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第36話 異常事態と私

「ねぇ…。スイラ。起きてる?」


ほとんど寝落ちしていたスイラの寝床には、意外にもシズクがやってきていた。

隣のテントで寝ているユウに気付かれないように小声で話し掛ける。


「ん…なに?」


「ちょっと、話があるの。外に来て。」


そういうと、無表情のままシズクはテントを出た。

スイラは眠い目を擦りながら、山吹色の上着を着て外に出る。




思ったよりも夜風が冷たかった。

山を登っている際は汗ばむほどだったが、やはりこの地域は少し寒い。


「どうしたの?」


スイラが石の上に腰掛けているシズクの後ろ姿に話しかける。

シズクがゆっくりと振り返った。


「さっきの大猪の魔物の件なんだけど、なんか妙じゃなかった?」


「そう?そういう話なら、ボクよりユウに話すべきじゃない?」


「あんっの世間知らずの朴念仁に話しても意味無いわよ。アンタの方が話が早そうだからね。」


「うーん、言われてみれば妙な点が二つあったね。」


「うん。私も引っ掛かることがあった。スイラの意見を聞かせて。」



まだ眠たい眼をこすり、欠伸が出るのを我慢しながらスイラは自分の意見を伝えた。


「一つ目、あの大きさのレッドボアは存在しないこと。そしてあれはこの森で住めるような大きさではないよね?あんな巨体では樹が多い林では適応できない。」


「うん。私もそれは思った。規格外の大きさ、というどころの話じゃない。まるで、何かの力によって無理やり強化されたような気がする──。」


「うん。そこで二つ目、ドロップしたアイテムあったよね?」


「大量の獣肉と、魔石だったかしら?」


「しらばっくれなくていいよ。魔石といっても普通のじゃなかったでしょ?」


スイラはシズクに試されているような気がしてあまり良い気はしなかった。

子供と言っても商人の端くれだ。情報はそこらの同年代より持っていたし、冒険の経験も一つや二つじゃない。


「あはは…悪かったわね。そう、質が良い、と言ったら変になるけど、大きさも輝きも普通じゃない魔石だった。」


「通常の魔石ならどの魔物からもドロップすることはあるけど、上位の魔石はよりランクの高い魔物からしかドロップしないし、それもかなりレアなアイテムだ。」


「うん。だから私は、何かの意図であの魔物に取り込ませた、と仮定してる。突然強化された理由も、上位の魔石を取り込ませたのなら納得できる。」


「ボクも同じ考えだよ。きっと、同胞を倒されたレッドボアの怒りに付け込んで、何者かが意図を持って無理やり強化されたんだと思う。」


「その何者か、に見当はある?」


「いや、全く。理由すら分からないよ。」


「そうよね。そこでこれからは、私の想像なんだけど。」



シズクが息を一つ吐いて、立ち上がった。

その目線はシータの村の方へ向いている。




「うん…。何?」


「今向かってるシータの村に邪蛇が出たという話は聞いてる?」


「邪蛇?強力な魔物とは聞いたけど、詳しくは知らないよ。」


「あの周囲にそんな強力な魔物が出るなんて、ここ数年聞いたことがない。そんな兆候も無かった。さっきのような魔石を取り込ませて強化された──としたら?」


「!!」


「何の目的かは分からない。あの辺りには辺鄙な村しかないし、魔物が狙うような貴重な資源やダンジョンがあるわけではない。でも、さっきの巨大レッドボアを見て私の中で仮定が繋がった。」


「でも、それは推測の域を出ないよね?邪蛇の実物を見ないと、確かめる術がないよ。」


「うーん、そうなんだけど…。見たこともない魔物じゃなくて、強化された魔物なら、そこに攻略の鍵がありそうな気がするのよ。」


「それは…そうかもね。村に着くまで、という約束だったけど、ボクも村に着いたら調べてみるよ。」


「ありがと!良い情報があれば高く買い取るわよ。」


シズクが笑顔をスイラの頭を撫でた。

スイラの茶色の髪がワシャワシャと揺れる。


(さっきまで、対等な冒険者として話をしてたのに、いきなり子供扱い?!)


年上のお姉さんに良いように扱われてる気がしてならなかったが、別に悪い気はしなかった。

人に必要とされている、という事実がスイラの渇いた心を潤した。


────────



スイラは自分の天幕に戻り、簡易の寝袋に入った。遠い場所へ出稼ぎに行くのに、商会からはこの程度の支給品だ。自分が必要とされていないのが痛いほどに分かる。


思春期の少年にとってその事実は目を覆いたくなるものだったが、同時に人から必要とされたい、という自分に気付けるものでもあった。


与えられる人生よりも、人に何かを与える人生でありたい。


彼はその気持ちを握りしめて、再度眠りについた。


シータの村まではあと少し、明日には到達するだろう。

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