第33話 狂気と私
その地響きは着実にこちらへ向かってきていた。
木々がへし折れる音と、咆哮が聞こえる。
「な、なんでこっちに来るのよ?!逃げるわよ!」
「はい!スイラ、行くぞ!!」
「ちょっと、待ってよぉ!」
無策だったが、その場にいるのも死を待つだけなので三人はあてもなく逃げ惑った。
あの咆哮と地響きは、絶対に相手に出来るレベルではないものだと、直感で感じ取っていた。
追ってくる地響きに対して、垂直方向へ逃げるが、逃げても逃げても距離が遠ざかっている感じがしない。
そして森の中の開けた地で、三人はその大物に追いつかれた。
「グゥゥゥゥゥ!!……ギュルギュル!!!!」
全身の毛を逆立て、獰猛な牙を剥き出しにし、真紅の瞳がこちらを睨みつけている。
その巨躯は3m以上あり、踏み鳴らす蹄の音から相当な重さだと考えられる。
「マンモス?!いや、巨大な猪?」
「こ、こんな巨大なレッドボア、見たことも聞いたことも無いわよ!」
「スイラ、隙を見て身を隠せ!」
「わ、分かったけど…!」
その巨躯と獰猛な敵意には、全く隙なんて無かった。
むしろ、こちらの隙を狙って攻撃を仕掛けてくる体勢にある。
先に動いた方がやられる、というのを本能的に実感出来るほどのプレッシャーの中で三人は蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。
意を決して、シズクが声を掛ける。
「私は10時の方向、アンタ達は2時の方向!いくわよ!」
その刹那、シズクが一足先に地を蹴った。
大猪の注意がそちらに向いた瞬間、ユウとスイラが反対方向に跳ぶ。
大猪の全力の突進がシズクの脇を狙うが、回避スキルでシズクは手を地につけて回転し、くるりと向き直った。
さすがのシズクも先程のレッドボアのように、すれ違いざまに力技で打ち崩せるような相手ではないと感じ、回避に専念している。
ユウはスイラを林の奥に促して、大猪と向き合っているシズクの近くへ向かった。
聖剣を使うか?
『逃げ足』スキルでどこかに逃げて助けを呼ぶか?
投擲でダメージを与えるか?
『剣術』スキルで立ち向かうか?
スキル『鷹の目』で演算を行う。
そのほとんどが灰色だったが、唯一薄い赤が灯っていた一つの可能性に賭ける。
ユウは走りながらバッグに手を掛け、両手にナイフを持つと目標に向かって投げた。
放物線を描いて、そのナイフは大猪に到達する。
ザシュッッッッッ!!
大猪の後ろ足に刺さり、ナイフがユウの元へ帰ってきた。
確かなクリティカルヒットの感覚。しかし、大猪にとっては致命傷はおろかダメージを与えられているかどうかすら危うい。
回避を続けているシズクもどれだけ持つか分からないので、たとえ僅かなダメージでも、与え続けることがユウと鷹の目が選んだ答えだった。
何度も何度も投擲を行う。
邪蛇の討伐の為の武器を失う事は痛手だったが、ここでやられては元も子もない。
「ぐぐ…キリがないわね!アレは使えないの?!」
シズクが回避を続けながらユウに問うが、ユウはそれを拒否した。
切り札はとっておきの時に使うべき、それを警戒されたら効果が薄れてしまう。
数回投擲を繰り返した後、大猪の敵意が突如ユウに向いた。
睨まれただけでユウの額に冷や汗が噴き出る。
一撃が致命傷になりかねない。
「弐の形!【陽岡】ッ!!!」
敵意が反れた瞬間を見定めて、シズクが二段蹴りを放つ。
全力の蹴りを側頭部に受け、大猪は少しだけよろめいたが、ダメージを受けている素振りはない。
それどころか、大猪は後ろ足を蹴り、威嚇の姿勢をとっている。
リズム良くダン、ダンと地響きが続いた直後、大猪の突進が来た。
ユウはその突進を避けるようにダイブするが、大猪のそれはフェイクだった。
螺旋突進──
渦巻きを描くようにドリフトを行う範囲攻撃が二人を襲う。
「ぐあっ!!!」
突進が直撃し、大振りに弾き飛ばされる二人。
生半可な防具では亡き者になっていただろう。
「いって…こいつ全身が攻撃判定なのか?!」
「それどころか、突進中はほぼ無敵じゃない?!」
ダメージを与える方法が分からないことで、二人は混乱する。
「こうなったら聖剣を使うしか…。少しでも隙があれば…!」
「やっぱ、それよね!私に任せて!」
シズクは反対方向へ跳んで、大猪に大して戦闘態勢を取る。
たったいま大猪の範囲攻撃が直撃したばかりで、万全では無かったが、攻撃を諦めるわけにはいかない。
今度はユウが大猪のヘイトを受け、シズクがヒットアンドアウェイを繰り返す。
しかし、何打浴びせようとも鋼鉄の塊のようなボディには何も響かなかった。
スイラは林の中でその様子をじっと見ていた。
このままでは全員やられる──彼は勇気を出して前に出た。
巨大レッドボアとの戦いは次に続きます




