々と呼んでみただけであったので、ただ虚しさだけが残る。
自分で何とかするしかない。そう思い、足を進めたところだった。
「お前、私を便利屋か何かと勘違いしてない?それに、管理人じゃなくて管理者だと、前にも言っただろう。」
その声にユウが振り返ると、見覚えのある人物がそこにいた。
緑色のローブ、静かな佇まいに、不敵な笑みを浮かべた、管理人。いや、管理者。
まさか、こんな簡単に来てくれるとは。
「新しい生には慣れたか?」
「うん…。全ッ然納得してないけどな!!」
不満そうなユウの反応にも、相変わらず不敵な表情のままだ。
全てを見通しているような眼差しで、管理者は続けた。
「そうか。でもそれは自業自得ってやつだ。ところで、私を呼び出したのは例のアイテムのことか?」
「知ってたのか?!使い方も分からないし、なんなんだよこれ?」
「知ってるも何も、本来所持していないはずのアイテムを仕込んだのはこの私だからな。」
ユウは驚いたが、管理者曰く万に届くリセマラを繰り返したことへの記念のプレゼントだと説明され、納得した。
管理者としては、特にユウに思い入れを抱いていたわけではないが、珍しいので付けてやった程度としか考えられていなかった。
「それで、これはどう使うんだ?」
「甘えるな、と言いたいところだが、さっきのお前のコンパスを前に座禅を組んでいたポーズ、最高に面白かったので教えてやるよ。」
「見てたのかよ!」
「ああ、他の管理者にも見せたが、指を差して笑っていた。いいね!の数もうなぎ上りだ」
「何そのSNSみたいなやつ…」
嘘か本当かはさておき、管理者はユウから操刻のコンパスを取り上げると、ポケットから古びたコインを出した。
「この古いコインが、分かりやすいかな?」
そのコインは見るからに錆び付いており、彫刻が施されているようだが、ぼんやりとした輪郭しか見えない。色も酸化して褪せており、元の色が何色だったのかも判別できない物だった。
そんなもんでどうするの、と固唾を飲んで見つめるユウを尻目に、管理者はコインの上にコンパスをかざし、目に力を込めた。方角を示していると思っていたコンパスの細い針が時計と逆回りにくるくると回る。
コインはまばゆい光に包まれて、コンパスの針が止まると同時に、その光も収束されていった。
管理者が地面からコインを拾い上げると、それはまるで新品のように光り輝き、本来の色と彫刻を取り戻していた。
「す、すげー!魔法みたいだな!」
「こんな世界に転生しておいて、何を今更。今回はこのコインの時を戻したが、その逆も出来る。次はお前が試してみろ。」
え、そんなこと言われたって、やり方が分からないんですけど。そう考えたユウだったが、見様見真似でコンパスをコインにかざす。
時が過ぎるイメージ。時計の針が進むイメージ。コインが風化していくイメージ。頭の中でそれを描いていくと、コンパスに力が宿るのを感じた。
コインは先ほどのように光り輝き、やがてその光を失った。
ユウがコインを手に取ると、先程までとはいかないが、新品よりは明らかに劣化していたものがそこにあった。
「上手くいったようだな。どんな物にも使えるというわけではないが、使い方次第では、面白いアイテムだろう?」
「うーん…確かにすごいけど、これなら、もっと分かりやすい剣とか、魔法とかの方が…」
「初めからそんなもの持っていても、怠けの素だ。」
管理者はユウとそんな問答を繰り返しながらも、操刻のコンパスの特徴やそれを扱う操刻術、先程発現した盗賊のユニークスキル『鷹の目』についても簡単に説明してくれた。
自分の能力と、特別に与えたアイテムで、この世界を生き延びろ、というメッセージだった。
「では私はそろそろ仕事があるので、失礼する。」
「いや、ちょっとまって!!!これからどうすればいいんだよ!」
「それは、自分で切り開きたまえ。」
「えぇ?!いつも一方的すぎない?」
「あんまりお前に肩入れして、他の管理者に噂されても恥ずかしいし…。」
「なんだよその女の子みたいな理由!おい、待てって!」
管理者は面倒だったのか、よく分からない理由を述べて、再度姿を消した。
取り残されたユウは、何度か先ほどのように繰り返し管理者を呼んだが、もう何度呼んでも、彼は現れなかった。