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第30話 出発と私

その日、ユウは少しの間眠れなかった。


その理由はもちろん、自分を尾けていたかもしれないミクラ家の事だった。

令嬢と約束はしたものの、盗賊と聞いた時の彼女の豹変ぶりを考えると、自分のことなんて何一つ信頼されてないと考えることが自然だ。


しかし、自分を尾けるようなメリットもまた感じられなかった。

もちろん、質屋で手形を使って嘘をついたことも頭の隅に居座っていたが、別に家の品性を失うことをした訳ではないつもりだ。


窓から夜空を見やると、異世界の星が綺麗に瞬いていた。

現実世界では、星の美しさに感動するなんて余裕は無かったことを思い出す。



そして明日、いよいよ邪蛇の討伐に出る。

見たこともない強敵だろう。

自分に課せられた試練のような気がして、不安と同じくらい気分が高揚していた。

ここに来たばかりの時はとんでもない話だと思ったが、一緒に行動してくれるシズクと、Sランクの武器、そして特別なコンパスがあれば、少し光明が差した。


──


時を同じくして、眠れない夜を過ごしていた少女もまた、夜空を眺めていた。


幸いこっそりと邸宅を抜け出したことはバレなかったが、こんなことは何度も続けられない。


自分に気付いて逃げたように見える、あの盗賊の本意は分からないが、その姿だけは目に焼き付いていた。


あとは彼が邪蛇を倒すか、それとも逃げ出すか、その知らせを受けるしか無い。




夜空の星は、ただ燦然と瞬いていた。



──────────


「ぼうけんしゃさん、今日出発ですか?」


ユウとシズクが食堂で朝食をしていると、アカリがシルバーの小さなトレイを手にしたままテーブルの横に立っていた。


「うん。今までありがとう、アカリちゃん。」


「気を付けて行ってきてくださいね。またいつでも帰ってきてください。」


アカリは小さな頭をぺこりと下げた。二つ括りの髪の毛がおじぎと共に少し揺れた。

その大人びた言動や様子に笑みが(こぼ)れた。


「フフッ、そうだね。ここの料理の味を知ってしまったら、他のところには帰れないよ。」


「そうそう、しばらくここの料理食べれないなんて、ホームシックになりそう!」


「ありがとうございますっ!」


「そうそう、今までのお礼にこれ、受け取ってもらえないかな?」



ユウはポケットから昨日商店で買った、可愛らしいうさぎのぬいぐるみを出した。


「え、貰っちゃって、良いんですか?!」


いくらしっかりした宿屋の娘とはいえ、5〜6才の女の子だ。

小さなうさぎのぬいぐるみに目をキラキラさせている。



「うん。本当にアカリちゃんやお母さんにはお世話になったからね。また、帰ってきたらお土産も用意しておくよ。」


「ありがとうございますっ!アカリも、その時には美味しいご飯作れるようにがんばります。」


「えー、いいなーユウ。こんな可愛い子の手料理食べれるなんて。」


「もちろん、シズクさんにもご馳走させてください!」


「ほんと?約束だよ!」


シズクは太陽のように笑って、アカリを抱きしめた。

危険な場所へ旅立つというのに、そうは思えないとても長閑な一時であった。



──────────


街を出て、二人は山に向かう街道を歩いた。

護衛はともかく馬車ぐらいは借りたい気持ちであったが、馬車もまた、護衛の斡旋業者が経営していた事に気付き、シズクはまたも地に手をついて絶望した。


「盗賊ってリスク多過ぎない?!」


街道を歩きながらシズクが怒りを吐き捨てた。


「そんなこと言われても…。俺も何で盗賊になってるのか分かんないんで」


「はぁ…さっさとランクアップするべきだったのかも!」



街道は、オークが出た時とは打って変わって、魔物の気配も無い平穏なものだった。

隣でぼやいてるシズクのことは気になったが、それ以上にユウの心は躍っていた。



「良いじゃないですか。パーティで初めての遠出ですよ。食糧も余裕があるし、ゆっくり行きましょ!」


「はぁー…山二つ越えなきゃいけないのよ。なんでそんな楽しそうなのよ…?」


「美女と二人で冒険なんて、初めてですから」


「はぁ?!アンタ変な気起こしたらぶちのめすからね?」


「ははは…勝ち目ないんでやめときます」



冗談なのか本心なのか分からない呟きを交えながら、二人は街道をひた進んだ。


街道の通りはまばらだったが、閑散としているわけではなく、商人の馬車が行き交ったり、同じく冒険者と思しき一団とすれ違ったりして、ユウは何度かこちらに向ける視線を感じた。


あまりこの世界の事は分からないが、盗賊と武術家の二人の組み合わせは珍しいのだろうか。



地図と道標を頼りにしばらく進むと、枝道に入った。


先ほどより、大分人通りが少なくなったように見える。



まだ距離がある目標の村を目指して、二人は進んだ。

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