29話 尾行と私
邸宅を抜け出してまでユウの動向を探りに来たリーナは、ようやくそこで見つけた。
(女の人が、いたのね)
女連れというのが意外で、自分で思ったよりショックを受けながら物陰に隠れてその様子を探った。
二人の話の内容は聞き取れないが、商品を選んでいる様子は随分と親しそうに見える。
(あの女の人、盗賊には見えなさそうだけど…。パーティを組んでいるのか、それともただの友達か、どっちだろう…?)
話の内容が聞こえないもどかしさから、リーナはフードを深く被り直し、気付かれないように隣の商店で客を装って聞き耳を立てた。
親しそうに見えたが、話の内容を聞くに上手くいってないようにも思えた。
「だから、この解毒薬、いっぱい持って行きましょうって!」
「えー…あんまり美味しくないし、嫌なんだよね、これ」
「俺たちは邪蛇を相手にするんですよ?!美味しいかどうかじゃなくて、命の問題ですよ?!」
「解毒できる護衛連れて行けば良いんじゃないの?」
「護衛か…考えたことも無かったな。」
そこでユウは思案した。
資金は潤沢とは言えないが、リサイクルを繰り返せばそれなりの見積もりがあった。
護衛とやらの相場は知らないが、一人や二人ぐらいはいけるのかも知れない。
我慢して苦い解毒薬を飲むか、金を払うか、という天秤は、おおかた我慢して解毒薬を飲む方に傾いていたが、仲間が増えるというのは悪く無い話だった。
「その、護衛というのは、どうやって依頼するんですか?」
「大抵は護衛専門の斡旋業者を介してるはずよ。個人契約の分もあるけど、報酬だけ持ち逃げされるか、期待された能力でないことがほとんどね。」
「なるほど、斡旋業者なら値段に見合った者が保証される、ってことですね。」
「そうそう、解毒のスキル持ちなら、探せば見つかりそうだけど。」
しかしそこで、ユウの頭に新しい疑問が湧いた。
「俺、一応盗賊らしいんですけど、盗賊を護衛してくれる人っているんですかね?」
その一言で、シズクは頭を抱えた。
モンスターはもちろん、盗賊や山賊の類から身を守るのが護衛の生業だった。
逆にそんな盗賊を守る護衛なんて聞いたことが無かった。
そして二人は仕方なく様々な成分の解毒薬を買い込んで、店を出た。
聞き耳を立てていたリーナは、二人が店を出てこちらに向かってくることに驚いて、身を隠そうとした。
しかし、咄嗟に動いたことで羽織っていたローブの裾を店の商品に引っ掛けた。
(あ、いけな──)
そう思った瞬間には、床に商品が雪崩れ込むように転がっていた。
周囲の目がリーナに集まる。
それは、店を出たばかりの盗賊と武術家のペアも例外では無かった。
「あれは…?」
ユウはリーナが羽織っていたローブに目が行った。
顔はローブでよく見えなかったが、その家紋には見覚えがあった。
この街に入る際に使い、質屋でも信頼を得る為に使った、あの手形と同じ物であった。
ミクラ家、といったか。この辺りを治めている領主のもの。
(まずい、質屋でミクラ家の者って嘘ついたのがバレて尾行がついたか。或いは、ただの買い物か…?)
ユウの心が警戒に変わった。
まさか、あの時の令嬢がそこにいるとは夢にも思わずに。
親切心から、商品を戻そうとするシズクの手を引いて、ユウは足早にその場を去った。
「え?どうしたのよ?」
そんなシズクの問いには答えず、反対方向へ急ぐ。
答えない、という答えられなかった。
何を聞かれても、良い展開になる未来が見えない。
自分を避けるように離れていくそんな姿を、雪崩れた商品に狼狽えながらリーナは見送った。
(どうして逃げたのかしら…?気付かれた?それとも何か他の理由が…?)
リーナの頭には理解出来なかった。
彼の口から邪蛇の言葉が出た時は、細やかな安堵が芽生えたが、それ以上に自分を敢えて避けた姿が上回った。
何を考えているのか分からない。
私との約束を守って、英雄になる為に苦心しているのか。
女とうつつを抜かしているのか。
一番腹が立ったのは、困っている少女を見殺しにしたことだった。
もちろん、気付かれて困るのは自分自身だし、そもそも彼に気付かれないように行動してきた。
しかし、彼女の思い描く英雄は、どんな時でも誰にでも救いの手を差し伸べる聖者だ。
所詮、盗賊ね。
自分勝手なことを考えている事には目を伏せて、それを「盗賊」という勝手なイメージのせいにしていることが、彼女の心を蝕んだが、そう言って聞かせるしか無かった。
リーナは自分への怒りか、盗賊への怒りか、分からないまま、屋敷への足を早めた。




