第34話 水属性と私
「多分、【自然治癒】のスキルを使ってる!こいつの弱点を突かないとダメージをすぐ回復されるよ!」
林に隠れていたはずのスイラがありったけの声を絞って二人に叫ぶ。
そんなことをすれば、一番戦力の無い自分が的になることは分かっていた。でも動かずにはいれなかった。
「スイラ?!危ない、早く逃げ──」
ユウの必死の叫びは非情にも届かずに、大猪が鼻から深く息を吸い込んで、その小さな体を目掛けて火球を吐き出した。
それは辺りを燃やしながら一直線に進む。
戦闘の為のスキルを持たない旅商人のこどもは、なす術も無く立ち止まった。恐怖から目を瞑り、身を震わせる。
ドゴォォォォン!!
火球がスイラの居たはずの場所で爆散する。
間一髪のところで、シズクがスイラを抱えて飛び込んでいた。
そのまま草を巻き込んでゴロゴロと転がり、土だらけの顔を見合わせる。
「アンタ、正気なの?!」
シズクが両手でスイラの両頬をつまんで言う。
スイラはしっかりとした瞳でシズクを睨み、手を払いのけた。
「正気だよ!だから、これを使う!」
大猪は大技を2つ続けて繰り出し、次の出方を伺っている。
その隙を見てスイラがバッグから小ぶりな木の枝を取り出し、そこに巻かれていた紙札を破る。
木の枝は青白く発光し、その光が先端に集まった。
「流水槍撃──。」
スイラの持った枝の先から水流が放たれ、それは数本の槍状となり大猪の周りを取り囲んだ。
大猪は警戒し後ずさるが、水の槍は四方からその身を切り裂く。
「グゥゥゥゥゥゥ!!!」
大猪が衝撃に仰け反り、叫び声をあげる。
その瞬間を待っていたかのように鷹の目が聖剣に赤く灯った。
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!」
ユウは渾身の力で聖剣を十字に振るう。先程習得した剣術スキルと相まってその効果は遺跡で守護者に振るった斬撃の比では無い。
聖剣より出でた数百の鶴が大猪目掛けて舞い飛んだ。
それは目がチラつくような光を帯びながら大猪を貫いた。
地を揺らすような悲痛な咆哮をあげる大猪。
しかし、倒れ込む寸前で持ち堪えた。大ダメージを与えたことに違い無いが、それはこの大物にとっては致命傷にはならない。
怒りで口から炎を溢れさせながら、シズクとスイラに向けて猛進を行う大猪。
「うぐっ…!」
スイラを抱えての回避行動は間に合わず、シズクの背中にその突進が直撃した。
「シズクさん!」
ユウが駆け寄るが、シズクはうずくまったまま苦悶の表情を浮かべ起き上がらない。その隣でスイラも倒れ込んでいる。
二人の様子を見て、ユウは再度聖剣に力を込める。
恐らく、あの大物を追い詰めるところまで来ている。自分が何とかしなければ、という思いだった。
大猪が狙いをユウに定めて、火球を吐き出す。
怒りからか、その勢いは先ほどの物より更に威力が増している。
鷹の目で選び取った左方向への回避でなんとか直撃は免れたが、その熱気を浴びただけで皮膚が爛れるような痛みを帯びた。
「あっつ…!」
思わず声をあげるユウに向かって、今度は大猪本体が突進してくる。
魔物もなりふり構わず、その獲物を仕留めに来ている。
「これで終わりにしろよぉ!!」
今度は回避行動をとらず、ユウは捨て身で聖剣を打ち払った。
大猪と戦う前のレッドボアとの戦闘時にシズクから言われた、攻撃に集中する、という言葉が頭に浮かんだ。
数多くのの青白い鶴が大猪を貫いたが、その突進は減速すらせずにユウに向かってくる。
「うぁ…!!」
ユウは正面から弾き飛ばされ、宙に浮かんだ。
空中で受け身なんて取れないまま、その体は林の木を突っ切る。
しかし、大猪もまた満身創痍だった。切り刻まれた毛皮からはドス黒い血が吹き出している。
「はぁ…はぁ…。」
木の枝がクッションになり、落下の被害は抑えられたが、大ダメージを受けてユウは指の一本も動かさずにいた。
しかし、混濁した意識の中で赤く光る何かを見える。
それは、大猪の吐く火球とは別のゆったりとした煌めきをしていた。
「良くもやってくれたわね…!」
戦闘中、窮地に陥れば陥るほど戦闘力の上がる、武術家のユニークスキル【闘気】を発動させながら、シズクは静かに息を吸った。
先程倒れ込んでいたが、間一髪ダメージを避けたスイラが即効性のポーションを飲ませてくれたおかげで、かろうじて動けているがその効き目が切れるともう動くことは出来ないだろう。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
本来、武術家は近距離の格闘術と、体内のエネルギーを使用した気術の二種を扱う職業だが、肉弾戦を得意とするシズクは気術を苦手としていた。
それは敵との距離があることで、集中を欠いてしまうというシズクの致命的な欠陥を抱えていたことに由来する。
それ故に、気術として使えるスキルは限られていたが、類稀なる格闘センスでそれを打ち破る一つのスキルを戦闘の中で編み出した。
「気術【躑躅陽光】ッ!!!!零距離!!」
気を纏いながら大猪に向かって踏み込み、その顔面に向けて掌打する。
本来遠距離からの攻撃をシズクの得意距離の至近距離から浴びせることで、まばゆい光を放ちながら、凄まじい衝撃波が周囲に響いた。気術と格闘術の融合、それは【闘気】によって乗算され、満身創痍の大猪をオーバーキルするほどの威力となった。
「グウゥゥオオオォォォ…!!」
その巨躯が大きな音を立てて倒れ込む。
崩れ落ちるその巨躯は、ゆっくりと灰となり、その形を失った。




