26話 酒場と私
シズクに手を引かれ、やってきたのは酒場街だった。
チグノーにもこんな場所があるのかと、ユウは目移りしながら歩を進める。
ランプの光や松明の炎など目を引く物が多かったが、現実の世界で煌々とした夜の風景に見慣れていたので、そこには賑やかさというよりかは、ノスタルジックな心象を受けた。
酒場から漏れる光や、人々の歓談の声。
そこには、どこか懐かしさがあり、ユウはそこに人の温もりを思い出す。
様々な匂いが立ち昇り、ユウは先ほど食事をとったばかりであったが、それは決して心地悪いものではなかった。
街区から少し離れているからか、舗装されていない地面を蹴って、シズクが立ち止まった。
「ついたよ!ここが私のおすすめの店。」
そこは賑やかさとは少し疎遠な、小洒落たバーのような店だ。
よくある大衆居酒屋や、活気のある酒場をイメージしていたユウにとってその場所は意外だった。
自分一人では絶対入らないタイプの店だった。
黒い外観のその小店にある、古ぼけた引き戸を開けて、ユウは連れ去られるように店に入っていく。
「お、シズクか?!随分久しぶりじゃないか。」
グレーの髪を短く刈った、中年のマスターが低く渋い声を上げた。
「ひっさしぶりー!今日は新顔を連れてきたよ!」
小娘のような声を上げて、シズクはユウの背中を押した。それは、自己紹介しなさいよ、という合図であった。
「ど、どうも初めまして。ユウです。この辺りはよく分からないので、よろしくお願いします。」
「随分若いじゃねーか!酒は飲めんのか?」
「一応、少しだけなら…。」
人見知り全開中のユウの様子を弟のように思い、微笑みながらシズクは4人がけのテーブルの椅子に腰を落とした。
その対角線上にユウは座る。
店内は20名程が入れるような感じで、半数ほどの客が座っており、その客層は様々だ。
いかにも冒険者という出で立ちのパーティ。そして、鋭い眼光を光らせた商人風の男。夜の街に似合いそうな赤いドレスを着た女と、その傍に座るくたびれた男。
その他にもまばらに客が酒を嗜んでいた。
「なんか意外っすね。シズクさんなら、こう、パーっとした酒場っていうイメージなのに。」
「あんた私にどういうイメージもってるのよ…。落ち着いて飲みたい時は、こういう店の方がいいでしょ。」
「もしかして、俺に気を遣ってくれたんですか?」
「ばーか。そういうのは、直接聞くもんじゃないわよ。」
シズクはユウから目を逸らして、頬杖を付きながら周りの客を見始めた。顔なじみの客もいるようで、声を掛けられると笑顔で手を振って返した。
こういうところは可愛らしいんだけどな、とユウは思った。直接は言えなかった。
「ラドさーん、セーテン酒、ボトルで貰える? あと、適当につまめる物ちょーだい!」
シズクのその声に、ラドと呼ばれた店主は「あいよー!」と大きな声で返事をしてウインクした。
気さくそうで良い人だ。
一見入りにくそうなバーの店主に、そんなギャップを感じる。
「ちょ、え?今ボトルって言わなかった?」
「え?何かいけないの?」
「一杯だけって言ってたのに…やっぱりだ。」
目を覆い、仰反るユウを見てシズクは笑った。
「情報料〜♪ あ、あと、ついでに試したいこともあるのよ。」
「試したいこと?」
「ま、それは後のお楽しみで。」
ケラケラと笑いながらシズクはユウに語りかけた。
この女にマウントを取ろうなんて、思わない方がいいなとユウは思い、客の様子に目を向けた。
小洒落たバーだけあって、無駄に騒ぐ事なく、皆落ち着いて酒や食事を楽しんでいる。
かといって、ヒソヒソとした常連だけの入り辛い雰囲気でもなく、穏やかな良い居心地の雰囲気だ。
シズクのおすすめというのも分かる。
近くに座っている冒険者らしき4人組は、酒を飲みながら本日の冒険の反省をしているのだろうか?リーダー格の人物を中心に真剣な顔で話し合っている。
時折、ムードメーカーらしい若手の男が素っ頓狂な声を上げ、先輩の魔法使いのような女性が的確なツッコミを入れて場が和んでいる。
ユウはそんなやりとりを見ながら、沢山の仲間がいることも悪く無いのかな、と思う。
「はいよ!お待たせ。グラスは2つでいいよな?」
ラドが微笑みながらテーブルにつまみとボトル、そして氷のたっぷり入ったグラスをどかんと置いた。
「ありがと!早速いただくわね〜。」
「おう!ゆっくりしていけよ!」
ラドの野太い声が響いた。
シズクは慣れた手つきでボトルを開ける。
ごく深い紫がかった赤色の酒が、トクトクとグラスに注がれた。見た目からして、ワインの類だろうか。芳醇な香りが鼻を突いた。
「それじゃ、まずは新しいパーティの結成にかんぱーい!」
「…かんぱーい。」
気乗りしなかったが、グラスをカチン、と突きあわせた。
冷えたグラスが手に吸い付く感触が心地良い。
「うぉ、うまっ!」
「飲みやすいよねー。私の大好きなお酒だから間違い無いか。」
つまみに出された干し肉を頬張りながらシズクがボトルを見てつぶやく。
久しぶりの酒の喉越しはとても良いものだった。
何より、芳醇な果実の香りと味はつまみに出された干し肉や木の実によく合う。
この酒場のこと、酒の席での失敗談など、しばらく談笑しながら、酒とつまみを楽しんだあと、シズクが顔を赤らめてユウに耳打ちした。
「ね?これから、本題なんだけど。」
酒に酔っているからか、妙な色っぽさを感じ、ユウはゴクリと生唾を飲み込んで聞いた。
少々よからぬ期待も膨らむ。
酒の席。
本題。
先ほど言っていた、試したいこと、だろうか。
何だろう、と期待して聞き入ると、それは予想を裏切った。
「このセーテン酒はね。長期間寝かせると、深みや味がぐっと増すのよ。」
「…はい?」
「それでね、その、何だっけ。あんたの何とかのコンパスで、時間を早回しできないかなって。」
「えぇ?!このお酒をですか?」
「しーっ……!もし他に人にバレたらまずいでしょ!」
シズクは人差し指を口に当てて、ユウの眼前に迫った。
管理者からもらった、Sランクのアイテムをこんな風に使って良いものかという良心の呵責を感じたが、ユウ自身も興味があった。
「もし、腐ったりして飲めなくなっても、知りませんからね…?」
「えぇ?!それは困る!飲み比べできるように、今の分グラスに注いでからにしよ!」
シズクがグラスを満たすのを待ってから、ユウはそっとコンパスをセーテン酒の前に掲げた。
時が経つイメージ。
熟成される、赤い雫を思い浮かべながら、ユウはそっと目を閉じて集中した。
コンパスは時計回りにくるくると周り、セーテン酒は瓶ごと光り輝いた。
時計の針が回り終え、それと同時にセーテン酒の光も失われる。
「お、終わったの?」
「はい…。結構長い時間が進まように念じましたけど、どうかな?」
見たところ、ボトルのラベルは劣化し、酒そのものも先ほどまでの毒々しい赤紫色から、少し枯れた色合いになっている。
恐る恐るそのコルクをユウが開ける。
腐臭はしないようだが、飲めるという保証もまた、無い。
1つのグラスは先ほどの操刻前の物が注がれているので、もう一つのグラスにゆっくりと注いでいく。
なるほど、比べると色や風格の違いは明らかだ。
「まず、ユウから飲んでよ。」
「いや、俺そんなに酒に詳しく無いし、違い分からないかも。」
「いやいや、こういうのは術師が一番に飲むというのが特権でしょうが。」
「…腐ってた場合、飲みたく無いってだけでしょ…。」
渋々ユウはグラスに手を掛ける。
香りには問題無いようだ。
恐る恐る、口を近づけ、テイスティング。
「…お……おぉ…………。」
「え、どしたの?大丈夫?」
シズクが怪訝な顔をして、ユウを覗き込む。
ユウは俯いたまま、手をプルプル震わせてそのグラスをシズクに差し出した。
「飲めってこと…?」
シズクも恐る恐るそれを口にする。
瞬く間に、その表情は歓喜の色に変わった。
「う…うめえええええぇぇ!この芳醇な香り、奥深い味わい!そして何よりもすっきりとしているようでコクのある贅沢な喉越し!」
「お、恐るべし…セーテン酒…。同じ飲み物とは思えない…!」
二人で舌鼓を打ちながら、寝かした酒の味わいを楽しんだ。
先ほど置いておいた酒と飲み比べても、その違いは明らかだった。
酒に詳しくないユウにとっても、その味わいは極上のものだった。
セーテン酒100年モノとその酒に二人は名付け、あっという間にボトルを開けてしまっていた。
店を出る頃にはベロベロに酔っ払ってしまっていたが、二人は心地良い高揚感に浸っていた。
フラフラな足取りで二人は鹿の児亭に帰る。
酔っ払ってどこをどう歩いたかは覚えていなかった。
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「あぁああ、頭が痛いぃ。」
久々の深酒にユウはすっかり二日酔いになっていた。
頭が重く、ずきんずきんと脈打つような痛みを感じる。
中々起き上がることもできずにいた。
水を求めて、ベッドを出ようとすると、ふと一人のはずのベッドに温かい何かを感じる。
不思議に思って、毛布を捲ってみると、そこにはシズクが寝息を立てていた。
「……ッ?!」
ユウは咄嗟に毛布を元に戻す。
それに反応したのか、シズクがうーん、と寝返りを打った。
(待て待て待て待て…!どうしてシズクさんがここにいるんだ……?!)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回に続きます。
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